小説本文



7人の男達が堀田さん夫婦を連れてこの部屋を出て行った後は、私は跪(ひざまづ)いたまま妻が死体のように横たわる姿を見つめていました。
 鳩尾の辺りの痛みはだいぶ薄らいで来ていましたが、心の中は得体の知れない生き物に食い潰されたような感触がありました。


 妻はうずくまったまま、時折、身体をブルッと震わせます。痙攣がまだ残っているようで、見ていると大きな臀部と脂(あぶら)の乗った下腹が揺れるのです。


 男は『浩美とマンコしてもいいからよ』と、妻が自分の支配下にあるように言っておりましたが…本当に妻は男達の“物”になってしまったのだろうか…心には不安が膨らみます。
 その時私の“アソコ”の先っぽが我慢汁でヌルヌルになっている事に気づきました。
 妻が輪姦される様子を眺める私は、男達の意味深な視線を感じておりましたが、その視線は私の股間にも向けられていた事も分かっていましたし、途中で頭の上から足の先まで電気が流れるような衝撃を感じていました。そしてそのエネルギーが股間に流れ込んだ事も。


 しばらくして妻の身体がユックリ起き上がろうとします。
 上体を起こした妻は、半身のままで俯いたままです。その横顔から覗く瞳には確かに、涙が溜まって見えますが…。


 私は…。
 「…浩美」と小さく声を掛けました。心の中では「大丈夫か?」と続けます。


 「…ゴメンなさい…」
 妻が何とか吐き出したのは、そんな謝罪の言葉でした。


 「…いや…」
 「・・・・・」
 「…こっちこそ…」
 「・・・・・」
 「…すまん…」
 私も沈黙を挟みながら、言葉を返しました。


 私の頭の中はあの男達の影に大きく覆われている事を自覚していました。私は、いえ…妻も…、殴る、蹴るといった暴力行為以上の性的な弱味で、彼らの支配下に堕ちていくのだろうかと不安が膨らんでいきます。
 そして、間違いなく気になっている事は、妻の心の中です。
 私はその事を早く聞き出したいと思っているのですが……。


 妻が顔を上げ、チラリと私を覗きます。妻も恐らく私が聞きたい事、妻自身が言わなければならない事が分かっていると思います。 男達は『マンコしてもいいからよ』と言いましたが、当然そんな気持ちにはなりませんでした。


 私はふと時計を見ました。男達が部屋を出て結構な時間が経っていました。あれから堀田さんに紀美子さんは…と考えます。
 堀田さん夫婦も私達に言わせれば加害者です。しかし、被害者であるのも分かります。堀田さん達が彼らの手先になった理由も想像がつきました。そして彼らが私達夫婦に何を求めてくるかも……。


 キコンと呼び鈴の音が鳴ったのは、それからすぐでした。その瞬間、私の鳩尾辺りに鈍痛が蘇りました。恐々振り向くとリーダーの男を先頭に、男達が満足げな表情で部屋に上がり込んで来るのが見えました。その一番後ろには、堀田さん夫婦です。


 リーダーの男は私達の姿を見て、「ふふ、やっぱりマンコは出来なかったかい」と、後ろの仲間達に振り返ったのです。彼らは二人きりになった私達がsexをするかどうかの賭けでもしていたのでしょうか。そして男は「後は頼むぞ」と堀田さんに一言告げ、私達に冷たい笑みを向けたのでした。


 それからこの部屋を出たのは、男達の車の音が遠ざかったのを確認してからでした。


 車に乗った私達4人。妻と紀美子さんはグッタリしております。私と堀田さんは唇を結び、一言も言葉を発しません。
 そんな重苦しい雰囲気のまま、車はやがてターミナル駅の駐車場に着きました。
 降り際に堀田さんが小さく「すいません」とだけ呟きます。私が黙ったまま顔を覗くと、申しわけなさそうに会釈が返ってまいりました。心の中では『近いうちに彼らは、この人を通して何かしら言ってくるのだろうか』と、そんな考えが過ぎりました……。


 妻を乗せ、車を走らせます。
 車中から見える日常の景色…それを感じた途端、再び身体が震え出しました。この現実…これから先、一体どうなってしまうのだろうかと…。


 助手席の妻は目を瞑り眠っているようです。
 妻とは話をしなければいけない事がたくさんある…その事は分かっているつもりでした。聞きたい事、確認したい事もいくつかありました。妻も言っておきたい事があるはずです。
 そして、私達夫婦のこれからの立ち振る舞い方についても…。




