小説本文



 
 日曜日の午前中ーー。
 優作がポツリと座って、コーヒーを飲んでいる。ここは渋谷家のリビング。
 今日も早朝勉強を一応何とかこなし終えて、一息入れているところだ。
 朝の自宅の様子を思い浮かべてみる。母の早苗の様子は、どこかフラフラしてる感じで、おはようの挨拶にも力がなかった。
 その母は優作が昨夜、帰宅した時は既に眠っており、そのまま寝過ぎで頭がボオッとしてるのかと思った。しかし早苗の方から、今日の予定の事を言ってきた。昼前には用事で出掛けるのだと。
 そして『もしも留守中に、タナカ君のご両親が何か言ってきたら、戻りは遅くなると伝えて』と言われた。優作がタナカ君?と聞く間もなく、早苗は部屋に籠ってしまった。
 何か言ってきたら…まるで、そのタナカ君ーーおそくら勉強を教えてる小学生ーーと何かトラブルでもあったのかと一瞬心配になったが、結局それ以上に会話は進まず、優作も部屋に籠る事にした。会話が弾んでいれば、昨日敏男と会ってどうだったのかと聞かれたかもしれない。
 もし聞かれていれば、会えなくて1人でブラブラしてきたとでも言えばいいのだろうが、やはりその話題は避けたいところだった。まさか由美さんから『貴女の息子君と会ったのよ』なんて連絡が早苗の方に入っていないだろうか…そんな心配が消えないのだ…。


 コーヒーのお代わりを採ろうとしてフッと思い出した。初体験をすると、自分の中で何かが変わって自信を付けたようになるとか。
 しかし、優作にはそんな気が全く沸いてこない。その相手が禁断の存在、母親の友人だからであろうか。
 明日の大塚への相談は敏男の事なのに、ひょっとしたら自分は、由美との“過ち“まで喋ってしまうのか…優作はそんな場面を想像して重い息を吐き出した…。


 優作が自宅で耽(ふけ)ている頃、早苗はとあるショッピングモールに出掛けていた。この日の早苗は、珍しく丈の短いスカートを掃いている。このスカートも、この場所に来たのも、朝早く届いた上野からのメールでの指示だった。
 昨日から…いや、このところいつも身体は何かを欲している。常に頭の中には上野の顔が浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。その顔は飄々(ひょうひょう)としていて、時おり冷たい視線と嘲(あざけ)た笑みを浮かべるあの顔だ。そして、それに媚(こび)を売る自分を妄想してアソコを濡らしてしまう。


 早苗は指示通りモール内のランジェリーショップに向かった。
 店に入り、原色で派手目の品が置かれたコーナーへと進んだ。
 上野からのメールの一文を思い出す。
 《~俺が喜びそうなヤツを買ってきてね》


 早苗は幾つか手に取ってみた。
 上野の顔を思い浮かべれば、彼が喜びそうな物はこれかしらと考えながら選んでいく。
 腰ヒモが付いた前を隠す部分の小さい物。
 際どいハイレグと呼ばれる物。
 Tバック。
 それに、ほとんど下着としての機能を携えてるとは思えない物…そして、それとお揃いとされるブラ…そんな物までこの店は置いてある。
 やがて早苗は、ブラとショーツそれぞれ二点をセットで決め、レジに向かった。


 レジにいたのは若い女性店員。その彼女が品を確認すると意味深な目を向けてきた…ように早苗は感じた。
 貴女のような女(ヒト)が“こんな“のを着けるの?
 貴女、若い彼氏…いるでしょ?
 ひょっとして、彼氏の言いなり?
 貴女、調教されてる?
 もしかして変態?
 そう、絶対そうでしょ!


 あぁんッ、と鳴きが入った時、声がした。
 「どうもありがとうございました」
 目を向ければ、優しそうな店員の顔があった…。


 店を出た早苗はモール内を宛もなく歩いた。
 人だかりを横切った時、周りの視線が露出された腿に感じた。その瞬間、足が竦んで股間にキュンと痺れが走った。
 朦朧とした足取りで、何とか端に寄る。人波はそんな早苗に、好奇の目を向けながら通り過ぎていく。
 早苗は壁に背中を預け、腿と腿を擦り合わせた。股間の奥の痺れがサワサワと広がっていく。身体はこのまま、この場所で絶頂を迎えたいと感じていた。しかし微かに残る自制の念が、足を進めさせた。


 やがてたどり着いたのは、フードコートの一角。
 怠そうに椅子に腰を降ろすと、こめかみを押さえて俯いた。
 目がぼやけてきて、頭が重くなっていく。意識が遠のき、瞼が落ちてくる。


