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沈んだ食卓に携帯の振動音が鳴り響いたのは、話し始めてからどの位経った時だったでしょうか。私は壁に掛けられている時計をチラッと見上げました。時刻はソロソロ9時になる頃です。


 妻はテーブルに置いてあった携帯を手に取ります。私にはそれが、妻のメールの振動音だと分かっておりました。
 妻はその画面を見た瞬間、「あっ!」と声にならない声を上げました。
 私は嫌な予感…悪い予感が致しました。


 「浩美…ひょっ ひょっとして奴らか?」
 私は無意識に声を潜めておりました。妻は黙ったまま、首を縦に振ります。


 妻は顔を上げ、メールの画面を開いて見せます。 
 [早速今夜辺りに旦那に話しているんだろ?アンタの旦那は変態だから、自分の妻の変態体験を聞きたがっている。この2週間の俺達との変態遊戯を聞かせてやれ。アンタも語る事でマンコを濡らす変態だ。これは命令だ。従わなければ分かっているよな?]


 私はその文面を見たとたん、思わず腰が浮き上がりそうになりました。部屋のどこかに隠しカメラでもあるのではないかと、瞬間的に思ったからです。それにしても、恐ろしいほどのこのタイミングに、私は心の中で呻きを上げておりました。
 携帯を閉じた妻は、「続けましょうか」と目で聞いてきます。私は頷くだけです。


 「ト トイレの中の話しからでした…」
 妻の呟きに、私は姿勢を正しました。無意識に彼らの存在を意識したのかも知れません。


 「か 彼は、自分の“アレ”を後ろ手にアタシに握らせました。アタシはその大きさに身震いしました。そして…」
 「・・・・・・・・」
 「…『思い出したか?だ、旦那のより何倍もデカいだろう』って…」
 「!・・・・・・」


 「彼は、ずっとアタシの胸やアソコを弄(いじ)ってきていて…」
 「…か、感じてたのか?」
 「…すいません…。はい」
 「・・・・・・」
 「彼は更に『奥さん、アンタのマンコはヌルヌルになってるだろう、早く“コイツ”を入れてほしいだろう』って囁いたんです」


 彼、清水はその時の状況を私に伝える為に、メッセンジャーとして妻を使っているような感じもしていたのですが、私は妻の口から『アレ』『アソコ』『マンコ』と吐き出される隠語に、見事に興奮させられていました。また、妻は慎重に話しているつもりかも知れませんが、私には、淡々と卑猥な単語を吐く妻が、清楚な姿の裏側に娼婦の顔を見せているようで違った興奮も覚えていたのです。


 「そして…彼の“アレ”がアタシの中に入ってきたんです」
 「アアア…それって、た 立ったまま後ろからだよな?」
 私の頭の中には、薄暗い汚れた公衆便所で、浮浪者に立ちバックで突かれる妻の姿が目に浮かびました。実際は違うシチュエーションなのでしょうが…。


 「彼が腰をぶつけてきたときは、瞼(まぶた)の裏で光が弾ける感じでした。アタシはそこが職場のトイレ…しかも男性用のである事も忘れるほどの衝撃でした。彼は、アタシの事を…」
 「・・・・・」
 「…『奥さんは人に見られるかもしれない状況でマンコを突かれて悦(よろこ)ぶ変態マゾ女だよ』って。そして…『普段は着飾ってお高くとまってるけど、本当はこんな変態行為をしたかったんだよな』って…」


 私達は…間違いなく変態夫婦でした。その清水の言うとおり、変態チックな妄想を愉(たの)しんでいる変態夫婦でした。少なくとも私は間違いなく変態男です。ただ、これまではその妄想を実行する勇気がなかったのです。精一杯の背伸びで尚且つ初めの一歩が、堀田さん夫婦との戯(たわむ)れだったのですが。


 「彼はそこが役所のトイレである事なんかお構いなしといった感じで、それは激しく責めてきました。アタシは今にも崩れ落ちそうな身体を壁に手を付いて支えながら、必死に声を出さないように耐えていました」


 頭の中には今度は、妻が背中を弛(たゆ)ませながら、狭い個室の壁に手を付いている姿が浮かびました。崩れ落ちないように身体を支え、声を聞かせないように壁に口を押し当てる妻です。


 「アタシは朦朧とした意識の中でも、声だけは出さないように気をつけていたと思います。しかし、彼の“物”がズンズン当たるたびにどうしても声が零れてしまって…そして」
 「・・・・・・」
 「突かれながらオッパイとクリを交互に弄(いじ)られると、もう我慢が効かなくて…。手の甲で口を塞ごうとしたんですけど、そうしたらその手も押さえられて…それでも声はまずいと思ってアタシは、振り返りながらキスをねだったんです」
 「ングッ……」
 「あっいえ、ねだるような格好になってしまったんです」


