小説本文



そのホテルは“超”が付く程の有名ホテルでした。
 日曜日、私と妻の浩美は、正装とは言いませんがそれなりの身なりで、そのホテルを訪れたのでした。


 そういえば、夕べの寝床で思い浮かべた事がありました。
 エロ小説の題材や実在の風俗でも“乱行パーティー”と言うのがあると思いますが、このような有名ホテルのスイートルームをよく使うようです。私達がこれから行う行為もよく似たものかも知れませんが、この特別な建物のエントランスに足を踏み入れるだけで日常を忘れ、仮面を被り、別の人間に成れるから出来る行為なのでしょうか……いや、仮面を被るのではなく、心の中の仮面を外す事が出来るのがこの空間なのでしょう。私は昨夜の寝床で、そんな理屈めいた事を考えたのでした。


 エントランスを入った所で、まだ約束の時間に早い事に気づき、私達はどちらからともなく、化粧室へと向かいました。
 用をたし、鏡に映る自分の容姿を確認しますと、初めて堀田さん夫婦と会ったあのホテルでの事を思い出しました。あの時の堀田さん達は、私達を“はめる”目的…いえ、ミッションと言った方がよいでしょうか、それを実行する為にいたのです。あの時の堀田さん達は、“初めての夫婦”を落とし入れる事にも暗い悦(よろこ)びを感じるようになっていたのでしょうか。そして近いうちに私達夫婦も……私は化粧室を出ながらそんな事を考えていました。


 ロビーで妻と顔を合わせた私は、近くに人がいないのを確かめ、小声で囁きました。
 「マンコとアナルは綺麗にしてきたか」
 その響きには、照れなどは一切なかったと思います。既に、自分自身のミッションがスタートしていて、“変態夫婦”への助走が始まっていたのです。そうです、ビシッとした身なりの中身は、暗い悦楽を欲して止まない変質者なのです。
 妻は私の問いにトロ~ンとした目で、頷いております。そして。
 「アナタ…洗っても洗ってもヌルヌルなんです…」と呟いたのです。


 しばらく時間になるまで、悶々としていた私達。やがて、5分前になりエレベーターホールへと向かいました。乗り込んで最上階のボタンを押しますと、目を瞑りました。心の中で“その場面”を思い浮かべ、考えてきた口上を繰り返してみます。


 聞かされていた部屋のブザーを押しますと、すぐにドアが開き川村さんの御主人が顔を出しました。
 「菊地さん、よくいらっしゃいました。さあどうぞ」と、ニコリと頷き、私達を部屋の中へと迎え入れてくれます。


 川村さんの背中に従い、私達は廊下を進み、広がったのは絶景……では、ありませんでした。最上階の部屋の大きな窓には濃いカーテンが引かれ、薄明るい間接照明だけが人影を浮かび上がらせています。
 「浩美さんもよくいらっしゃいました」
 川村さんの横から、奥様の雅代さんがニコリと笑い掛けて来られます。
 その声と同時に白い人影が方々で立ち上がっていました。よく見れば、白いガウンを纏ったカップルが数組です。
 ざっと見渡すと、直ぐに堀田さん御夫婦が分かりました。首を振れば反対側には、4号の落合さん夫婦の姿もあります。2号の山本さん夫婦の姿は見当たりませんが、数えると私達以外に6組の御夫婦がいるようです。


 「菊地さん、皆さんお仲間ですよ」と川村さんの声が聞こえると、頭の中では「清水の奴隷のね」と続いておりました。


 「自己紹介的な事は後にしましょう。菊地さんは早速シャワーを浴びてきて下さい」
 川村さんの落ち着いた声に、妻と一緒に頷きました。


 廊下に出ましても、この部屋の優雅さには驚く私達です。
 生まれて初めてのスイートルーム。その生まれて初めての場所が、奴隷披露の場所です。いえ…“披露”の為の予行練習の場所なのです。


 浴室も当然、豪華な物で、妻と久しぶりに一緒にシャワーを浴びます。そこで改まって打ち合わせをするでもなく、私達は淡々と身体を清めました。相変わらず会話は少ないのですが、時折、目と目を合わせ頷きあいました。
 浴室を出ますと妻が「あなた、コレを」とバックから何かを取り出しています。見ればそれは、男性用の下着のようです。
 手に取った真っ赤なソレを拡げて見れば、先日の“集い”で妻が身に着けていた物とお揃いのパンツではありませんか。私の様な中年男には、派手でミスマッチなのでしょうが、ソレを穿くと下半身がムラムラとその気になってくるから不思議です。隣では妻も、原色のソレで身繕いしています。
 私達はお揃いのソレを着け終わりますと、上から白いガウンを纏います。そして、一呼吸して廊下に出たのです。


