小説本文



夜が明け朝になりました。
 昔から妻は私が起きる頃には大概起きていて、今朝も既に朝食の準備に掛かっておりました。しかし、清水に凌辱されてから口数は極端に少なくなり、この朝も私の「おはよう」の挨拶には呟き返すだけでした。


 台所に立つ後ろ姿を見ておりますと、昨夜の露出行為の事が自然と浮かび上がってまいりました。まるで夢遊病のように闇の中で生まれたままの姿になり、女の一番大事な部分を自ら拡げていたのが本当にこの妻なのかと……。
 私の中では昨夜の興奮の余韻は、既に治まっています。冷静にあの場面を振り返って“もしも”を考えれば、背中が冷たくなってまいります。しかし……妻の心と身体は私よりも深い所にあり、その原因はと改まれば“あの男”の姿が浮かびます。昨夜のあの公園に清水がいたならば、恐らく彼はもっと凄い露出行為を妻に求め、妻は妻で否定の素振りをしながらも彼の要望に応えたのではないか……。そして遂には自ら清水を悦(よろこ)ばせようと、とんでもない醜態を晒したのではないかと……。


 結局私達は、昨夜の“出来事”についても何一つ言葉を交わす事もなく、食事を終えるとそれぞれの職場へと出掛けました。
 清水達が再び妻の職場へ現れないかと心配は常にあるのですが、そんな心配ももうどうにもならないだろうと諦めの気持ちがあるのも確かでした。
 川村さんからは次の土曜日が私達夫婦の“デビュー”の日と言われていますが、それについて二人で打ち合わせをする雰囲気もなく。それは妻も同じ想いで行き当たりばったりと言うか、あまり深く思い詰めないようにしようと現実逃避を考える私がいたのです。


 一週間が始まりますと自然にいつものサイクルになり、職場と自宅への往復の日常です。家に帰ればここ数日は例のサイトを覗くのが寝る前の習慣になっておりました。


 木曜日の事です。
 この朝も時間通りに起きてリビングに行きますと、いつもの妻の姿がありません。炊飯器の音があるのでトイレかと思い、声をたてようかとしたところで思わず立ち止まりました。流し台と食器棚の間にしゃがみ、携帯を操作している後ろ姿が見えたからです。
 私は無意識に足を忍ばせ、近づいていました。


 妻はあまりメール等はしない方で、まして朝のこの時間にですから、頭の中には直ぐに“あの男”清水の顔が浮かびました。
 私は息を止め様子を覗いておりましたが、本当に清水か?……けど、まさか朝っぱらから……と疑問と心配が持ち上がってきました。


 「お、おはよう……」
 「!!……」
 その瞬間、しゃがみ込んでいた体が、弾けるように立ち上がりました。
 携帯を咄嗟に胸元で抱え込んだその姿に、私はメールの相手が妻にとって後ろめたい対象…だと確信致しました。


 「浩美…清水なのか?」
 「・・・・・・・」
 私の質問に妻は黙って頷きますが、その表情(かお)は確かに怯えの様子です。


 「ひ、浩美…こんな朝早くになんで….」
 「・・・・・・・」
 私の言葉に一瞬うつむいた妻でしたが、直ぐに顔を上げると静かに口を開きました。
 「じ、実は夕べ清水様からメールがあり、ここ何日かの私達の様子を報告せよとの事だったのです…」
 「・・・・・・・」
 「そのメールを今朝になって気づいて……」
 「それで慌てて返信をか……」


 妻は俯き、その雰囲気からは申し訳なさが見てとれます。私の気持ちは当然おもしろくなく、その様子は表情に表れたと思いますが、直ぐに諦めの結論が頭を過りました。
 「で、この間の露出プレーの事を報告したのか?」
 私はその場でメールの内容を詳しく聞きたかったのですが、朝の忙しい時間です。妻も又、「今夜にお見せします」と言うので、私は着替えに向かったのでした。


 通勤途中。
 電車の中はいつも見かける顔です。名前は知りませんが、目が合えば会釈程度は交わすそれなりの顔見知りです。
 こんな時でも私は、露出プレーをした夜の事を思い浮かべますと、パンツの中でアソコが大きくなってしまいます。もし、ここで私が“変質者”である事がバレれば……と背中が熱くそして冷たくなる感触を覚えます。しかし、あえて自ら“変態”である事を証(あか)したい気持ちもあるわけです。軽蔑の視線になじられながらも同類に名乗り出ほしい気持ちがあるのです。
 この日の朝、私はそんな事を考えながら職場に向かっていました。



 この日の仕事も朝から多忙を極めましたが、時おり来庁者の姿に卑猥な妄想が働きました。特に中年の御婦人や紳士面の男性には、こんな何処にでもいる普通の人こそ、裏では人様に決して言えない変態的な行為をしているのではないかと…そして、それは私の願望・・・真面目ぶっている人ほど私と同じ変質者であって欲しいという願望なのでした。


