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第30話
その頃、渋谷家…。
自宅のリビングでボンヤリしていた優作は、思い出したようにスマホを手に取った。
アイツ…敏男の事は明日、大塚に相談する事にはなっているが、今日の内に連絡がついて謝罪の気持ちを伝える事が出来ればそれに越した事はない。そう考えながらメールを開いた。
昨日、何通も送ったものへの返信はない。よほど傷つけてしまったのだろうと思いながら打っていく。
《敏男へ たびたびでスマン。本当に悪かったと思っている!お前の進路の事は俺も心配してる。とにかく一度連絡をくれないか。頼む!》
送ったメールを一度読み返し、スマホをテーブルに置いておく。返信が来れば直ぐに分かるようにと、目に付く所に置いておく。
それから特に何もする気にならず、座ってボオっとしていた。テレビは点いているが頭には入ってこない。そのまま2、30分たった頃だったか、突然インタフォンが鳴った。
来客の予定はない筈だから、宅配便だろうと当りを付けてモニターを見た。
そこに写った人の姿に、首を傾げた。
「…こんにちは…」モニター越しに聞こえた声は、映像通りの幼い声。
一瞬、子供を使った新手の宗教の勧誘かと思った優作だったが、次の言葉で頭の中に“何で?”と言う文字が浮かんだ。
「早苗さんはいますか」
暫くこの少年…間違いなく少年…の顔を見ていた優作だが、直ぐに気がついた。
「あ、勉強会の」と言ったところで、向こうからも「はい」と聞こえてきた。
それにしても、母親の事を先生ではなく“さん”付けで呼んだこの少年。幼い顔立ちの中身は大人びているのか、優作はこの少年にちょっとした興味を覚えた。
優作はモニター越しの会話を止めて、玄関まで行ってみる事にした。
ドアを開けて迎え入れる。目の前に現れたのは、パッと見、高学年。そう判断しながら訊いてみた。
「えっと、母さんはいないんだけど…何かご用ですか」
思わず出た優作の敬語にも、その少年は特に反応を示さない。
そして「そうですか…あの…」と口ごもり、俯く。何かに迷っている雰囲気だったが、顔を上げると優作を見つめてきた。優作は何故かその目にドキリとした。
「早苗さんと約束したんですが…」
「…ええっと何を…」
二人は玄関で向かい合っていた。見下ろす格好の優作に見上げるその少年。
少年は優作の目を真っ直ぐに覗いてくる。
と、その時、優作は思い出した。今朝の早苗の言葉『~タナカ君の両親が何か言ってきたら…』
「ひょっとして君、タナカ君?」
「はい、そうです」
「……」
母が予期していた事と少し食い違いがあるのかと思いながら、優作は思案した。
その少年ーータナカ君が、優作を見つめながら続ける。
「今日は早苗さんに”又来てって”言われたから、来てみたんです」
「ん~っと、それは御両親と一緒にって事じゃないの…」
母からの伝言と辻褄を合わせようとして、優作は“御両親“と言う言葉を出してみた。
しかし、少年は「いえ違います」と、落ち着いた声。
「…てことは、君1人でって事?…」
「はい、その時 僕と早苗さんしかいなかったんで」
よく分からないな、と言った顔で優作が腕を組む。
「勉強会は君一人だけだったの」
「いえ、3人でした」
「…でも、母さんと二人だけの会話をしたんだ」
「いえ、会話と言うよりか、早苗さんの方から言ってきたんです」
「ん~今一よく分からないなぁ。この家の中での話しだよね。その時は何処にいたのかな」
優作は痒い所に手が届かない気分。少年は淡々としたペースで話す感じだ。
「廊下です。廊下で早苗さんと二人切りになったんです」
「…廊下ねぇ。そこで母さんが君に又来てって言ったんだ」
「ええ、又来てって言ったのは“その後“なんですけど」
「その後?…って事は、廊下で何かあって、その後に母さんが又来てって言ったって事?」
「はい」
「ふ~ん、何があったの?3人に問題を出して、君が分かったって手を上げて、他の二人に答えを聞かれないように母さんが廊下に呼んだとか」
優作はもう、めんどくさくなった気分で訊いてみた。
しかし少年は真顔で続けた。
「いえ、それも違います」
