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 ベッドに腰かけた態勢から、敏男は大きく伸びをした。そして「ああー」っと声を上げた。
 立ち上がり、檻の中の熊のように、右に左に動き回る。その度に口からは、「ああっもうっ」と、唸り声が発せられる。
 先ほど姿を見せた上野は直ぐに出ていき、今ごろはこのビルの何処かの部屋で早苗と一緒にいる筈なのだ。その二人を想像すると、胸が掻きむしられる想いがする。その苦しみから逃れようと、奇声が発せられるのだ。


 別の部屋ーー。
 ドアの開く音がして、早苗は振り向いた。
 入ってきた上野の視線に、ドキリと鼓動が跳ね上がる。上野の方はいつものように飄々(ひょうひょう)した感じだ。


 「お待たせしました~」
 その言葉尻は一応、目上の神田に対するものだったのか、それでも敬意が隠(こも)っているとは思えない調子で軽く頭を下げる。
 神田の方も慣れたもので、コクりと頷いただけで、早苗の表情を観察するように直ぐに視線を戻した。


 「じゃあ先生」
 上野が神田に了解でも取るかのように会釈したが、その様子は緊張の欠片もない。そしてそのまま早苗に近づいて「ふ~ん、なかなかミニもいいじゃん」そう言って視線を剥き身の腿に寄せた。
 「………」
 黙り込む早苗の横顔を暫く見下ろし、上野がスッと腕を取ってきた。
 「…待ち人もいるし、さっさと始めようかな」
 待ち人?…一瞬何の事だか分からなかった早苗だが、上野はチラリと神田に目配せした。


 「うんうん、後の事は任せなさい」
 神田の言葉に、早苗の腕を握る上野の手に力が入る。そして奥の部屋へと向かった。


 電気が点く。
 マジックミラー…これで、この部屋が向こうから覗かれるようになったわけだ。
 大きな鏡には、緊張した女の姿が映って見える。早苗は向こう側に神田がいる事を意識したのか俯いてしまう。その神田は部屋の二人を確認すると、手慣れた動作でビデオの設置をし始めた。


 「…オバサン」
 肩に軽いタッチで手が触れたかと思うと、唇が襲ってきた。
 あぁっ…声が漏れる間もなく、早苗の唇は上野のものに塞がれていた。突然の感触は、トロリとした柔らかいものだった。
 これまでの上野との交わり、その激しさの中で幾度も唇を奪われてきた。そして、それに応えるように吸い返した事も何度とあった。しかし今、早苗が感じているのは、これまでにはない甘いものだ。


 ベッドに上野が腰を落とす。だらっと手を後ろに付けて、足を投げ出す。そのリラックスした格好のまま早苗を見上げた。
 早苗は今ほどのキスの余韻を引きずっているのか、緊張の面持ちが続いている。


 「オバサン、緊張してんの?」
 小バカにした感じの声はリラックスされていて、しかも歳上の女性をいたぶるような響きも含まれている。
 「さって、今日は色々やる事があるから、早速始めましょっか」
 そう言って上野が立ち上がる。そして、早苗のスカートに手を入れたかと思うと、ショーツの上から土手に触れてきた。


 「アッんッ」
 鳴きの声で早苗の眉が歪んだ。
 上野の指は、土手から沈むように隠筋へと向かう。
 切ない表情で早苗が上野に嘆きの視線を返す。上野はその瞳の中に何を見たのか、クククっと含み笑いをすると指を抜き、その手で剥き身の腿を軽く叩いた。


 「じゃあオバサン、脱いで貰おうかな」
 いつものぶっきらぼうな口調にも、早苗は不安げに頷く。そして、チラリと上野を覗き見てから、胸のボタンに手をやった。


 「ああ、俺の方 向かないで。最初は鏡の方 向いて」
 それは、鏡の向こう側にいる神田に対するサービスのつもりなのかは分からないが、早苗は従順に背中を上野に向けると上着を脱ぎ始めた。


