小説本文



私達は壁際の椅子に座り、川村さん御夫婦と向かい合っていました。
 その川村さんが、改まってもう一度、今ほどの行為について聞いてこられました。


 「菊地さん、どうでしたか」
 「ええ、まぁ…なんとか」
 「ふふ、そうですか….思っていた以上に良かったですよ」
 「え、本当ですか……それはホッとします」
 「ふふ、“良かった”と言うのは清水様のお客様が見に来られても、そこそこ喜んでいただけるだろうという意味ですよ」
 「・・・・・・」


 「浩美さんはどうでしたか?」
 今度は雅代さんが聞いて来られました。
 「え、ええ…アタシはその…始まったらもう訳がわからなくて、あまり覚えてないんです……」
 「うふふ、そうなの?でも感じたんでしょ」
 「ええ…はい…そ〇〇〇に……」
 一瞬「んぐっ!」と、胸に重りを掛けられた気分になりました。妻の最後の方の言葉が“それなりに”と、呟かれた気がしたからです。
 その私に直ぐ又、川村さんは続けます。
 「ふふ、お二人に“資質”があるのは聞いていましたが、改めてそれが分かりました。特に浩美さんは感度も良く、清水様のお客も満足すると思いますよ」


 妻に向いた川村さんの言葉は、私にとって褒め言葉と受け取るものなのか複雑な気持ちが湧くのですが、しかし心のどこかで、“恥”は恥でも格好は付いたのかと安堵の気持ちもありました。
 私達は他人様(ひとさま)の前で夫婦揃って裸になり、住まいや勤務先の事まで証(あか)し、そして尻の穴まで曝したのです。なのにあの瞬間に身体中を突き抜けたこれまで体験した事のない快感……いや、素性を証したからこその快感なのか……その余韻が甦ってきました。しかし、まだ恐怖心があるのも確かですが。


 「それで菊地さん、“本番”の事です」
 「・・・・・・・・」
 「もうお分かりだと思いますが、我々奴隷夫婦は“あの場”で清水様のその日の趣向に応じて役割が与えられます」
 「・・・・・・・」
 「お客様の前で夫婦のセックスを披露したりだとか、SM調教や輪姦などです」
 「・・・・・・・」
 「初お目見えの時は、どういう役回りを与えられるかは分かりませんが、菊地さんのところでしたら、何でも大丈夫でしょう。とにかく“資質”に関しては良いものをお持ちだと思いますから」
 「・・・・・・・」


 「菊地さん、どうかされましたか?。何だかボオッとしてますよ」
 「あ、いえ…」
 もうある程度の想定もあり覚悟も出来てた私でしたので、川村さんの話に心の中で頷いていたと思います。


 「ふふ、菊地さん御夫婦なら大丈夫ですよ」
 川村さんが念を押すように見つめてきます。その目はどこか病的な感じも致します。


 「それと忘れないうちに、ここに居る皆さんも紹介しておきましょうね。どなたも我々と同じ変態夫婦です」
 そう言って川村さんは、椅子に座ったまま端から御夫婦の名前や年齢、それに職業を教えてくれたのでした。
 又、続けてこの場にいない奴隷夫婦の事も“番号順”に教えてくれたのですが、私が「そういう人に限って」と改まって思ったのは、皆の職業でした。
 都市銀行の行員。医者。有名ボランティア団体の理事。それに、大手企業の役員等々がそうでした。


 「菊地さん、それでこの後はどうされますか?。どちらかの御夫婦に仲間に入れてもらいますか?。それとももう一度、皆さんに見られながら二人で嵌め合いますか」
 「・・・・・・・・・」
 「大丈夫ですよ、今日の事は清水様も了承の事ですから」
 「・・・・・・・・」


 私は皆さんの輪の中に入れて頂く事も考えたのですが、結局失礼する事に致しました。まだ、どこかで新参者と遠慮があったのでしょうか。それともアドレナリンが落ち着いた自分に、自信がなかったのでしょうか。


 「では菊地さん、これからは土曜日、日曜日は清水様の都合が優先ですから空けておくようにして下さい。早速、次の土曜日が御二人の“デビュー”の日です。宜しいですね」
 「えっ、もうですか…」
 「はい」
 「ああ………はい」
 「ふふ、さっきも言いましたが、どういう“趣向”で行われるかは清水様のその日の気分しだいです。・・では」
 川村さんの言葉を最後に、私達は着替えを始めました。先ほど感じた脳天を突き抜けるような快感も、その余韻は遠ざかり、次への緊張が生まれていました。そして勿論、妻を気にする気持ちもありました……。
 私はそんな想いを抱きながら、この日のホテルを後にしたのでした。


 ホテルからの帰り道も、家に着いてからも、会話の少ない私達でした。昼間の“実演”について二人で語るでもなく、“次”の事に付いて確認をするでもなく、まだお互いに照れというか後ろめたいものを持っているのか。ただ、複雑な思いを抱きながらも、妻の恥態を望む自分がいたと思います。


 その日の夜でした。
 書斎でパソコンを立ち上げた私は、ふと、妻を呼んでみる気になりました。
 開いたサイトは勿論、私達がこの世界に足を踏み入れる切っ掛けになった例のサイトです。
 妻が来た時は、【募集掲示板】のページを開いておりました。