「ん~あのねぇ…いったい何があったのかな」
イライラが募った声に、少年は少年らしく身じろぎした。しかし、落ち着いて云った。
「バスローブ」
「は?!バスローブ?バスローブがどうしたの」
「…早苗さんがバスローブを開いたんです」
「バスローブを開く?バスローブってあれだよね、風呂上がりに羽織る…」
少年が黙って頷いた。
「バスローブを着て勉強会をしてたって事かい」と、優作の顔に苦笑いが浮かんだ。
「いえ、普通の服だったんですけど、僕がトイレから出ると、バスローブに着替えてたんです」
「………」
「それで、廊下の端まで歩いて…そこで…」
「…そこでどうしたの」
「はい、早苗さんがそのバスローブをパッと…」
「パッと…?」
「パッと開いたんです」
「?…」
「そうしたら、何も着てなかったんです」
「は!?…何も着てない?」
「はい、素っ裸だったんです」
「………」
優作の頭の中は、一瞬空白になった。そして、少ししてから少年の言葉を復唱した。
バスローブ。
素っ裸。
その瞬間、まさかと何かが瞬いた。知らずにゴクっと唾を呑み込んだ。そんな優作を目にしながら、少年は続けた。
「それで、その後に又来てって言われたんです」
「それって…」
「うん…また見に来てって事だと思います」
“はい“が“うん“に変わり、その如何にも初(うぶ)な表情に、優作は初めて目の前の少年を子供らしいと思った。
優作はその後、少年がいつ帰ったのか思い出せない。思い出そうとすると『失礼します』と言って、玄関を出ていった後ろ姿が微かな記憶としてあるだけだ。
いつの間にかまた、リビングのソファーにボオっと座っていた。
頭の中では言葉が回っている。
『素っ裸だったんです』
『パッと』
『バスローブを』
フラりと立ち上がり、洗面所に行ってみた。その次は和室部屋。昔からの両親の寝室。
その和室の部屋にある洋服箪笥。優作はそれを開けて覗いてみた。幾つものハンガーに吊るされた服を見ていく。やがて目に付いたのは、水色のバスローブ。
優作はそれを手に持ったまま、暫く立ち竦んでいた。
そんな優作の頭にもう一度少年ーータナカ君の後ろ姿が浮かんできた。その姿から首だけがクルリと回って振り向く。能面のような顔が見つめてくる。優作は急に寒気を覚えて、ブルルと震えた。
(なんか最後は不気味な感じがしたなあ…。魔少年か…)
…この日、早苗が帰ってきたのは、深夜近かった。
その帰宅の時も、優作は自分の部屋に籠っていた。顔を見る気も起きず…いや、見てもどんな顔をすればいいのか分からず、悩みを先送りする内気な少年に戻って、寝たふりをしていたのだ。
早苗も優作に声を掛ける事もなく、シャワーを浴びた後は、直ぐに寝室に入って、そのままのようだ。
優作はずっとベッドで横になっている。
早朝勉強の為に早寝の習慣が付いた今でも、この夜はなかなか眠る事が出来ない。
優作はもう何度と繰り返した昼間の様子を、もう一度思い浮かべてみた。あの少年ーータナカ…君の言葉。
バスローブ。
素っ裸。
また見に来て。
優作には、あの少年が嘘をついてるとは思えなかった。物静かで落ち着いていて、どこか霊的な感じがしたあの少年。
母が今朝方言った『~タナカ君の御両親が何か言ってきたら…』あれは、早苗自身が身に覚えのある“何か“に対して覚悟を持っていた証拠ではないか。と言う事は、やはりタナカ…君が言った事は本当の事…。
何度目かのタメ息を吐き出し、顔を振った。
明日は敏男の事で大塚に相談する日だ。先日のメールでは、《母のその後は大丈夫です》と伝えていた。しかし…話しの流れで母親の事も相談しようか…と思い付いたところで、由美の顔が浮かび上がってきてハッとした。
ひょっとしたら、知らないところで由美から早苗に連絡が行ってるのではないか。そこには、貴女の息子と関係を持ってしまった。そんな懺悔があって、それで母はショックで息子の顔も見たくないのでは。しかし、タナカ君の事はどう絡んでくる…?
由美と優作、そして由美と早苗。それに早苗とタナカ君。頭がこんがらがってくる。
むくりとベッドから立ち上がって目を瞑った。何故か想い浮かんだのは、大塚の顔。
そこで優作は心の中で祈った。
(大塚先生、明日お願いします。助けて下さい!)
