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第31話
月曜日…祭日。
早苗はごく普通に目覚める事が出来た。
通常のルーティーンで日常を始めてみたが、身体の中に妖しい高鳴りを感じる事はない…今のところは。
2階でカタカタと気配を感じて時計を見た。今朝も予定通り早朝勉強が始まっている。
それから暫くしてリビングに降りてきた息子…優作の顔を見た時の早苗の“おはよう\”の挨拶、そこには、いつもにはない決意と覚悟が含まれていた。
優作は今朝の母親の表情(かお)に気後れを感じそうになった。目力とでも言うのか、重い何かを振り払った堅い意思を見せられた気がしたのだ。
「優作、今日は母さん、昼前には出掛けるから」
毅然としたその口調からも、優作は母親の有無を言わさぬ強いものを感じ取っていた。
朝の食事は二人とも黙々と食べた。その後は優作は自分の部屋に、早苗は一通りの家事をこなして1階の和室部屋へと向かった。
部屋に入って、優作は昨日の少年の事を伝え忘れた事に気づいたが、身体は動かなかった。その後は、早朝勉強の続きをしようとパソコンを立ち上げた。しかし直ぐに、乗りが悪いと感じて止める事にした。じゃあ、このところよく見るエロサイトを…と思ったりもしたが、そっちの“乗り“も今ひとつで、電源を落とす事にした。
一旦スマホを見てみたが、敏男からのメールはなく、思い付いたのは大塚へ確認の連絡をする事だった。
《ヌケサク先生 今日は予定通りでお願いします》
ヌケサクと打ってしまい“大塚“と打ち直さなければと気づいた時にはもう、送信してしまっていた。
昨日の夜には心配が悩みに変わり、いてもたってもいられなかった筈なのに、もう成るようにしか成らないのかと、そんな気持ちも生まれていた。いつの間にか、優作にも疲れが溜まっていたのだ。
和室部屋の早苗は、洋服箪笥を開けたところだ。
自ら買い求めた怪しげな下着。昨日、その内の一点は披露している。もう一点を取り出して、拡げてみた。
手にしたのは紫色の物。形は昨日着た物よりかは、かなり“まとも“な物だ。早苗はソレを着て出掛けようか、向こうに行ってから着替えた方が良いのか、そう考えたところで、一度この部屋で着てみる事にした。部屋には姿見がある。一つ頷いて服を脱ぎ始めた。
ソレを身に着けた早苗。姿見の中には、紫が映える中年の女がいる。
胸と股間を隠すソレはかなり小さい物で、適度に食い込み、身体をより肉感的に魅せていた。早苗の心の内は、取り敢えずの納得と少しの心配があった。心配とは、もちろん上野が喜んでくれるかどうかだ。そんな心配を否定してみたく、鏡の前で角度を変えて、自身の姿を確認する。そして最後に正面からの姿を映して、納得したように頷いた。
と、その時インタフォンの音がした。
早苗は慌てて服を着て、玄関に向かった。リビングのモニターを見ずに向かって、返事とともにドアを開けてみた。そこにいたのは勉強会の一人、タナカ君ではないか。
優作は部屋のベッドで横になったまま、インタフォンの音を耳にした。下に母がいる時はそのままやり過ごすのだが、その時は何か予感がして、カーテンを少し開けて、外を見下ろしてみた。
見えたのは間違いなく昨日の少年。すると直ぐに、カチャカチャと玄関の鍵の音がした。
優作はどうしようかと考えながら、息を殺して耳を澄ましてみた。そして、静かに部屋のドアを開けた。そっと顔を出して、階下の様子を伺う。しかし声は、微かに聞こえるだけだ。敢えて堂々と下に降りて行こうかと思ったりもしたが、結局は足音を殺して下まで行ってみる事にした。
向こうから見つからないように気をつけて、息を止めて廊下から玄関の様子を伺ってみた。
そう言えばあの夜に似ていると、優作は母とヌケサクの“密会“の場面を思い返した。
早苗は玄関口まで少年を招き入れている。それでも会話は、ほとんど聞こえない。
優作は耳を澄まして集中した。
すると、微かだが何かしらの声を拾う事が出来た。二人の声が、少し大きくなったのかも知れない。
『…また見に・・・のね』
『…はい…』
『・・・・・・』
『…・・・いいんですか…』
『…・・・・ダメよ…』
『…少し・・・でも…』
『・・・・・』
『…ひょっとし…・・・・なって…』
『しかた…・・・・よ…』
優作はやきもきしてきて、思いきって顔を出そうかと思った。と、声が途切れて沈黙が始まった。
その間合いにピリピリして、一歩踏み出そうとした瞬間『あぁ…今日はここまでにして…この続きは…』早苗の声が聞こえてきた。しかし語尾は分からず、優作は息を止めた。すると、ガチャっと玄関ドアの開く音がした。それと同時に『紫色、凄く良かったです。でも今度は・・・』はだかで…。
去り際の少年の言葉は聞き取りづらかったが、最後““裸で”と云ったのではないか…。
もしもそうなら…。
部屋に戻った優作。頭の中は再び、母親の事で占められていく。もうすぐ、大塚の所に敏男の事で相談に行くというのに、心配の比重は母親へと傾いていた。大塚との約束を延期して、母親の尾行をしてみようかと思ったりもしたが、由美さんとでも会って、俺の話でも始められたらと考えると、やる気が萎んでしまった。
そうこうしてる間に、階下から何かしらの気配がしてきた。
(出掛けるのか…)
優作は下に降りて、行き先を訊いてみようかと思った。が、間に合わなかった。
玄関ドアの閉まる音がすると直ぐに、カーテンの隙間から外を見た。目に映ったその後ろ姿に、優作は驚いた。
(あんな短いスカート!)
