小説本文





 私は最寄り駅から自宅に向かって、フラフラと歩いておりました……。
 いつもの道を歩いていますと、つい1時間程前の出来事が夢だったのかと思ってしまいます。しかし、間違いなく妻は、公園のトイレで浮浪者達の精液を飲み下し、清水の部下の男の尻の穴に舌を入れたのです。


 妻が先日、清水にした野外露出の報告。それに返信した清水のメールには、今日の指示があったわけです。そんな妻は、清水に応えるように1時間も早く早退して一人で公園に向かっていたのでした。そして帰りも、私が清水の部下に車で送られている時に、ノーパンのままアソコをベタベタに濡らして電車に乗っているのでした。


 家に着いた私は、悶々とした気持ちで妻の帰りを待ちました。
 本当なら、妻の安否と心を心配しないといけないのですが、その事が分かっていながら携帯に保存した写真を見ては下半身を熱くしてしまいます。なぜ、このタイミングで清水が職場に来たり、私達を野外調教に連れ出したのかも気になりますが、それは恐らく、迫りつつある“デビュー”に向けて、私達の気持ちを高ぶらせようとしてるのかと、そんな風に結論づける私でした。


 妻が帰ってきたのは、それから2時間位経った頃でしょうか。
 妻の様子は、普段と変わりなく物静かです。乱れていた髪はどこかで直したのか、違和感を感じさせません。表情には多少の疲れが見て取れますが、私はそれ以上に下腹部辺りに目を向けてしまっておりました。
 スカートの中では、欲求不満のアソコが愛液を垂れ流しているのではないかと、想像を働かせてしまうのです。そして紅く塗り直された口唇には、牡精の匂いがこびり付いているのではないかと注視するのです。
 それともう一つ気になっている事がありました。それは、あのトイレで妻は、私の存在に気づいていたかどうかという事でしたが……。しかし……私は“その事”を確かめるでもなく。結局、会話らしい会話を失ったままの夫婦でした。そして、“デビューの日”の事に付いても何も話す事なく、ついに“その日”を迎える事になってしまったのです。




 土曜日です。
 玄関を出て車庫に向かおうとした所で、近所の顔見知りの御夫婦と出くわしました。どちらからともなく「おはようございます」と挨拶が口に付いたところで、頭の中に『私達、変態夫婦なんですよ。これから怪しげな集まりに行くところで、そこで見世物にされて、アソコを濡らして嫌らしい液を垂れ流すんですよ……』と、そんな言葉が聞こえてまいりました。
 会釈をしてその場を後にしようとする私。そして、ニコリと微笑んだ妻の横顔。私は、瞬時に世間様を欺く自分自身に、そして妻に、小さな興奮を覚えていました。


 妻を隣に乗せて車を走らせましたが、ほとんど会話は生まれません。それよりか、本番の“そのシーン”を思い浮かべ、考えていた口上を心の中で繰り返す私なのです。
 川村さんに呼び出されたあの高級ホテルでの挨拶。奴隷仲間の前だったとはいえ、あの程度の出来であれば格好が付くのではないかと、想いを巡らせていたのです。そうなのです、変質者として快楽を得たい“性(サガ)”と変質者であっても恥は掻きたくないという二つの気持ちがあったのです……。


 車は順調に走り、時刻通り見覚えのあるホテルに着きました。
 駐車場に入りますと、数多くの車と見慣れたワゴン車が停まっております。これに乗って性欲の塊の男達が、この場所にやって来てるのだと思うと武者震いが起こってまいります。妻は車に乗った時からそうですが、表情に乏しく、人形というか…そうです自身の身を慰み者として捧げようと心と身体の準備をしている気が致します。


 私達が車から降りた時です。どこかで見ていたのか、建物の裏口が開いて一人の男が姿を表しました。
 「菊地さん、こっちだ」
 男の声に息を合わせたように、私達は頭を下げています。


 見覚えのある清水の部下に付いて行き、私達は裏口からホテルの中へと入ります。
 この建物も初めて足を踏み入れたものでしたが、カビ臭い匂いと冷たい空気はいつものように暗い雰囲気を作りあげています。
 暗い廊下を歩く私達。沈黙に息苦しさを感じた私は、「きょ、今日は他の…あの…その、奴隷夫婦の皆さんもいらっしゃってるのですか」と聞いてしまいます。
 前を歩く男が一瞬止まり、振り返りました。
 「ふふ、……まぁ楽しみにしてろよ」
 「………………」
 「そう言えば、今日はいつもよりお客が多いって、清水さんが言ってたなぁ」
 「………………」
 「あんたらの前評判も結構良いようだぜ」
 そう言ってクルリと背を向けた男の後ろ姿を追いかけながら、私の中の緊張が一気に膨らみ始めました。