 部屋に入りますと、家具調の椅子とテーブルが壁際に寄せられていて、真ん中にぽっかりスペースが出来ておりました。


 6組の夫婦は壁際の椅子に腰掛け、私達を見つめております。その表情はどちらかと言うと、緊張の面持ちでしょうか。恐らくここにいる皆さん誰もが、同じ経験をした時の自分自身を思い出しているのではないでしょうか。


 「菊地さん、気持ちの準備が出来たら始めて下さい」
 この場を仕切る川村さんの声が聞こえてきました。


 川村さんの声に小さく頷き、私達はぽっかり出来たスペースの真ん中辺りへと進みました。
 取り囲む全ての目が、私達の所作に注目してるのが分かります。その目を意識しながら、私一人がゆっくり膝を着きました。正座する私の横で、妻は静かに立っております。


 私は小さく一つ咳払いをしました。
 「皆さま初めまして…。奴隷夫婦10号の菊地俊也42才と妻の浩美40才です。子供は地方で寮生活をしている高校1年生の男の子が一人おります。住まいは東京の◯◯区◯◯◯◯で、私は◯◯市役所に勤務し、妻の浩美も◯◯市役所に勤めております」
 そこまで言って、私は一つ息を吐きます。


 「では、私達が“こちら”の世界に来るようになった経緯を話させて頂きます」
 私はもう一度息を吐き、チラリと隣を見上げました。隣の妻も落ち着いているような感じがいたします。


 「私達は二人とも堅い仕事に就きながらも、いつも卑猥な妄想ばかりを考える変態夫婦でした。とは言いましても、ネットで見る体験談や写真、動画に興奮するだけで、実際には行動に移せない臆病者でした。しかし、子供が家を出たのを切っ掛けに、もう少し変態チックな遊びに挑戦する事にしまして、その中で、5号夫婦の堀田様と縁が出来、“こちら”の世界に来るようになりました。・・・その後の流れは皆様と同じだと思います」
 「・・・・・・・・・・」
 「今の私達は脳ミソから涎(ヨダレ)が流れ出るような卑猥で、陰湿で、薄暗い淫靡な行為をしてみたいと思っております。本日はご挨拶代わりに、夫婦の営みを披露させて頂きます。惨めな”白黒ショー”を最後まで御覧くださり、どうか遠慮なく笑って下さいませ」
 言い終えると私は、気づかれないように「ふぅ」っと息を抜きました。
 見ますと白いガウンの人影が、静かに頷いています。


 「では…」
 私の視線に、妻がガウンの結び目に手をやり、それを解(ほど)きます。私はスッと立ち上がり、妻の後ろへ回ります。
 妻のガウンを肩から脱ぎ取り、バサリと下に落としますと、真っ赤な下着を身に着けた白い肌が現れました。
 そして互いに向かい合うと、妻が緊張の様子もなく、私のガウンを丁寧に脱がせるのです。


 お揃いの下着姿になった私達は、スッと前を向きます。そして軽く胸を張ります。
 息を合わせて軽く頭を下げ、もう一度向かい合うと、私は熟した身体を抱きしめるように背中に手を回します。ブラのホックを外しますとしゃがみ、ショーツに手を掛けました。
 全裸になった妻が、今度は私のパンツを下ろす番です。
 生まれたままの姿になった私達の肌に、一斉に視線が突き刺さってきました。静まった部屋の空気の中で、素肌はピリピリ緊張を覚えます。


 私は妻の肩を抱き寄せると「ぬばっ」と、口脣を合わせていました。
 抉(えぐ)るように侵入してくる妻の舌が、これほど情熱的に感じたのはいつ以来でしょう。そのとてつもない熱さに負けないように、無意識に私は吸い返します。併せて私の両手は、柔らかな背中から臀部へと這いずり廻るのです。妻の指もしなやかに私の腰から背中、そして股間へと伸びてきます。
 分厚い私の口脣は妻の顎(アゴ)から首筋を吸い付きながら、胸の辺りへと降りていきます。巨(おおき)な胸房を両手に収め、膨れ上がった谷間に顔を埋めます。そのまま膝まずくと、口脣は更に下を目指しました。


