小説本文



プロローグ


 「今日も披露宴があるんだなぁ…」
 ロビーの人波を横切りながら、そんな言葉が口に付きました。顔は無意識に俯むいていて、身体は素早く化粧室に滑り込んで行きます。
 鏡の前で容姿を確認します。もう何度か来たこのホテルですが、来る度に心苦しい感情が…。しかし、心の奥底からは得体のしれない高鳴りがフツフツと湧き上がってくるのです。
 妻も今頃、きっと同じような心境の筈です。


 化粧室を出ると待ち合わせのエレベーターホールに向かいます。妻が先に来ていました。
 目が合うと、コクリと頷きます。
 そして、“ある夫婦”が待つ喫茶室へ向かったのです………..。


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1


 私がその御夫婦の事を知ったのは、数ヶ月前の事でした。
 1年程前、一人息子の浩二が地方の全寮制の高校に入ったのを好い事に、私はそれまで妄想していた欲求を実践出来ないものかと考えていました。
 42歳の私、菊地俊也(キクチ トシヤ)と40歳の妻、浩美(ヒロミ)は二人とも役所勤め。周りから“お堅い”夫婦と言われていました。でも心の中は結構なスケベ心が満載。妻も一度スイッチが入れば、そこそこ激しく乱れてくれておりました。でもまあ、“乱れる”と言ってもそれは、どって事のない言わば明るいエッチでした。
 私はもっと後ろめたくなるような“隠微”な行為を夫婦でしてみたかったのですが、職業柄なのか、それとも本来の気弱さからなのか、せいぜい息子が留守の時に、妻を被写体にエッチな写真を撮る位のものでした。
 そこで、息子が家を出てからというものは、それまで以上に卑猥なサイトを色々と覗いてみる事にしました。中でも私達夫婦が気をひいたのは同じ年代の夫婦の体験談で、『夫婦交換』 『3P』 『寝取られ』などなど…でした。
 妻も最初は恥ずかしがっておりましたが、すぐに引き込まれるように見入っておりましたよ。根がスケベな事は分かっておりましたが、改まって嬉しく思いました。
 それでも他人を交える行為には恥ずかしさと、もしもがあった時の世間体を考えると踏み込む勇気が持てませんでした。そこで私は、掲示板の特定の人とのやり取りだけでも隠微な雰囲気を味わえるだろうと、思い切って【あるサイト】の募集掲示板の主にメールを出してみたのです。卑猥な言葉の交換だけでも欲求は満たされ、想像の世界だけである程度の満足が得られるだろうと思っていたのです。
 ところが………。


 私が…いや、私達が“その人”の書き込みに魅(ひ)かれたのは我々より少し歳が上で、同じく一人息子がいるという事と【初心者で同年代の仲好し御夫婦へ】と書かれたそのタイトルでした。
 妻と相談してその主にメールを出しました。返事は直ぐにきて、夫婦で相談しながら色んな質問をしたりと、隠微なやり取りが始まったのです。


 その御夫婦…そう、その“主”は『堀田学(ホッタ マナブ)』さんと名乗り、ご自身の妻の名が『紀美子(キミコ)』さんと教えてくれたのです。
 堀田さんはご自身達夫婦の体験談をメールでですが、丁寧に語ってくれました。そして手ほどきと言うのでしょうか、私達を教授しながら導いたのです。
 『初対面の時はいきなりプレイには入らず、まずは挨拶だけにしておくのです。まあ、互いを面接しあう訳です。次に会う時はそうですね、相互鑑賞はどうでしょうか?そこでもう一歩踏み込む勇気が持てたら…別室での夫婦交換…そして更なる刺激が欲しければ、同室でのスワップ…こんな感じでどうでしょうか?』
 堀田さんは非道徳的な遊びが夫婦の絆を強める事。背徳的な行為が麻薬のような快楽を与えてくれる事を教えてくれたのです。・・『ただし、“こちらの世界”に来るかどうかは貴方達御夫婦次第です』と言う言葉で結んで。


 メールのやりとりが何ヶ月か続いた頃には、私達は堀田さん夫婦と1度会ってみる決心がついていました。『会ってみて私達が怪しいと感じればその場で帰ればいいのですから。場所はそれなりのホテルの喫茶室にでもしますか?その方が変な振る舞いも出来ませんし』・・そんな気遣いも頂き、私達も勇気を出して本名を名乗り、そして車で2時間程の他県のホテルに向かったのです。


 「よかったよ遠い所で。地元のホテルだったら、知り合いに会う危険性もあったからね」
 私は車からエントランスに向かいながら、妻の肩に触れました。妻の横顔にはまだ緊張の色が浮かんでいます。と思った瞬間、私の方にブルッと武者震いがおこりました。 
 (今、私達が歩いている道は禁断の世界に続いているのだろうか?)
 妻の薄茶が混ざったショートカットが風に靡(なび)く様子を見ながら、そんな思いが湧き上がってきました。
 私の後を少し遅れて歩く妻・・身長は163cm 体重は教えてくれませんが中肉中背、胸も臀(しり)もそれなりに張りがあり、年の割にはと前置きが付くかもしれませんが、未だにいけてると思える妻でした。