 家に着いた私達。
 私と妻はリビングの椅子に座り、向かいあいます。長男が家を出てからどことなく物寂しい空間です。しばらくグッタリしていた妻でしたが、やがて顔を上げ、言葉を探し始めたようでした。
 しかし、先に口を開いたのは私の方です。


 「…浩美、言い辛いとは思うけど、その…教えてくれないか、あの別室交換の日….俺と部屋を分かれて…」
 と、言葉が付きましたが、あの時堀田さんの部屋で起こった事はあの男達の言った通りなのでしょうが、私は妻の口から真実を聞きたかったのだと思います。


 妻はしばらく黙り込んでいましたが、やがて顔を上げると、しっかり目を開きました。そしてゆっくり喋り始めたのです。


 「あの日は堀田さんとお部屋に入る前からもう、喉がカラカラになるほど緊張していました。部屋に入って椅子に座ってましたが、堀田さんは立ったまま落ち着きのない感じでした。アタシも何か声を掛けようかと思っていましたら…。呼び鈴の音が鳴って…その後は、今日と同じような感じでした…」
 妻はそこまで話すと、一つ息を吐きました。私は黙って頷き返します。


 「浩美、この2週間程様子がおかしかったのは…」
 私の言葉に妻はまた俯きました。そしてしばらく目を瞑っていましたが、頷きました。
 「はい。実は…犯された後、彼らにその様子をビデオに撮られている事。それと私の勤務先や浩二の事まで…」


 「!・・・・」
 息子の名前が出た瞬間、私の身体に衝撃が走りました。そして静かに震え始めました。


 「彼らは浩二の写真、それも最近の物と思える写真をタブレットで私に何枚か見せました。彼らの言動や雰囲気から、アタシは大変な状況におかれた事が分かっていましたが、浩二の写真を見せられた事で更に諦めの境地を悟りました」


 妻は仕事柄なのか、喋り始めた事で逆に落ち着きを取り戻しているような感じでした。私は黙ったまま話の続きを待ちました。


 「彼らは、アタシ達の“こういう遊び”の事を浩二や職場やご近所に知られたくなかったら言うことを聞けと言いました。まずは、今日の事は貴方には黙っていろと言ったんです」
 「・・・・・」
 「アタシは絶望に目の前が真っ暗になりました。ですが、直ぐに男達が『2回戦に行くぞ』って言ってまたアタシを…」


 「…それでまた、奴らの言いなりに…」
 私は絞り出すように聞いてみました。その言葉に妻が唇を結びます。


 「はい。…そしてまた順番に犯されました……」
 「・・・・・」
 「…それと…….」
 「……それと?」
 「これは…逆に彼らから、機会があれば貴方に言えと、言われていた事なのですが…」
 「…な なんて…」
 「……はい。彼らはアタシに『奥さんは資質がある』『アンタはマゾだ』と言いながら犯しました。……そして」
 「……そして?」
 「はい、『アンタの旦那も重度のマゾだ。夫婦揃って重度の変態だから奥さんも直ぐ感じ始める』って」
 「!……」


 私達は彼らの言うとおり“変態夫婦”と自覚していました。そしてそれを、見事に彼らに見透かされていると思いました。


 「そ それで、浩美は、その時…か 感じ…たのか…」
 沈黙の後に、私の口から出た言葉は見事に震えております。


 妻はまた俯きます。しかし顔を上げると観念したように、静かに頷きました。
 「はい…心の底から得体の知れない感情が沸き上がってきて。周りの男達の覗き込む目がとても嫌らしく見えて」
 「・・・・・・」
 「そんな中で身体中にゾクゾクする感触が湧いた後はもう頭の中が真っ白で…」
 「・・・・・・」
 「たぶん…卑猥な言葉もいっぱい吐き出したと思います。破廉恥な格好も晒したと思います。…はい。すいません」
 「…いや、いいんだ。…仕方ない」


 その言葉の後はしばらく沈黙が続きました。そろそろ私の身体も疲労感に包まれておりました。妻も今夜は早く眠りたいだろうと、そんな考えが浮かんできたところで、私から妻に告げました。
 「浩美…分かった……。今日はもう寝よう。寝れないと思うけど明日も仕事だし」
 私は、妻を、自分自身を、諭すように声を掛けました。「まだ聞きたい事があるけど」・・・心の中ではそう続けましたが。


 その夜。今夜は寝つきが悪いだろうと覚悟していたのですが、ベッドに入りますと直ぐに睡魔が襲って参りました。遠くに妻の寝息を聞きながら、いつの間にか眠っておりました……。