 「あなた、ここが清水様が奴隷達を集める為の“誘いの場”だったのですね」
 妻が無意識にでしょう『清水様』と呟いていました。自分で吐いた言葉に気づく様子もなく、妻はパソコンの画面に顔を近づけています。
 妻の顔を見やりますと、瞳の奥に鈍よりとした灯りが見えるような気もいたします。口元の歪みも妻には珍しく、まさか善(よ)からぬ企てがあるのか勘ぐってしまいそうな私です。


 「あなた、他の書き込みも見せて下さい」
 何かに急かされたような妻の勢は、私に席を譲れといった感じで「じ、自分で見てみるかい」と、私の腰は浮いております。


 妻は中腰の姿勢で画面に見入り、その後しばらくそのサイトを覗いておりました。
 後ろ姿を見ておりますと、“没頭”、“夢中”と言った単語が浮かんできます。清水が言っていた私達夫婦の“資質”ーーそれは性癖とはまた違った、何て言えば良いのでしょうか…『類は類を呼ぶ』あるいは『類は友を呼ぶ』等と言った言葉があるように、“同じ種類”の夫婦を嗅ぎつけようとする嗅覚も携えているのか…私は妻の姿を見ながらそんな事を考えてしまいました…………。


 中腰の姿勢のまま画面を覗く妻。部屋着の妻ですが、その後ろ姿・・腰から下半身の辺りがさらに女っぽくなった気がいたします。特にふっくらした臀(しり)は、微かな動きにも弾んで見えてしまいます。カチャカチャとマウスを一心に鳴らす妻ですが、無防備の臀が艶(なまめ)かしく見えてしまうのです。


 その時、私の中にある記憶が甦ってきました。
 以前ネットで読んだ“エロ投稿”の中の話しに、売春婦の私服姿に興奮を覚える男の話があったのです。
 ホテルなどにやって来る“女”の服装も普段着が多いようでして、その姿は一見街に溶け込んでいるように見えるのですが、それでもどこか一般の女性とは違う雰囲気を滲ませているようです。その滲み出る雰囲気に男達は想像が湧き起こるでしょうか・・・この女性は本当に“売春婦”なのだろうかと。部屋に入った途端に卑猥な笑みを振り撒き、男をその気にさせるのかと…。
 男の妄想ーーそれは思春期の頃の異性の制服姿にトキメキを覚えたのと似たような感覚で、それが成長するにつれて歪んでいき、出来上がったものではないかとその時は思ったものでした。


 気が付けば、目の前で前屈みになっている妻の臀(しり)が、独りでに揺らめいて見えました。そうです、妻が密(ひそ)かに自信を持ってる膨らみです。
 私の右手がスーッと静かに持ち上がっておりました。
 (ひ、浩美…)
 心の声で自分に弾みを付けようと、私は息を殺して臀の割れ目辺りにその手を伸ばしました。


 指がすぼみに触れた時です、ビクンと震えがその指から伝わりました。瞬間、私の身体はフリーズしたように固まりましたが、妻に拒絶の気配がないと分かると、指は独りでに蠢き始めたのです。
 妻は掲示板の閲覧に気を置いているようで、それでいて私の指の次の動きを何食わぬ様子で待ち構えている感じもいたします。
 私は“痴漢ごっこ”に妻が乗ってくれた気がして、右手の指に神経を集中しました。


 カチャカチャとマウスが鳴る音を聞きながら、私の指は捏(こ)ねるように抜き差しを続けます。妻は適度に尻を捩(もじ)らせ、快感を得ようとしている気も致しますが、グッと深く指を入れ込んだ時です。画面を見たままの妻から声がしたのです。
 「あなた……」
 「・・・・・・」
 「それ以上は・・・“清水様”の許可が……」


 その声は切なさの混ざったものでしたーー私にはそう感じました。身体が快感を得たいと感じながらも、“主”の言いつけに忠誠を誓おうとしている様な気がしたのです。
 指を抜きますと、妻がこちらを振り返りました。二人の距離はほんの数十センチなのですが、二人の間には目に見えない溝が出来ているような気がいたします。
 そのまま無言が続きましたが、私はなんとか「な、何か面白そうなのはあったかい」と、サイトの事を聞いてみました。
 「え、ええ……何て言うんでしょう…色んな書き込みがありますね……。自分の身体の隅々を世界中の人達が見ていると思うと興奮するのでしょうね……それと」
 「・・・・・・・」
 「…“あの場”のように素性を曝して本当の自分の姿を見てもらうのもきっと興奮します……」
 「・・・・・・」
 「ああ…アタシは何を言ってるのでしょう….でもたぶん…いえ間違いなく、アタシは“あの時”興奮を覚えましたわ」
 「あ、ああ…」
 私は心の中で「浩美」と妻の名前を呟きました。


 再び沈黙に包まれた私達二人でしたが、しばらくすると妻の目がスーッと沈みました。
 妻は私の目を見ながら、スッとパソコンから離れると部屋の扉に向かったのです。私の目を見つめながらです。
 妻の目に誘われるように私は、フラりと足を踏み出していました。妻は階段の所でクルリと背中を向け、今度は後ろ姿で私を誘っているようです。


 1階に降りた妻は部屋の前で立ち止まり「待ってて…」と呟くように言うと中へと入って行きました。


 妻の動きが“何か”を意図している気はしておりました。
 そして私は、その部屋の前で静かに立ちすくんでいたのです・・・・。