 妻の体臭はこの部屋の香りのようで、とても気品高く感じました。その匂いは、陰毛の辺りもそうなのです。
 股間の辺りに頬ずりしてから、鼻先と口脣を太ももの方へと回します。
 尻タブを擦り、口脣の動きが激しくなると、妻の口から嘆きの呻きが聞こえてまいりました。
 見上げますと、目を瞑り半開きの口をした妻が揺れております。


 私は立ち上がり、妻の背中へと廻ります。そして後ろから豊満な膨らみをグァッと覆い掴んでやりました。
 鷲づかむ指の間からは、桜色の突起が顔を出しています。私はその先にグイっと、力を加えてやりますと、飛び出したのは「ヒイ―――」っという悲鳴です。
 しかし、その悲鳴は直ぐに、甘い呻きに変わっていきました。


 薄く目を開けますと、らんらんと光る幾つもの目が私達を見つめております。私は見せつけるように「ヌバァ」っと首筋に舌を這わせました。
 女体をナメクジのように這い回る舌の音と、妻の吐息が響きます。
 人影からは「ゴクリ」と唾を飲み込む音が聞こえた気がしました。私は背筋を伸ばすと同時に、妻の肩を押さえつけました。
 膝まずいた妻の顔の前には、硬直した肉棒です。その先からは透明な液が、滲み出ております。私はその肉の棒を、見上げる顔のそこらじゅうに擦り付けてやります。そうです、根っこを握り、ムチの様に頬を右から左へ、左から右へ、そして鼻の穴から唇に弄(なぶ)りつけるのです。


 歪みながらもウットリする妻の表情に、陶酔の色を見る事が出来ました。その瞬間、腹の中からザワザワと高鳴りが湧いてきて、気が付くと肉棒を朱い口に押し込んでいました。
 「うっ」と、えづく様子などお構い無く、私は滑りを感じる亀頭を一気に奥へと押し込み、そのまま出し入れを始めました。
 一瞬の歪みを見せた妻も、直ぐに潤滑の油を滲み出しておりました。そうです妻の口はまるで、年季の入った性器のように私の“物”を奥へ奥へと飲み込んで行くのです。それはまるで、娼婦の口技です。


 「お、おお……」と、私は呻きの声を漏らしていました。
 両方の太ももが震えをおこし、早くも射精感が高まったのですが、私は床を踏ん張り妻の頭を押さえると口元を意識して、人影の方に向けたのです。
 横顔に掛かる髪の毛を掻き上げてやり、卑猥な口元をよく見えるように晒したのです。


 私達のカラミがどの程度の刺激を与えてるのかは分かりませんが、気がつくと何人かが椅子を降り、這いつくばる様にこちらに近づいて来ているではありませんか。まるで、餌にありつく虫の様にです。
 私達と人影の距離はすぐに縮まり、体臭がたっぷり嗅げる位置です。
 私は一物を抜き、妻を四つん這いへと導いていました。最初から決めていた訳ではありませんが、何故か獣(イヌ)の型(かたち)での交わりを選択していたのです。


 妻も従順に心得たように、ふてぶてしいそのデカ尻を皆様の方に向けております。陰部のヒダヒダからアナルのシワまでが丸見えです。
 ここまでの私達のカラミには、隠語や煽(あお)りの言葉の交換はありませんでした。肉が触れ合い重なる音の合間に、呻き声と粘着音が聞こえるだけだったのです。けれどそれは、淡々と進める行為の中にも、確実にエロスの匂いを撒き散らしていたと思います。いつしか私達は、確実に“性のショー芸人”に近づいていたのです。


 私は四つん這いの妻の背中に覆い被さるように、硬度を蓄えた一物を秘艶の中心に当てがっていました。
 グニュッと一突きすると、その蜜壺は私を飲み込んで行きます。
 私は妻の再奥を捉えた所でグッと力を入れ、結合の部分を晒すように、股間の辺りを意識しました。
 他人様(ひとさま)に己の臀(しり)を向けながら、妻の性器が汚れる様子に言い様のない快感が湧いていました。ネットリ粘り付くような視線が、結合の箇所を抉ってくる感触が堪らなかったのです。