 ホテルのロビーは、この日行われる結婚式へ出席される人達で賑わいを見せていました。
 新郎・新婦らしき姿を見つけると『良いなぁ。…でもあと何年かすれば、あの新婚さんだって俺達みたいに…』・・何か変な感情を覚えながら、私達は約束の喫茶室へと向かったのです。


 「あなた、何だか緊張しますわ。どうしましょう怖い人だったら」
 喫茶室の一角でウェイトレスがコーヒーを置いて立ち去るのと同時に、妻が心細げに私を見ます。
 「大丈夫だよ、言ったじゃないか。こんなに明るい場所で、しかもこれだけ大勢の人がいるんだから。それに、この場所を選んでくれたのも向こうの御夫婦なんだし。俺は、向こうの御夫婦の方が俺達の事を危ない人種じゃないか心配してると思うよ」
 私は自分に言い聞かせるように告げました。妻はぎこちなく頷くとカップを口に付けます。
 そして約束の時間の数分前、胸ポケットの携帯電話が震え出しました。手に取り喫茶室の入口辺りに目を向けると、予(あらかじ)め送ってもらっていた画像と同じ顔の男性が、携帯を手に持ちこちらを見つめています。


 目の前に現れた御夫婦・・ご主人の学さんは、私より一つ上の43歳と聞いていましたが、着ている服のせいでしょうか私より若い感じがします。身長は私と同じくらい170cmほどで、体重も見た目は私と同じ中肉中背ですが、肩幅が広い分私より逞(たくま)しく見えます。 


 奥様の確か紀美子さんは…と目を向ければ。歳は妻より一つ上の41と聞いていたとおり、歳相応の落ち着いた雰囲気です。身長も妻と同じ163位。違うのはショートカットの妻に対して、紀美子さんは茶色がかったセミロングです。それ以上に違うのは胸の膨らみと臀部の張りです。妻もそこそこの“もの”を持っているはずですが、洋服の上からでも分かる紀美子さんの容姿の前では…。
 その時「…菊地さん…」と声がして、私は慌てて堀田さん夫妻に頭を下げました。苦笑いを浮かべれば、隣で妻も恥ずかしげに会釈をしています。


 4人掛けの席に向かい合う格好で座ると堀田さんは一つ咳払いをして、胸ポケットから何かを取り出します。
 「…わたし、正真正銘の“堀田学(ホッタ マナブ)”です」 と、にこやかに微笑みながら免許証を見せてくれたのです。隣では紀美子さんの手にも免許証があります。


 (ああ…“こんな時”はこんな事もするんだ…)
 心の中で呟(つぶや)き、私もポケットに手をやりましたが…。隣りの妻は、再び心細げに私をチラリと覗きます。
 私の免許証、そして妻が恐々取り出した免許証…それを手に持ち一旦確認して…。目の前の二人にそれを手渡した時、私達が“禁断の世界”の扉に手を掛けた瞬間でした。 たかだか身分証の確認ですし、お互いさまなのですが、“役人根性”とでも言うのでしょうか「自分達だけは」とズルイ考えがあったのは間違いのないところです。
 そう言えば、堀田さんは『大手商社に勤めています。お会いした時に名刺をきってもいいですよ』とメールで仰っていました。
 堀田さんは免許証をチラリと見ただけで、直ぐにそれを返してくれました。そして「では…」と一呼吸おいて話し始めたのです。


 私達の目の前で声を潜め話す堀田さん。当然周りにいるのは“まともな世界”の人種なのですから声は低く、小さく、隠微に聞こえます…。
 スケベ心のある私に妻もそうなのですが、まだその気持ちを正直に解放出来る所まではきていません。私達は緊張しながら耳を傾けました。


 「…私達も最初は“あのサイト”で、我々と近い歳の方にメールを出したのですよ。菊地さんと同じように相手の素性から先に聞き出そうと文章を巧みに考えてね」
 堀田さんはそう言って、悪戯っぽく笑いかけてきます。私はフッと息が抜けて表情(かお)を崩します。


 「…私達の初めての相手をしてくれた御夫婦も同じ歳で。メールにも書きましたが最初はこんな感じでお茶を飲んで自己紹介などをして。帰って二人でジックリ話し合ってそれから“次”に行く事に決めました」


 「次は相互鑑賞でした。ホテルの部屋に4人で入って。相手御夫婦が率先して服を脱がれましてね。私達の羞恥心を消すように振る舞ってくれたんです」


 「…紀美子もこう見えても根はドが付くほどスケベですから、いそいそショーツを脱いで。私がキスをしたらしがみついてきて。後はいつも通りと言うか、いえいえいつも以上でしたね」
 堀田さんは懐かしむ様に隣の紀美子さんを見つめます。紀美子さんは先程から静かな笑みを浮かべて、私達を見つめています。