 上着からブラジャーへと渡り、乳房が露になる。スカートに手をやったところで一瞬その手は躊躇した。が、直ぐに動き出す。
 パタリとスカートが落ちると、声が飛んだ。
 「今度はこっち」
 またもぶっきらぼうな声で呼ばれ、振り返った。声の主が見つめている。身体の痺れが広がっていった。


 「どうしたの?最後の一枚脱がないの?」
 ニヤツく上野。しかしその目は、笑っていない。
 泣きそうな顔を一瞬見せた早苗だが、直ぐにショーツの端に手をやった。
 ショーツを静かに床に落とすと目を瞑り…しかし微かに上野を覗いて唇をキュッと結んだ。
 一糸も身に纏わない全裸姿を曝すのももう何度目かの事だが、改めてのこの無防備の状態。しかも、静寂を感じながらの披露は、羞恥の心を一層高めるものだった。


 「後ろ」
 今度は冷たい声が飛んできた。
 「あぁ…恥ずかしい…」
 そんな声をあげながらも、素直に背中を向けた。
 披露したのは、上野に肉厚のある臀部。向こう側の神田には胸の膨らみと恥毛。
 「うんうん、相変わらず良いね」
 その誉め言葉にも、早苗には自身のこの身体…脂のついた中年の身体を卑下された気がしないでもない。しかし“彼“がこの身体を乱暴に扱いながらも、愛してくれた記憶が確かに存在しているのだ。


 「さてと」
 上野が改まる。
 「………」
 不敵な笑みを浮かべながら上野が立ち上がった。早苗に近づき、グニュっと胸の膨らみを鷲掴む。
 「ハァん…」
 艶色の声が部屋に響いた。しかし上野は、そんな声には興味も示さず、片方の手を早苗の臀部に回したかと思うと、ピシッと一打ちした。早苗はその痛みにも、蕩(とろ)けた顔を鏡に曝した。


 「もう少し足 広げて」
 「………」
 「そう、その位でいいよ」
 「………」
 「そのまま前屈みになって、両手を鏡に付けて…」
 「………」
 「そう、そのまま中腰」
 「………」
 「尻(ケツ)は少し突き出す感じで」
 「………」
 「ああ良いね。…うんうん、丸見えで卑猥な感じ」
 「あぁ…」


 鏡の向こうでは、神田が三脚で立てたビデオの横で、先ほどから嬉しそうな目をして佇んでいた。その目は、服従を誓った女の成長に喜びを浮かべる目だ。


 「どれどれ」
 耳元に声が近づいてきた。若き主がアタシの“持ち物“を確かめようとしている。主の物を迎え入れる準備が整っているかを確かめようとしているのだ。一瞬の間に早苗はそんな事を理解して、そして“あの部分“を意識した。


 あぁ…濡れているわ…。
 間違いなく…。
 そう思えると、内腿から股間の辺りが高ぶりに震えてきた。


 あぁ…お願いします…。
 心で哀願の意を決して、早苗は気を張った。しかし…肩越しに聞こえたのは「時間ないからさ、すぐ挿(い)れちゃうか」と、淡白な声だ。
 そしていきなり、巨(ふと)い物がヌボッと侵入してきた。いつの間にか上野が、自慢の肉棒を取り出していたのだ。


 「ああーーッ」
 早苗は一瞬の”ソレ”で絶頂に導かれた。そして、続けざまにパンパンと尻に圧が加わるともう、意識は遠のき、頭の中は真っ白な霧に包まれた。
 朱い唇からは無意識に逝き声が零れ続き、その逝き顔は鏡の向こうからビデオに切り取られている。
 上野はもの凄いスピードで腰をぶつけてきた。
 早苗の頭の中で光が爆発する。身体は痙攣を起こし、膝が崩れそうになっている。しかし、いきなり…。
 「はい、休憩」
 何を思ったのか、上野が動きを止めたのだ。
 早苗の方は膣穴を埋められた状態で、なんで?と言った様子。
 その早苗の背中に上野が訊いた。
 「オバサン、続けてほしいよね」
 「………」
 「うんうん、それじゃあね…」
 「………」
 早苗の尻が物欲しそうに揺れてくる。
 「オバサン…俺の言う事なら何でも聞くんだったよね」
 その改まった口調に、早苗の顔が上野を振り反(かえ)った。見つめた目はトロンとしたままだが、瞳の奥には不安な影も浮かんでいる。しかし、刷り込まれた負の意識は服従に向かう覚悟をしていた。