 昼休みが終わって直ぐの頃でした。食事から戻った私に部下が近づいて来るのが見えました。しかし、私の目は部下の向こうでニヤニヤする男の姿を認めていました。
 清水がついに職場に来てしまったのです。
 部下に促され対応のカウンターに向かう私の足は、恥ずかしいほど竦(すく)んでおりました。


 「俊也、久しぶりだな、元気か?」
 ぶっきらぼうに吐き出された声とその言葉が、回りの職員の耳に届かないことを心から願いながら、私はあたふたと清水に駆け寄っていました。
 妻の職場に現れた時は紳士的で丁寧な言葉使いだったと聞いた記憶が残っていましたが、今の言葉は誰が聞いても横柄で厚かましい感じです。そして、その言葉一つで踊らされている私の姿は、借金取りに慌てふためく男の様ではないでしょうか。


 「何を慌ててるんだよ俊也。顔が真っ青だぜ」
 嬉しそうにニヤつく清水を、私は何とかホールの方へと誘導しようとしていました。その私の背中は、同僚達の視線をシッカリと感じています。


 「…し、清水……さん…」
 ホールの所で何とか絞り出した私の言葉を清水は、冷たい視線で返してきます。恫喝するでもなく、ただ冷ややかに見つめ返すだけです。
 「ご、ご用は何でしょうか……」
 私は何とか言葉を吐いていました。当然周りに注意を払いながらです。


 清水は黙ったまま私を見つめています。沈黙の間を演出して精神的に追い詰め、それを楽しんでいるのです。
 「くくく……」
 鈍い響きに身体はますます強張ります。私は「お願いします」と目で訴えます。
 「ふふ…俊也よぉ、最近浩美と楽しい事をやってるそうじゃないか。ええっ?」
 頭の中には露出プレーの事が浮かびます。清水は今朝の妻からのメールで露出プレーの事を知って、この職場へやって来たのです。私は咄嗟に「す、すいません」と口が動いておりました。嫌になるほど小心者の私です。


 「ん~、別に謝る事じゃないだろ」
 確かに、本来なら私が清水に謝るのはおかしな筈なのですが、主従関係を認めている事を改めて示してしまっていたのです。
 「ふふふ……そんな事より息子に彼女が出来たみたいだなぁ。もうマンコは犯(や)ったんかな」
 「!!……」
 その一言で身体は更に固まり、痺れがそこらじゅう広がって行くのが分かります。こめかみは震え、血管が膨らんでいくのです。
 目の前の男との主従関係というか優劣というか、それを改まって感じさせられます。それでも私は自分の立場を考え、何とかこの場を無いものにしようと力を振り絞りました。
 「あ、あの…その件でしたらもっと静かな所でお話しを…」そう言って私は更に奥の非常階段の方へ手を取りました。
 背中には複雑な視線を感じながらも、何とか周りの目から清水を遠ざけた私は、泣き顔で見つめました。
 「し、清水さん…いえ、清水様、職場ではさすがに……お願いします」
 清水は冷たく、それでも言い聞かせるように「分かってるよ。その代わり仕事が終わったらちょっと付き合ってくれよ。ええっ?」と、言って見つめます。
 私には黙って頷くしか選択肢がありません。清水の企(たくら)みなど考える余裕などなく、頭を米付きバッタのように縦に振るだけでした。
 しばらく冷たい笑みを向けていた清水でしたが、やがてクルリと背中を向けるとエレベーターの方に歩き始めました。私はその背中を見送りながら、自分の背中には不快な汗が流れ落ちていくのを感じていました。


 自分の机に戻った私には上司が近づいてきて、清水の素性やトラブルに巻き込まれてないか等を聞いてきました。
 私は何とかごまかし、業務に戻ろうとした時です。胸ポケットの携帯が震えました。仕事中に携帯等を見る事は厳禁ですが、何か嫌な予感がして「すいませんがトイレに」と言って席を離れたのです。


 こんな時の嫌な予感は当たるもので、メールの送り主は見かけぬアドレスですが、開いて見ますとトゲトゲしい文面がありました。
 [変態役人の俊也君  1号館の地下1階のトイレに行ってみな。浩美の無修正写真が貼ってあるから。おっと、男子トイレだから女の方に行って捕まるなよ(笑)]


 読み終えた瞬間には、私は走り出していました。
 そのトイレは殆ど利用した事がなかったのですが、何とかたどり着くと息を整え飛び込んでいました。運良く人の気配もなく、入り口の辺りから目を皿のようにして中へと進んで行ったのです。
 変態的な私の妄想には、このアンモニア臭いこの場所も舞台になった事がありました。けれど今は余裕など何も無く、いわば世間体を守る事に血眼になっている自分がいる訳です。そんな私は壁を上から下へと目を走らせ、そして次に個室の方へと向かいました。
 手前から順番に中を覗きまくり、一番奥の戸を開けた時です。一枚の写真が飛び込んできました。
 大きさにして葉書サイズでしょうか。それがちょうど目の高さの位置に貼られていたのです。
 私は個室内に入り込むと戸を閉め、シッカリ鍵が掛かったのを確認すると、写真に顔を近づけました。
 それは確か、あの仄暗い和室の部屋でした。布団の上でだらしなく股を拡げ、死んだように仰向けになっているのは間違いなく妻です。
 妻は目を瞑っていますが、モザイクも横線も引かれていないその写真は、見る人が見れば私の妻の浩美だと分かる筈です。写真の横には黒い文字があり、目を見開きながら顔を近づけてみました。