 妻は私の呻きを敏感に察知したのでしょうか、慌てて言い方を変えてくれています。しかし、私の胸は苦しく、得体の知れない何かに圧迫されているような感じでした。


 「けど、彼はそれに応えず『隣の旦那に嫌らしい声を聞かせてやれ』って言ったんです。それでもアタシが首を激しく振ると、それまで以上に突き上げも激しくなって…今度は嫌らしい問い掛けをしてきたんです」
 「問い掛け?」
 「はい。彼は…『奥さん、どこが気持ちいいんだい?奥さんの中に何が入ってるんだい?今、弄(いじ)られてるのはどこだい?』って…」
 「アアアッ、それで浩美は、いっ 言ったのかい?その…」
 私は益々息苦しくなり、吐き出される声は震えておりました。


 「はい…もう何だか訳が分からなくて…あの…その…」
 「ひ 浩美…」
 「はい…『ア アタシのオマンコの中に清水さんのチンポが入ってとっても気持ちいいです』って…」
 私の言葉が妻の背中を押してしまったのでしょうか、妻はあっさり“隠語”を吐き出します。
 「彼が『奥さんのマンコの中に生で俺のザーメンを出してやろうか』って言うとアタシは『アタシのマンコの中に生でザーメンを出して下さい』って…」


 「『奥さんは職場のトイレ、しかも男子トイレで素っ裸で立ったままオマンコを犯されて喜ぶ変態なんだろ』って…」
 「…アアア…で、浩美は…」
 「…はい。『アタシは、職場の男子トイレで素っ裸で犯されて喜ぶ変態マゾ女です。もっとこのまま、立ったまま犯して下さいィィ--』ってお願いしていました…」


 妻が吐き出すように言い切った後は、沈黙の空気が流れました。妻はどこかで放心状態のようです。
 私自身も心臓の音が、耳のすぐ横で聞こえているようでした。口の中はカラカラに渇いていて、私は何度も唇を舐めまわしました。そして。


 「そ それで…」
 私の体も自然と乗り出していて、妻の口元から目が離せません。


 「…はい。気が付いたら便座に崩れ落ちるように座っていて…すると光がパシャパシャって瞬いて。頭の中で写真を撮られたのは分かりましたが、それに抵抗する素振りも見せる事は出来ませんでした」
 「・・・・・・・」
 「彼が『今度は“コイツ”の後始末をその口でやらせてやるからな』って言って、アタシが顔をあげると、彼はシャツをズボンの中に入れて、自分の股間を上から握っていました」


 「彼は個室から出ながら『早く服を着ないと人が来るぜ』って素っ気なく言うとニャッて笑い、アタシはその瞬間弾けるように飛び上がると服を着だしたのです」
 「・・・・・・・」
 「けど…ショーツが無くて…。恐らく彼が持って行ったんだろうと」
 「・・・・・・・」
 「アタシは服を着終わると、息を殺して個室を出ました。隣の個室に“貴方”がいるなんて嘘だと分かってましたが、それでもなぜだかソコを覗いてみました。見ますとソコの隣との壁に卑猥な落書きがあって。もし本当にここで貴方が…って思うとアソコがモヤモヤしてきて…けど、早くここから出なければと思い、足を忍ばせながら出口に向かいました」


 「トイレの出入り口に『清掃中・使用禁止』の立て札がありました。彼らが用意した物だとすぐに分かりましたが、その彼らの姿はもうどこにも見当たりませんでした」
 「浩美は…それでそのまま何も無かったように戻ったのか?」
 「はい。時計を見ましたらもう、昼休みも終わる時刻で。アタシは隣の女子トイレで身だしなみを確認して自分のフロアーに戻りました」
 「そ そうか…」
 「はい。ショーツを履いていない事は気になりましたが、その後はお昼ご飯を食べてない事も気にならず、最後までいつも通り仕事をこなしました」
 「ひ 浩美は本当に何も無かったように振る舞えたのか?…」
 「…はい。…けど、同僚や上司と普通にやり取りをしたり、また、窓口で来庁者の相手をしていると頭の中で『さっき誰もいないトイレ、しかも男子トイレで人様に言えない事をしたんだ』って自分自身の声が聞こえてきて」
 「ンンッ……」
 「『なのに今は何も無かったように振る舞いながらも、ショーツを履いてなくて。それできっとアソコは濡れてるんだ』って声が聞こえてきたんです」
 「アアア…そ、そうなのか……」
 「ですが、仕事が終わって建物を出ますと頭の中に昼間の事が蘇ってきて。振り返ってあの棟のあのトイレで、って考えると急に背中が冷たくなってきました。あの場面をもし誰かに見られたらって想像すると、その場で頭を抱えそうになりました」


 私は妻が視線を落とす様子を見て、一息吐きました。そして自分を落ち着かせようと、テーブルの上の湯のみに口をつけました。
 しかし、目の前で塞ぐ妻を見ていましても、“この女は本当に”と思ってしまいます。


 私は一つ咳払いをして聞いてみました。  
 「浩美、それと携帯の番号やメールのアドレスはその前の日に控えられていたんだな?」 
 「はい。それと貴方のアドレスも教えるように言われました」
 「そうか。仕方ない。それで奴らは…」
 「はい、その日はもう…彼らからの連絡はありませんでした」
 「けど、奴らは『この“2週間”の変態遊戯』って言ってたよな…と言うことは…」
 「はい……」
 妻が唇を噛み締め、私を見つめます。
 私は再び妻の視線に背筋を伸ばしました。