 「ふふん」
 早苗の表情を肯定と判断して、上野が得意げに鼻を鳴らす。
 「…じゃあ続きを」
 「………」
 「行くよっ」
 その号令ともとれる声に、早苗は手足に力を入れ、腰に気をやった。


 「おっ締まったぞ。じゃあ、このまま宣言してみよっか」
 「………」
 「それ!」と声を掛けながら、再び腰を振り始めた。
 「ハぁーーんッ」
 「よしっいいぞ!そのまま勢いで言っちゃぇ、奴隷宣言だ!」
 ズボズボと出し入れが一気に増す。
 「ほら、早く」
 「ああーーッ、アッ、アッ、アタシは上野さんの玩具(オモチャ)です。何でもします!何でも言う事ききますッ」
 まさに隷族の宣誓に、頬を緩めて上野が満足げに頷いた。しかしなぜか、早々とソレを引き抜いた。
 「………」
 上野が早々と一物をパンツにしまい、ファスナーを上げて、今度はズボンのポケットから何かを取り出した。
 ソレは黒い布切れ?
 朦朧とした早苗には、ソレが何か分からない。


 「これ、被ってみて。これはね、ゼントウマスク。ゼンは全部の全。トウは頭。全頭マスクって言うらしいんよ」
 たった今まで激しく腰を振っていた上野。その激しさからは、ほど遠い落ち着き払った声。
 「SMチックでしょ。ほら、口元が開いてるよね」
 早苗の朦朧とした様子などお構いなしに、ソレを広げて見せる上野。
 「でね、目と鼻の所は薄くなってるから被っても見れるんよ、ちょっと見にくいと思うけど」
 そして、ソレを早苗に渡そうとする。早苗は朦朧としたままソレを手に取った。
 「じゃあちょっと行ってくるから。オバサン、買った下着も着といてね」上野はそう告げ、部屋の出口へ向かってしまった。


 その場で一人になった早苗。燃え上がった身体はいきなり高見から落とされ、火種が燻ったままだ。満足のいかない身体はスッキリしない。
 ふと、鏡を見る。今の痴態も覗かれていたのだ、と想いながら、その蕩(とろ)けた貌をコレで隠すのね…早苗はボオっとした頭でそんな事を考えながら、手にあるマスクを広げて見た。
 黒いマスクを見つめてみれば、胸がキュンとなった。火種が息を吹き返す。気がつけば早苗は、マスクを頭に被せている。


 マスクを着け終えた早苗は、鏡の前に立ち、その全景を眺めてみた。
 確かに告げられたように目元は暗い。しかし、慣れてくると鏡の中に黒マスクの怪しい姿を認めていた。
 如何にも肪の乗った腰回り。熟れた乳房。下腹の括れも卑猥な感じがする。
 早苗は想う…この後の若き主の命令は何なのか?
 恐らく…指示されるのは、想像もつかないような卑猥な行為か?
 そんな妄想を受け止めようと考えると、身体がザワザワと揺れてきた。
 胸の膨らみと腰が、ゆらゆらして扇情的なシルエットとなって鏡に映る。
 手指がしなやかに己の身体を摩っていく。
 妄想が拡がっていく。
 どこからか手が伸びてきて、この身体をまさぐってくる。


 幾つもの唇が身体の局部に舌を伸ばす。
 生殖の器官が身体の全ての穴に侵入を試みてくる。
 あぁ…早苗は早く快楽に溺れたいと思った…。
 しかし…。早苗は一旦動きを止めると、思い出したように手提げの中から買ってきた下着を取り出した。
 そしてソレを着け始めた。
 鏡の向こうでは、先程から神田が静かに覗いていた。
 やがて、出来上がったのは全裸以上に卑猥な姿。
 あぁ…それはマゾ奴隷…。