視線の先には豊満な下半身。まさにムッチリという表現が相応しい、臀部と太股の様子がここからでも分かるのだ。優作は、唖然としたまま遠ざかる後ろ姿を見送っていた。
早苗は下半身に視線を感じながら歩いていた。
行き先は地図アプリで確認しているから問題ないが、出掛けの準備には少し慌ててしまった。予期せぬ事…勉強会の教え子、タナカ君がいきなり来たからだ。先日の“出来事“を思い出すと、身体が心底震えてくる。まさか自分が、あの様な事をしてしまうとは。いくら性の深淵に足を踏み入れてしまったとはいえ、未成年を相手に、しかも日常の中で変態チックな姿を曝してしまった事実。しかし、その時感じた高揚感は忘れられない。その証拠に先ほどの玄関での行為で、アソコを濡らしている。新品のショーツは、早くも湿っているのだ。
優作は重い気分のまま、出掛ける準備をした。
待ち合わせのファミレスに行くには、まだ余裕があったが、早めに行く事にした。家にいると、どうも気が滅入ってしまう。
その頃、敏男は早くに大塚の家に着いていた。出迎えてくれたのは真知子、そして上野。大塚の方は、優作との待ち合わせの場所に出向いているらしい。
早苗と交わった興奮は、一晩経っても消える事はない。それどころか、思い出す度に股間の物が巨大化した。
大塚の家でも、真知子に話して聞かせる度に股間が膨らんでいく。
「うふふ、昨日は満足したみたいね敏男君。今日はアタシは裏方だけど、楽しみにしてるわね」
真知子の卑猥な視線が、敏男の身体の中に心地好く染み渡っていく。
ソファーに座る敏男は、出されたジュースを一飲みして、優作の事を考えた。
これまで世話になった事は多々あったが、常にどこかで屈折した想いを持っていた…と今なら分かる気がする。そんな想いと、早苗に向ける憧れの気持ちが今、衝動を起こしているのだ。今日の段取りは昨日、上野から何となく聞かさていた。今日は自分の事をクソ野郎と割り切って、アイツの前で母親を汚しまくるのだ。
そんな敏男の横では、先程から上野がニタニタ笑っている。
指定されたファミレスで優作はドリンクバーを頼み、大塚を待っていた。
それから暫くすると、大塚がやって来た。
「やあ、優作君」
そのおっとりした挨拶に、優作は肩の力が抜ける気がした。
「ええっと君はドリンクバーか。ドリンクバーって何杯飲んでもいいんだよね」
そのヌケサクらしい冗談に優作の表情が和んでいく。
優作は大塚がアイスコーヒーを取って来たところで、改まって礼を云った。
「先生、今日は忙しいのにありがとうございます」
「いやいや、ぜんぜん忙しくないからね」
大塚の言葉に謙遜したように、優作がもう一度頭を下げた。
「それで、大久保敏男の事で相談があるんだよね。悪い知り合いが出来たとか」
「はい、そうなんです」
それから、優作はメールで話しておいた上野の事を、自分にも言い聞かせるように話し始めた。最初は“上野“と言う名前は伏せていたが、いつの間にか口に出していて、気づけば“アイツ“と悪意を込めて云っていた。
「…そういう感じで、とにかくアイツは不健康でどうしようもない奴なんです」
「…ふ~ん、なるほどねぇ。けど、敏男君自身はどうなの?案外、上野君と知り合って、今は幸せな気分かもよ」
優作は、大塚が上野の事を“君付け“で呼んだ事に良い気がしなかった。大塚はそんな優作の表情など気にせず、話を続ける。
「僕は敏男君の本質なんかは良く知ってるつもりだけど、その上野君…傍若で下品でおまけにスケベな彼なんかとは気が合うと思うんだよ」
(えっ?!)