 「…二組とも直ぐに乗ってきましてね。男は張り切って結合部分を相手方に見せつけたりとか。女性は羞恥の気持ちを忘れようと大きな喘(あえ)ぎ声をあげましてね」


 「…一息ついた時は恥じらいもありましたけど、向こうの旦那さんの“お疲れさん的”な顔を見れば後は打ち解けて。軽くビールを飲んだら奥様達の方が“卑猥”な言葉を吐いていましたよ」


 「…でもその日はそれでお仕舞い。その御夫婦からは『“次”に進むかどうかは家に帰って今日の事を思い出して、夫婦でよく話し合って決めて下さい』と言われました」
 「・・・・・・・」
 「私達にはもう一度相互鑑賞をお願いする選択肢もあったのですが、色々妻と話して。次はパートナーを相手に委(ゆだ)ねる結論に達したのです」


 「それでその後、“別室での夫婦交換”を。その次は“同室での交換”へと進みました」
 「・・・・・・・」
 「そして今でもその御夫婦とはたまに楽しんでます…。でも、最近マンネリ気味なんですがね」
 「マンネリですか…」
 私の口から小さな呟きが漏れました。隣の妻は少し身を乗り出した気がします。


 「ええ。それで先月頃からは4人で野外露出撮影会をやったりしています。女性が中心に被写体になりますが男性陣も“アソコ”を晒します」
 私の喉が「ゴクリ」となります。


 「夜中に神社の境内で素っ裸になって四つん這いで尻を突き出すんです。夫婦で並んでね」
 「・・・・・・・」
 「夫婦で菊ビラを並べて撮ってもらうんです。互いの羞恥心を共有出来て、そして互いを変態だと認め合える素敵な瞬間です」
 「・・・・・・・」
 「ああ、それと相手の御夫婦は、ここだけの話ですが二人とも学校の教員なんですよ」 
 「!・・・・・・・」  
 その瞬間、頭の中に“やはり!”という妙に納得出来る思いが浮かびました。
 同じ公務員という境遇。ストレスの強さは並大抵のものではない。そしてそれは大企業の社員もそうなのだろうと…。
 私の中に、堀田さんとその向こうの教員御夫婦・・彼らに対する仲間意識のようなものが芽生えてきました。


 数瞬考え込んだ私に、堀田さんが再び話しかけます。
 「ええ~っと私ばかりが喋ってますが、何か質問はありませんか?」


 私は妻の様子に目を向けます。妻は何か言いたそうな、聞きたそうな…。
 その時、紀美子さんが優しく声をかけてくれました。
 「浩美さん、よかったらあっちの席で二人でお喋りしましょうか?女同士じゃないと聞けない事もあるでしょうから」
 気が付けば周りからは、礼服を着た人達が消えています。いつの間にか披露宴が始まっていたようです。
 妻達は別の席へ。私はご主人の学(マナブ)さんと、話を続けました。


 それから1時間程、男同士、女同士で話しをして、そしてホテルを後にしました。
 車に乗った私は、直ぐに妻に聞きます。
 「どんな話をしたんだい?」
 「エエ~…う~ん…」
 既に緊張が解けていた妻です。口元の小さなスケベ黒子(ボクロ)が揺れて見えます。


 「それでどんな話を?」
 「う~ん…やっぱりここじゃあ恥ずかしいですわ」
 「何言ってるんだい。俺達夫婦はこれから“凄い事”を始めようとしているんだよ」
 「だってまだ明るいし…。お家に帰ってベッドの中で話しますわ」
 「ちえっ仕方ないな」
 私は拗(す)ねた素振りで舌をならしましたが、心の中では夜が早く来る事を願いました。


 「でも……紀美子さん…。別れ際、何だか辛そうな…」
 「えっそうなの?」
 「はい。一瞬ですが哀しそうな表情を浮かべた気がしました…」
 「・・・・・・」
 ひょっとして紀美子さんは、妻がこういう“遊び”に向いてないと思ったのでしょうか? 


 「でも、一回してみれば、凄いのは女の方だよな」
 先程の堀田さん御夫婦の体験談を思い出すように、私はあえて明るく応えておりました。
 私達はまだ、互いのパートナーを他人に委(ゆだ)ねる約束を認め合った訳ではありません。夫婦の営みを他人と見せ合おうかと、考えているところです。しかし、それをすれば必ず次に進むと…進んでしまうと分かってしまっているのです。間違いなく妻の気持ちも…。


 その夜、私達は貪(むさぼ)るように互いを求め合いました。そして、四つん這いの妻の背中に被(かぶ)さるように注挿しながら、私は自分の臀(しり)から股間の辺りを意識しました。
 (ああ…浩美と並んで四つん這いでアナルを見られたい。結合の部分を見てもらいたい。互いに陰部を解放して二人で堕ちる感覚を味わいたい。罵(ののし)りの声を浴びる中で妻の愛を感じたい。一緒に桃源郷をさ迷いたい)
 私はそんな被虐的な感情を覚えながら、この夜登りつめたのでした………。