 通された部屋は小さな畳部屋でした。雰囲気は昭和のレトロ調で、古びた柱時計が目につきます。
 この部屋には奴隷仲間の姿はなく、私達だけでお客の相手をするのかと弱気の虫が顔を出し始めます。


 「じゃあ、しっかり心の準備をしておけよなっ、奴隷10号さんよ」
 男がニヤリと告げて部屋を出ますと、私は畳の上にペタンと座り込みました。膝を抱えて壁に持たれますと、もう一度考えていた口上を繰り返してみます。妻には相談せずに考えた口上です。
 妻もしばらくして私の隣に腰を下ろします。二つの肩が触れる距離なのですが、性の深みを先に行ってるのは間違いなくこの妻の方だと、そんな私の気持ちが二人の間に隙間を作っている気も致します。
 その時、無意識にでしょうが「浩美……その…調子はどうだ」と、そんな言葉が付きました。
 それは、どこか苦し紛れに出た言葉なのでしょうが、その言い方が可笑しかったのか、妻の暗い瞳が一瞬笑みを浮かべた気が致しました。しかし、その笑みは直ぐに怪しいものに変わったのです。


 「あなた…」
 「・・・・・・」
 「ああ…早く又、あの感触を○○○○○○ものですわ」
 絞り出た言葉は小さく、消えてしまいそうな感じでしたが、語尾は『味わいたい』と言ったような気がいたしました。
 その瞬間、私の心の奥では黒い何かが燻(くすぶ)り始めた気が致しました。


 「ああ…浩美…」と呟いて、伏し目がちに覗いた妻の表情(かお)は一層病的な色で、私は妻の唇が『チンポ、チンポ……欲しい、欲しい』と動いた錯覚を覚えます。
 私は意識して『お前のマンコがそう言ってるのか』と心の中で尋ねました。
 妄想は更に進み『アタシのマンコが嫌らしい事を望んでいるんです』と妻の声が聞こえ、『俺もだ。俺もそうなんだ。俺も変態的な事をしたくてたまらないんだ』と自分の声が脳髄に響きました。


 その時です。静まり帰っていたこの部屋の扉が、ガラリと開きました。
 清水が現れたのです。


 清水の登場に胸の辺りがキュッと呻きます。その清水は私達夫婦の様子を数秒眺め、そしてニヤリと笑いました。
 「・・・・・・」
 「ふふふ…この暗い雰囲気、俺は好きだぜ」
 そう呟いた清水の視線に、背中が冷たいものを感じます。


 「ふふ…お前ら、今日は楽しみだろ……うん?楽しみにしてたんだろ」
 「・・・・・・」
 「俊也、1号の光司(コウジ)と5号の学(マナブ)から今日のお前らの“役割”は聞いてるよな」
 清水の抉るように見つめる瞳に、私は反射的に首を振っています。
 「ん、そうか。ならいいんだ…まぁ楽しみにしてろや」
 「・・・・・・」


 それから清水は直ぐに出て行きましたが、入れ違うように川村さん御夫婦が入って来ました。
 「ああ…川村さん……」
 「・・・・・・」
 川村さんはニコリともせず、私達を観察するように見つめてきます。奥様の雅代さんもどこか冷たい感じです。


 「あの…川村さん、今日の私達の…その…“役割”は…」
 言葉は小さくすがるようで、心細さを丸出しにしています。妻は無表情に近く、黙って畏まっているように見えます。


 「さあ、菊地さん。そろそろ着替えましょうか。その前に二人の裸を見せて下さい」
 私のすがるような気持ちをスルーして、川村さんが何か言いました。心細さは大きくなっていくのですが、頭の中では「なぜ改まって裸を」と疑問も感じ、隣の妻をチラリと覗きました。
 妻は無表情のままで、既に上着のボタンに指を掛けています。それを見た私は、恐る恐る自分のシャツに手を掛けたのです。


 脱いだ服を順に置いていきながら、横目に見えた妻の下着姿に、「えっ!?」っと息が詰まりました。
 エロサイトでよく見かける、売春婦が身につけるような卑猥なランジェリーだったのです。
 ショッキングカラーの紫色したハーフカップのブラからは、豊満な乳房が顔を露(あらわ)にしています。下に目を向けますと、ガーターベルトに紫カラーのTバックショーツです。「いつの間にか又、こんな下着を」と頭に過ったのですが、そんな事も一瞬にしてどうでもよくなったのは、股間を覆う小さなショーツの直ぐ上の辺り…陰毛の生え際のところに見た事もない痣(あざ)のような・・・いえ、色が付いていて……花のような……そうです“刺青”があったのです。