寝室の早苗ーー。
身体は確かに疲れている。
しかし、頭の中はハッキリとしていた。
家に入る前には“男”の臭いが付いていないか、自分の身体を嗅いでみた。
2階の部屋には灯りも見えず、息子ーー優作が寝てくれている事に少なからず安堵して、鍵を取り出していた。
シャワーを浴びた時間は短かった。心のどこかに、浴室の音で優作を起こす心配もあったからだ。
しかし、洗面所の鏡を覗くと暫く、その姿から目が離せなくなった。鏡越しに気にしたのは、情恥の痕の事。鬱血のような口付けの痕はないし、打たれた痕も残っていない。振り返って鏡に映して臀部も見たが、そこにも痕は残っていないようだった。
それよりも感じたのは、身体がより肉感的になった気がした事だった。
乳房は巨(おおき)く上向きになっている…気がした。下腹はそれなりに脂が付いて少し垂れ気味であったが、腰が張っているので括れの感じが良い味を出している…と思った。臀部も全体的に上付きに、以前より張り具合が良くなった感じだった。
・・・早苗は今夜、家に着いてからの事を思い返して、寝返りをうつように壁の方を向いた。
一時は肌の張りを衰えたと感じた時期もあったが、大塚の依頼を受けてから自分の身に起こった出来事ーー今も続いているーーによって若返った気がしている。
そして今では、道徳心よりも本能が幅を効かせていた。息子の親友である大久保敏男が現れた時は、さすがに驚いた。しかしあの時は既に、この身体は肉の悦(よろこ)びに支配されてしまっていた。一線を越えた時、自分は一匹の牝に変わったのだ。そんな現実を思い返すと哀しみがある。しかし…敏男は”牡”で、自分はただの\”牝”なのだ。あの時にソレを実感して、本能に全てを任せる女になってしまったのか。
明日もまた御主人様ーー上野に呼び出しを受けている。先ほど明日の目的地の住所がメールで送られて来ていた。
ふうっと息を吐くと、身体がブルルと震えた。明日の性宴の想像に心が震えたのか。
その時、早苗は気づいた。身体に昼間の情恥の痕跡があっても良かったのだ。この身体を見るのは、早苗の“牡(おとこ)”だけなのだから…。
敏男は自分の部屋から上野に電話を掛けていた。
たった今までメールで今日の礼を云っていたのだが、想定外の話が出たので電話に切り替えたのだ。
『…どうしたんだよ大久保』
向こうからは、いつもの飄々とした声が聴こえてきた。
「上野よぉ、明日の場所だけど何でヌケサク先生の家なの?それに優作もって…」
敏男の語尾に被せるように上野が『ああ悪い悪い。早苗とは今日の部屋で落ち着いてオマンコしたいのは分かるけどよ、大塚さんから話を聞いてさ、明日、優作ちゃんが家に来るらしいんだわ。何でもお前の進路の事で相談があるとかでよ』と、淡々と喋りながらも“進路“の所に笑いを含めていた上野。
「………」
『でな、短小包茎君が来るなら、アイツの前で早苗とオマンコするところを見せてやっても良いかなって閃いたんよ』
「お、おい、お前それは…」まずいだろ、と言葉は途切れたが、向こうには伝わったようで。
『…お前、俺がアイツの事、気にくわないと思ってるの知ってるよな』
シレっとした声で改めて言われて、敏男は「ああ…」と、呻くように返事をした。
『よしよし、それでな、この機会にお前の出番で早苗とオマンコやって、アイツの前で奴隷宣言を又やらかそうって考えたんよ』と告げる声には笑いが戻っている。
『お前もアイツには劣等感と言うか、面白くないもんを感じてたんだろ。ちょうど良い機会じゃん。それによ、息子の前で自分の本性を曝したら、早苗も逆に安心してお前の物になるぞ。なんせ隠れて会う必要がなくなるわけだからな』
ゴクリ…上野の言葉の意味を感じ取ってか、敏男の喉が鳴った。
「………」
『ん~どうした大久保』
敏男の沈黙の意味など深く考えず、上野が続ける『それにな、神田のオジサンにも新しい仕事の計画があって、それに“野郎“の人員が足りてないんよ』
(?…)
『アイツと由美がオマンコしてる所もビデオに撮ってたじゃん。何ならそれも脅しに使って、アイツも支配下に置いてやろうって考えたわけ』
「し、支配下…何なんだそりゃ…。それより、優作の前でオバサン…いや…早苗とエッチしたら、間違いなく俺、アイツに殺されるよ…」
『………』
敏男の怖じけの声を聴いて、上野が黙り込んだ。敏男はその沈黙に嫌な感じがした。
と、その時…。
『…じゃあ、俺が犯(や)るわ。渋谷が見てる前で、俺が早苗とオマンコするわ』
アッサリと告げられた声に、「えっ!」と、敏男の口から大きな声が上がった。
『いいだろ。そのかわり早苗はずっと俺の物な。金払うって言ってもお前には犯(や)らせないからな』
「ちょ、ちょっと待ってよ」と言って狼狽えた。そして敏男は考えた。
やがて「わ、わかったよ、やる、犯(や)ります」
『………』
敏男の決意の宣言の後は、またも沈黙が生まれた。それから暫く経って聴こえてきたのは嬉しそうな声だった。
『ふふん、まぁそう言うだろうと思ってたけどよ。まぁ早苗は良い女だから、しっかり物にしろよな』
「…あぁうん…」
『それとな、明日も一応黒マスク、アレも用意していくわ。短小包茎君がお前らの正体に気づくかどうかは、明日のお楽しみだな。もちろん素顔で犯(や)ってもいいけどよ』そう言って最後は機嫌良さそうにしていた上野。敏男は逆に緊張が増していく気分だった。
スマホを切ると、困り顔の敏男。
明日…優作の前で…アイツの母親と…。
あぁッくそっ、明日は酒でも呑んでいくか…。
一体どうなるんだよ明日は…あぁ神様…。