 どこからか声が聞こえてきた…。
 『脱げ…脱げよ早く…』
 その声は天から降ってくる。
 『早く卑猥な下着を着けてみたいだろ』


 コクリと頷き、フラリと立ち上がった。
 椅子を引き、ゆっくりスカートを捲り上げ、ショーツに手をやった。そして、下ろし始めた…。


 痴毛が揺れている。
 股間の辺りが心地好い。
 下半身がモヤモヤと熱くなってくる。
 淫部が痺れ、あぁッと声が漏れた。


 『揉めよ』
 また声が聞こえてきた。
 片手で捲ったスカートを押さえ、空いた片手を胸の膨らみに置く。
 『ほら、しっかり揉めよ』
 『はい』従順な声で応えて、手に力が加わっていった。
 『あぁ…いいッ!』


 いつの間にか胸のボタンが外れ、膨らみが露になっている。
 右手は夢中になって、淫芯を擦りつけている。
 『んハアッ』
 鼻の穴が広がって、荒い息が吐き出されていく。
 身体が動かない。
 『あぁッいやんッ』
 両方の手で破り捨てるように上下の服を剥ぎだした。
 床に落ちていく衣服。そしてランジェリー。
 そんな事も気にならず、清涼を浴びた身体はブルルと震えた。絶頂が近づいてくる…。
 『あぁッ、いッいきそう』
 両方の指には更なる激しさが加わっていく。
 『アッ、アッ、いッいきます!』
 叫びと同時にガクンと頭が落ちた…。


 ・・・どこかで子供が泣いている。
 ・・・スマホが震えている。
 その振動を感じながら、早苗の目が静かに開かれていった。
 焦点がゆっくりと定まってきて、周りの気配が窺える。
 視線がテーブルに向くと、スマホのランプが目についた。
 頭を振って「ふぅ」と息を吐いた。


 スマホを手に持って時間を確認すれば、意識を失っていたのは5分位かと。そんな事を思いながら、もう一度頭を振ってみた。
 スマホを開いてメールを見る。上野からのものだ。
《約束の物、買ったよね。これから移動してもらうけど大丈夫かな》


 そのメールを読み終えると直ぐに返信をした。
 《はい。何処に行けばいいですか》


 次に来たメールには記憶にない住所と時間が書かれていた。
 早苗はその住所をアプリで確認して、行き方を調べてみた。このショッピングモールを出発する時間を頭に入れ、あと10分ほど時間を潰す事にした。


 今ほどの“彼“からのメールを見た時から、心臓の音が少しずつ大きくなっていく気がする。その鼓動は下半身に伝わり、再びアソコが疼き始めてくる。
 これから行く所が何処なのか分からない。けれどそこに“彼“がいるのは間違いない。
 身体が期待に震えてきた。この何日間で植え付けられた、隷蔟の意識が反応を示しているのだ。


 今日はどんな責めをされるのか?
 今日はどんな命令を下されるのか?
 それらに抗(あがな)いながらも堕ちていく自分の姿が浮かぶ。おそらく…いや、間違いなく末路は悦楽に媚をうるのだ。呆れられながらも、その冷たい視線にさえも快感を覚え、はしたない痴態をさらすのだと。


 やがて、ショッピングモールを出た早苗は20分ほど歩いた。
 視界の中にビル等の建物が目に付き始めた頃、気がついた。今歩いているのが、あの◯◯駅の方向だと。
 目的地に着いた時、緊張を覚えながら改めて目の前のビルを見上げてみた。そう、”あの”雑居ビルだ。
 随分と昔に訪れたような気がするが、それが何時だったか具体的には思い出せない。しかし、このビルのあの部屋で、由美の痴態…売春の様子を覗いてしまった事はハッキリと心の中に刻み込まれている。
 早苗はゴクリと唾を飲み込み、スマホを手に取った。


 《今、ビルの下に着きました》
 送ったメールを確認して、佇まいを正す。この時間のこの街の雰囲気は、比較的落ち着いている感じがする。しかし…。
 道行く人の視線を感じて思わず俯いた。目に映るのはスカートの裾。そこからムッチリした腿が剥き出しになっている。


 頭の中で上野の口元が歪む。
 『ショッピングモールに人がいっぱいいたでしょ。どうだった、太ももを露出して?』
 『店からちゃんと歩いてこれた?途中で服を脱ぎたくなったんじゃないの?』
 そんな声が聞こえた気がして、早苗の身体は武者震いをおこした。またも股間に電気が流れ、よろめきそうになった。