 【この役所で働く“○地○也”の奥さんです。休みの日には旦那公認で公衆便所としてマンコを開放しています】


 見た途端、恐怖に身体が震え出しました。名前の所の2か所が○印で伏字になっているといっても、人の目に触れてしまったのかと考えると震えは激しくなる一方です。
 私はその写真を剥ぎ取るとポケットに入れ、持っていたボールペンで壁に書かれてある【○地○也】の部分を上から何度も何度も横棒を引き、分からないように塗り潰しました。そして一目散にトイレを後にしました。
 自分の席に着いても、ポケットにある写真と落書きの事ばかりが気になって仕方ありませんでした。


 何とか今日一日の業務を終わらせると、油性の黒マジックを持って昼間のトイレへと駆け込みました。その個室に入り、落書きの【○地○也】の部分をもう一度黒マジックで上から塗り潰し、そして一旦便座に腰を降ろしました。
 しばらく座ったまま写真を取出し眺めて見たりしていましたが、シーンとしたこの狭い空間におりますと色んな事を考えてしまいます。妻がこのような狭い密室で犯されたのだと思い出しますと、急に下半身がムラムラとしてきました。いえいえ、妻は男子トイレで犯されたのですが、その場面を想像しますと愚息が大きくなっていく気がするのです。私は突然、無性に自慰がしたくなり、思わず立ち上がっていました。その時です。携帯が震えたのです。


 [仕事、終わっただろ。付き合ってくれよな]
 私は妻の写真を手に持ったまま、返信を打ちました。
 [はい。どこに行けばよいでしょうか?]


 役所を出て5分位歩いた住宅街の中に、見覚えのあるワゴン車が停まっていました。近づきますと直ぐにドアが開き、中から清水の不敵な顔が覗きました。
 後部座席に誘導されますと、隣の清水の口元が嬉しそうに歪みます。運転席にいる巨漢の男が振り返りながら見つめてきますと、緊張が膨れていきます。


 車は直ぐにスタートしたのですが、人の目を気にする私は車に乗るところを誰かに見られなかったか、しばらくそんな事を考えていました。窓にはスモークが貼られていますが、本当に向こうからは見えないのか?そんな事まで気にしていたのです。


 10分位でしょうか、見慣れた景色が続くなか、少し落ち着きを取り戻してきた私は、恐々隣を覗きました。
 「あ、あの……これからどちらに…」
 私の問いに清水は意味深に頷くだけです。そして思いもよらない事を言ってきました。
 「俊也、お前…あのトイレで″シコシコ″やっただろ」
 びっくりして目を見開くのと同時に、運転してる男がそれまで我慢していたものを爆発させるように吹き出しました。


 「くくく…出てくるのが遅いから素っ裸になって浩美の写真を見ながらチンポをしごいてるのかと思ったぜ」
 「・・・・・・・」
 額から汗が流れ出るのが分かりました。しかし、思い出したように、言い分けがましく私は何とか伝えました。
 「い、いえ…その…あの…オナニー禁止令が出てますから…」
 私の言葉に清水は窓の外を眺めながら「ふ~ん」と興味なさそうに呟くだけです。運転席の男は口元を嬉しげに歪めながら、気持ち良さそうにハンドルを握っております。
 車は大きな川を渡る所です。


 私はあの時、清水のメールがあと少し遅かったら間違いなくパンツを下ろし、妻の無修正写真を、それと携帯に保存してある野外露出の写真を開いて愚息をしごいていたと思います。しかし、その事を指摘した清水の鋭さに私の性格から性癖までが見透かされていると改めて思ったのです。


 そうこうしているうちに、車は川の側道に入っておりました。そこから河川敷に下りて行きますと車が数台停まっているのが見えました。営業車のさぼりのような場所にも思えます。


 車が止まり、清水がドアに手を掛けながら「昔はその辺りにボート乗り場や釣り堀みたいなのがあったんだよな」と独り言のように呟いています。目を前方に向けますとボロボロの小屋のような物が見え、その上にはトイレらしき建物が見えました。


 「俊也、行くぞ」と、その声に慌てて降りる準備を致しました。
 私は清水に着いて歩き、周りを見回しましたが初めて来た場所なのは間違いありません。


 「もうやってるだろ」
 清水の呟きに運転手をしていた男の含み笑いが聞こえてきました。その瞬間、私の中には「まさか」の文字が浮かび上がってきたのです………。