大塚の口から歯切れよく繰り出された言葉に、優作の目が驚きに広がった。
暫し唖然とした優作は、何かを思い出したように言う「せ、せんせい…そう言えば、前に学校を訪ねた帰り、先生の車に敏男が乗ってたような気がしたんですけど…その時に…」
「ああ、そうだねぇ。うんうん、あの頃から敏男君の事は気に掛けてたんだよ」
「………」
黙り込んだ優作に、大塚が優しく微笑む。
「優作君、人にはそれぞれ趣味嗜好があってね、それに共感できる同志のような者と出会えれば、人生は愉(たの)しくなるんだよ」
「………」
「辛いのはね、自分を殺して無理に周囲と付き合う事なんだよ」
黙って聴いていた優作だったが、何か嫌な感じがしてきて恐々訊いた。
「あの…先生は敏男が上野と気が合うならそっとしておけ、と言う事ですか。上野がいい加減な奴で、敏男が予備校を辞める事になってもしょうがない、って考えるんですか」
「ん~極端に言うと、そういう事になるかも知れないなぁ…」
「………」
「…けどね優作君、自分を殺して我慢を強いられて生きるよりは、本能のままに生きれる場所を見つける事が出来れば、それはそれで素晴らしい人生になるからね」
一旦優作の表情を確かめるように覗き、大塚が小さく頷く。
「それにね、僕にも本当の自分を出せなくて苦しい時期があったんだけど、ある時昔の恩師と再会してね。その恩師に誘われて、今は凄く満足のいく日々を送っているよ」
「………」
「それと、君のお母さん」
「えっ、何でまた母の話が」
「ふふっ、いいからいいから。早苗さんは君も知っての通り、僕と一時期同じ小学校で同僚として一緒に教師をやってただろ」
強張った顔のまま優作が頷く。
「教師なんてのは、本当に物凄いストレスの溜まる仕事で、みんな何かしらの欲求不満を抱え込んでいる。そう言う人達には思いきった処方箋が必要なんだ。それで、その処方箋を共有できる仲間が生まれれば、素敵な世界が広がるんだ」
「…はあ…そうですか…」
「彼女はずっと堅い仕事を続けてきた中で、自分の本質をどこかに置き去りにしてたみたいなんだよ。それが最近、ある切っ掛けで自分の本質…資質と言ってもいいのかな、それを思い出す事が出来てね」
「………」
「ふふ、それで話を戻すけど、実は敏男君についてはその後も色々と情報が入っててね」
「えっ、そうなんですか!」
「ああ、それに早苗さん…彼女の本質を知る機会にも、たまたま恵まれてね」
「せ、せんせいは…なんでそんな事が…」分かるのですか…。優作の言葉は途切れたが、大塚は納得したように頷いて「だからさっき言った僕の恩師、その人は早苗さんの恩師でもあって、その人と再会したんだよ」
「ああっ」
「うん、それで彼女は今、ようやく自分の資質に気づいて足を踏み出したところなんだ。それにね…」
「………」大塚が沈黙の間を作り、ニヤリと笑う。
「敏男君と早苗さんが良いタイミングで交わる事が出来てね」
「…ま、まじわる!?…って何ですかそれは…」震えを帯びた声で優作が訊く。
「ふふ、最近の言葉で言うとコラボ、なんてね」
大塚の怪しい笑み。そこにはドリンクバーでくだらない冗談を云ってた大塚はいない。優作は顔を引きつらせるだけだった…。
「それじゃあ、良い頃合いだから、これから行ってみようか」
「…い、行くって何処にですか…どういう事ですか…」
「ん、だからコラボ。ふふ、まぁ詳しくは行ってからのお楽しみさ」
いつの間にか、大塚が醸し出す世界に連れ込まれていた優作。身体の中では不安が拡がっていた。それでも、母親の事を言われた時から怖いもの見たさの感情も生まれていた。今朝のミニスカート。それに、このところ母親に感じていた怪しげな気配。その正体は、大塚が口にした“本質や資質“、それに関係するのか。気がつけば優作は怖々腰を浮かせていた。遅れないようにと、大塚の背中を追いかけた。