 気が付けば、狂ったように腰を振っている私です。卑猥な出し入れの音が、まるで競走馬のムチのように私の背中から尻を叩くのです。そして、幾つもの眼差しが私の腰を押すのです。
 頭の中では淫汁が溢れだし、身体全体が性器になったように、もうトロトロの状態でした。


 妻の口からも喘ぎ声なのか、叫びなのか、それとも隠語なのか、とにかく止めどなく卑猥な音が聞こえておりました。私から精を搾り取ろうと、激しい吸引と締め付けが結合の部分で感じます。遂に私は限界を感じ、最後の瞬間に向かいました。私の気配を察知したのか、妻の身体も最後を合わせるように微妙な腰の動きを演じます。
 そして私は、溜めに溜めていた欲液を目一杯ぶちまけたのでした……。


 「・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・」


 重なり合っていた肢体に清涼を感じたのは、どの位経った後だったのでしょうか。体が汗の引きを感じた時に、私はゆっくり起き上がったのです。
 振り向きますと川村さんが、ウンウンと頷いておりました。


 「菊地さん、ご苦労様。さあ、二人でシャワーを浴びてきて下さい」
 「・・・・・・・・」
 私は川村さんの目を見て頷き、静かに妻の手を取りました。


 裸のまま廊下に出た私は、空気の違いを感じ、扉を振り返りました。
 扉の向こうで恥態を晒していた“あの夫婦”が、本当に私達だったのか……何か夢の中の出来事だったような気がしながら、私は妻の手を引きました。けれど私のアソコの倦怠感と、その先っぽの残り汁が確かに″あの恥態″の証(あかし)である事を教えてくれておりました。


 シャワー室に入った私と妻は、無言のまま汗を流しました。
 妻の横顔を覗きますと、疲れが見てとれる気もするのですが、身体が温まり落ち着いて来ますと「妻は″アレ″で満足してるのだろうか」と、そんな考えも浮かんできたのです。いつの間にか、いつもの小心者の私が居たわけです。


 再び部屋に戻った私達に、今度は雅代さんがグラスを手渡してくれます。口に付けながら部屋の中を見渡してみますと、薄明かりの中に蠢く男女の姿がありました。


 「うふふ…皆さん、あんなに激しくて卑猥な営みを見せられたら我慢出来ませんわ」
 そう言って雅代さんが小さく笑います。
 「ええ、まさにその通り」
 川村さんが私達の肩に手を置きながら、嬉しそうな声です。


 私が照れを隠すように視線を振りますと、又男女の動きが目に付きました。
 端の方では、椅子に腰かけた男のペニスを頬張る女性の姿が見えます。
 隣の部屋のベッドでは、男2女2が、戯(たわむ)れているようです。
 見覚えのある顔もあります。4号夫婦の落合さんです。奥様の弘子さんがあの日と同じように、立ったままの格好で自身の乳房を揉みながら、クリトリスを弄っています。その横で男性器を握っているのは、間違いなく御主人の康之さんです。


 「あれ、堀田さんは……」
 私の小さな呟きに川村さんが応えます。
 「ふふふ、堀田さん夫婦は玄関扉のドアスコープを覗きながら犯(や)ってますよ」
 「?・・・・・・」
 「ふふ、紀美子さんが穴越しに廊下を覗きながら、立ちバックで嵌めてるのですよ。堀田さんの所は覗き、覗かれの趣味もあるようですから」
 そう言って川村さんは笑い、更に続けます。
 「ここにいるのは清水様の奴隷仲間です。もう恥も外聞も何も無い、ただの変態夫婦の集まりです」
 「・・・・・・・・・」
 「皆さん良い意味で互いを尊重してますよ。そして今日のように新しい奴隷候補の″練習″の前後に集まって皆で楽しんでいるのです。勿論清水様に了解も貰っています」
 「・・・・・・・・」
 「それと、菊地さんには行っておく事がありました」
 「・・・・・・・・・」
 「今日の内容はOKです。よく出来た方です。清水様にも報告しておきます。けど….“本番”の時はもっと緊張すると思いますよ」
 「・・・・・・・・・」
 「では、その“本番”の時の話をしましょうか」
 そう言って川村さんの口元が、ニヤッと歪みました。


 そして私と妻は、壁際の椅子に腰を降ろし、川村さんからの話しに耳を傾けたのでした……。