 その時ーー。
 「早苗君」
 はっと我に帰り、振り向いた。
 あぁ…溜め息混じりに出た言葉は「神田先生…」…驚きに泣きそうな声だ。


 「久しぶりじゃな」
 「……….」
 目の前に現れたのは神田幸春。早苗や大塚の元恩師で、今はあの怪しげなサークル【華の会】の主催者。そして、その裏で売春組織を運営している人物。
 その神田が早苗の様子など気にする事なく、いきなり話し始めた。
 「…欲求不満の奥様連中に刺激を与える…上野君は、その手伝いを良くしてくれている。もちろん貴女の事も色々と聞いておる」
 「……….」
 「今日はお楽しみらしいね…。さぁ上に行こうか、君の“御主人様“がお待ちだ」
 「…はい…」小さく声を溢して、早苗の顔が泣きそうになる。それは自分と上野の関係が今、どうなっているのか…それを目の前の神田に披露する場面を想像してしまったからである。
 初めての過ちの時は“薬“があった。身体と意識が薬物に汚染されたという言い訳が出来たが、今は薬抜きの状態で隷蔟の宣誓をしている。そして今日も、若き主の前で恥を曝す自分を自覚している。
 「さぁ」
 神田が早苗の肩をポンと叩く。そしてエレベーターホールへと向かう。その後ろを早苗は、重い足取りでついて行った…。




 “その“部屋の中で、敏男は緊張を覚えながら、ベッドに腰かけていた。あれはどの位前だったか、上野と偶然に再会して連れて来られたのがプレイルームと呼ばれるこの部屋だ。とは言っても、上野はこのビルの中に同じような部屋がいくつもあると言っていたから、この部屋があの時ーー初体験をした時の部屋なのかは分からない。今日、敏男は昨日の夜遅くのメールで、ここに呼び出されていたのだ。


 ドテっと仰向けに倒れ、天井を見上た。そして、先程までいた上野とのやり取りを思い出す。アイツが既に優作のお母さん、早苗とエッチしたと告げた時はショックだった。しかし直ぐに『それも全部お前の為なんだよ』と言われた。『俺の言う事なら何でも聞くようになったからさ、俺がお前とオマンコしろって言ったら、ちゃんとするからさ』とか。


 敏男は素直に納得出来なかったが、『大丈夫だって、お前とのセックスが良かったら、今度はお前の言う事なら何でもする女になるんだからよ。後はお前次第って事よ』…そんな言葉に結局はぎこちなくだが頷いていた。
 無理に自分に言い聞かせようとは思わなかった敏男だが、まずは本当にこれから憧れのあのオバサンとエッチが出来るのか…それが何よりの心配であった。


 それともう一つ、上野と一緒にいたオジサン。上野が神田先生と呼んでいた学者風のオジサンだ。あの人が上野が考えてる作戦や大塚の事なんかも知ってる口振りだったのは、ちょっとした驚きだった。そういえば話の途中で、この人が“サイインザイ“とか言う薬を作ったと上野から聞かされた事を思い出していた。そんな便利な薬のおかげでオバサンとエッチが出来るのかと思うと、お礼を言わないといけないのかなと、思ったりもした。ーーそんな事を横になりながら考えていると、カチャッとドアの音がした。


 「おい大久保、連絡があった。もう直ぐ上がって来るぞ」
 上野がニヤニヤしながら入ってきた。敏男はついに来たかと、ブルルと緊張に身体を震わせた。


 「ああ、でもお前はまだ、こっちの部屋で待ってて」
 「は?」
 「下の部屋で俺が先に一発 嵌めてくるからよ」
 「ええっ!」敏男の顔が一瞬に引き付った。
 な、なんで…と呟いたところに、上野が顔を近づけてきた。
 「ふふ、心配すんなって。俺達はもう穴兄弟なんだぜ」
 上野の射るような視線に言葉を失う敏男。”穴兄弟”…その言葉の意味を暫く考えたが、直ぐに由美の身体が浮かび、それは早苗へと変わっていった。
 やがて、仕方ないか…微かに漏れた言葉は上野には聞こえなかったようだ。だが、敏男の表情に納得したのか、上野がニヤリと笑った。
 「そう言う事で後少し、待っててな」
 そう告げて上野は、直ぐに出て行ってしまった。




 早苗は部屋の中で立ち竦んでいた。
 由美の痴態を覗いた時と室内の配置に変化はないようで。しかし早苗は、あの時とはまた違った緊張を感じている。隣にいる神田には以前、薬を飲まされ、生まれて初めて人前でセックスをしてしまっている。まさかそれが“免疫“と言うわけではないが、その後も己の痴態を何度か他人に曝してきた。そして今日もまた、この元恩師の前で自分の変わり様を見せる事になるのかと。
 「ふふふ、早苗さん、素面のまま私の前で上野君に抱かれるのはまだ抵抗があるかな」
 まさに早苗の心情を読み取ったかのように、神田が意味深に顔を向けてきた。


 「相手が相愛の対象になったのなら、その想いも分からんでもないが、上野君の方からしたら大した事ではないだろうなぁ」
 「………」
 「彼からしたら貴女は穴奴隷の一人。なぁそうじゃろ」
 「あぁ…」
 またも早苗は、奥底の真理を言い当てられ、一瞬の哀しみに襲われた。しかしそれは、覚悟と諦めを改めて意識させられたに過ぎなかった。
 その時、ドアの開く音がした…。