 「おっ、おい!」
 言葉は瞬時に口に付きましたが、その続きを遮るように雅代さんの声が聞こえました。
 「あら、“本物”そっくりな出来映えねぇ」
 私は直ぐに“ソレ”が、マーキングされた『華』の事を言ったのだと分かりました。
 目を見開く私の頭の中に、“あの”公園のトイレから私が先に帰った後に行われたであろう出来事を想像していました。妻は股間の翳りを綺麗に整えられ、刺青のように『華』を描かれていたのです。


 「どうしましたか、菊地さん。早く服を」
 川村さんの言葉は落ち着いていて、私だけが“刺青”の事実を知らなかった事が分かります。私はようやくパンツに手を掛けました。


 白い素肌に卑猥なランジェリーをまとった、売春婦姿の妻。その横に立つ私は、オッサンくさいトランクス一枚です。その私に妻が、バックから取り出した小さな布切れのような物を手渡します。手に取って拡げてみれば、同じ紫カラーの男性用Tバックパンツではありませんか。
 下着姿になった私達二人は、直立不動の姿勢で川村さん夫婦にその姿を見せます。お二方はまるで監察官のように、私達を見つめます。商品の検品をしているようにも思えてしまいます。


 「菊地さん、出掛けにシャワーは浴びてきましたか」
 「……………………」
 私は黙って頷きます。横目に映る妻の頭も、軽く下がった気がします。その私達に川村さんが続けました。
 「尻の穴も綺麗にしてきましたか」
 一瞬「えっ?」と、ハテナマークが頭に浮かび、その意味を考えてみました。そして直ぐに「そうか……今日は俺も皆さんの前で尻の穴も見せるのか……」と、武者震いが起こったのです。


 その時、ノックの音が聞こえ、静かに開きました。現れたのは堀田さん夫婦です。二人の姿にホッと息が抜けた気がしたのは、“同類”に対する安心感を思い出したからかもしれません。
 堀田さんは黒いタキシードを着ていて、隣の紀美子さんも正装です。


 「菊地さん、ご無沙汰しています。今日は私達、ホスト役といいますか司会の大役を任せられまして」
 私の硬い表情を察知したのか、堀田さんは落ち着いて声を掛けてきました。


 私は堀田さん御夫婦の目を見ながら、尋ねました。
 「あの…清水は、いえ、清水様は…その…今日の私達の役割といいますか………」
 そこまで言った所で、「ふふ、今日は何も心配しなくて大丈夫ですよ」と、紀美子さんが口を挟み、そして妻に向かってウィンクをした気が致しました。
 私は久しぶりに感じる紀美子さんの妖艶な雰囲気に、この夫婦も更に深い淫欲の闇の中を進んでいるのだと思いました。


 「そう言えば今日は20人位のお客様がお見えらしいですね」
 川村さんが堀田さんに向けた言葉は、私に意識付けようとしたのが分かります。
 「それと、会場に行くときは忘れずに免許証と名刺を持って行って下さいね」
 川村さんが続けた言葉に私は恐々頷きましたが、隣から「はい」と小さくですがハッキリとした妻の声が聞こえました。


 「では、浴衣を着ておきましょうか」
 堀田さんの声に紀美子さんが襖を開け、中から浴衣を取り出します。
 それを纏(まと)った私は「ふうっ」と深呼吸を一つ致しました。


 「菊地さん、大丈夫ですよ。今日が終われば菊地さん夫婦は立派な清水様の奴隷仲間ですから」
 そう言った川村さんの口元が淫靡に歪んでいます。私の顔は緊張に引きつっている筈です。


 それから又しばらく、部屋は暗く、重く、静かな空間になりました。川村さん夫婦、堀田さん夫婦、4人が黙り込み、私達の緊張は膨らみます。いえ、実際の所、緊張しているのは私だけで、妻はこれから行われる集いを心待ちしてるのではないかとも考えてしまいます。この空間におりますと、心配と妄想が交互に沸いて来るのです。


 川村さんは今日の客は20人と言ってました。その中に見知った顔がいないか?。本当に自分は免許証や名刺を見せてしまうのか?。客の中に同僚や部下がいたらどうしようか?。近所の知り合いや身内がいたら?。子供の恩師がいたら何と言えばよいのか?。
 ここに来るお客も、後ろめたさや心配も少しはあるでしょうが、それでも私達の立場に比べればどって事のない筈です。
 ここにきて私の頭の中には、色んな事が渦巻き始めました。心臓も高鳴り、発汗を覚え、身体の震えを感じた時です。
 「あなた」
 手首を掴まれる感触に顔を上げますと、妻が覗いておりました。その後方では堀田さん達が立ち上がっているのが見えます。
 「あなた、行かないと…」
 

 私はハッと我に返り、腰を上げようとしました。
 妻の体温を感じたからなのか、少しだけ緊張が解けていく気がいたします。
 私は小さく…本当に小さくですが心の中で「よし」と声をかけていたのです……。