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第22話
土曜の朝――。
優作は休日の今朝も何とか早朝勉強をおこなった。けど、集中は続かず出来は中途半端なものだった。そのせいか、身体も気持ちも怠さを感じていた。
今日は・・敏男の巨体を頭に浮かべ、そして◯◯駅を思い描いた。殆ど記憶にないその駅は、それなりに賑やかな所だと聞いていたが、敏男はそこで用事があると言っていた。その用事…と、考えようとし、集中が又なくなった。
暫くすると1階の方で母親の気配を感じて、この日は早めに下に降りる事にした。
2階の足音に気付いて、早苗の身体はビクついた。そして、優作に見られる前に寝室へと滑りこんだ。
今朝、目覚めた時は何も身に着けていなかった。夕べ布団に入った時は薄い上下のスウェットだったが、夢に唸らされながら着ている物全てを剥ぎ取っていたのだ。そして、意識を失うまで自分を慰めていた。
目覚の時間はいつもより早く、その意識がちょっとした油断で、裸のままの格好でリビングにやって来た。恥毛を晒し、臀部を揺らしながら室内を歩いた。それを心地好いと感じたその時、2階の気配を感じたのだ。
寝室に戻ると、落ち着きを待って服を着た。リビングに向かうと、優作がソファーに座っている。
二人は顔を合わせたが、互いの「おはよう」の挨拶には、気だるさが漂っていた。
「母さんさ…」
突然、眠気混じりの声で優作が聞いた。
「あの…聞くの忘れてたんだけどさ、この間の高田さん…楽しめたの…」
その声を背中で聞いた瞬間、息が止まった。
「え、ええ、そこそこに…。そう言えば、由美さん…大きくなった優作にも会ってみたいって言ってたわ…」
「ああ、そうなんだ。で、高田さんはどんな感じだったの。その、やっぱり変わってたよね…」
「ええ…そうね…時間も経ってるし」
二人の間に緊張が生まれ…いや、緊張しているのは早苗だけかもしれなかった。背中に視線を感じて、早苗はジリリと振り返って訊いた。
「ところで、今日は出掛けるの」
ああっと思い出したように声を出して、優作は母を見つめた。
「そうだった。敏男と…敏男が相談があるって言うから、昼前に出掛けるつもり」
「敏男君…」小さくその名前を口に出して早苗は続けた。
「そうなんだ。で、どこで会うの」
「ああ、うん、◯◯駅」
その名前に早苗の身体がピリリと震えた。
優作は早めに家を出た。待ち合わせに早いのは分かっていたが、今日は何故か我が家に息苦しさを感じていたのだ…。
初めての駅を降りて、優作は時計を見てから敏男にメールを送った。
《敏男へ 早めに着いた。お前も早く来れるならヨロシク》
送ったメールを見直し、さてと周りを見回した。優作は暫く考えて、この辺を歩いて見る事にした。
最初に気になったのは、今風のホテル…と思えたが、何やら違和感を感じたその建物だ。土曜日とはいえ、こんな明るいうちに……男が女性の手をとり入って行くのだ、そのホテルに。
カップルの様子を横目で気にしながら、もう少し歩いてみた。その横を中学生位の数人が追い抜いて行く。前には塾の看板が見える。そのビルの横には雑居ビル。袖看板には、色んな名前。
【華の会】
変な名前だな…そう思いながらその前を素通りして、もう少し歩いてみた。
何となく駅周辺の雰囲気が分かったところで、時刻を確認した。敏男の顔を浮かべ、待ち合わせの場所に戻る事にした。
その場所に着いて駅の時計を見た。その時。
「こんにちは」
振り向くと目の前に中年の女性がいた。
「優作君でしょ」
いきなり名前を呼ばれ、優作はえっと驚いた。
女性は優作を見つめながら、うふふと笑う。その口元からは八重歯が覗いた。
「あ、あのお…」
優作が何か言おうとするのを遮るように「あのね、敏男君、今日は来れないのよ」
頭の奥で、?マークが幾つも点滅して、優作はもう一度女性を見つめた。
女性の顔はどこか嬉しそうだ。
一つ息を継いで「えっと、どういう事でしょうか…。なんで敏男の事を…」
「ふふ、敏男君とは仲間同士なの」
「仲間?」
「ええ」
「それは一体…」
「そうね、同じサークル仲間って感じかな」
「へ!…サークル…サークルですか…敏男が!?」
そこで、優作は昨日の電話を思い出した。
「そう言えばアイツ、この辺で用事があるって言ってたな…」
「ええ、そうなの。けどね、急用が出来て来れなくなったのよ」
「アイツ、それならそうとメールでも寄越せばいいのに、やっぱりいい加減だな」
不満を表す優作に、優しげな表情(かお)で女性が続けた。
「それでね、私が代わりを頼まれたの」
「そうなんですか…」と言ったところで、優作は思い出したように訊いた「…ところで、どちら様なんですか…」
変に真面目な口調に聞こえたのか、その女性は笑いながら答えた「あら、ごめんなさい。わたし、高田です。貴方のお母さんと昔から知り合いの高田由美です」
「ああ―!」優作は驚きに両目を見開いた。今朝、家でも口にしたその名前を、こんな所で聞く事になるとは。
「………」
「けど、その高田さんが、どうして敏男と…」
「うんだからね、敏男君とはサークル仲間なのよ」
「………」
優作は暫し考えた。
「あの、母は知ってるんですか、今日俺と会う事は」
「ううん、早苗さんは知らないわ」
歯切れのよい言葉に、優作は微妙な圧を感じていた。その気配を察知したのか、由美が腕を取ってきた。
「ふふ、とにかく行きましょう。そこで話しを」
頭がこんがらがり、優作は整理が付かなかった。しかし由美に着いて行ったのは、敏男の事もあるが、彼女の雰囲気に不思議な魅力を感じたからかも知れない。
連れて行かれたのは、古い雑居ビルの一つだった。
ビルの中のその一室は、カビ臭い。
年季の入ったロッカーに古めかしい机と椅子。壁にある白いボードには、カタカナで人の名前―おそらく女性―が書かれている。
2台あるパソコンは新しい物のようで、しかし今は電源が落ちている。
こんな所で一体何の相談かと、優作は疑心に眉を寄せた。ちょうどそのタイミングで、由美がお茶を持ってきた。
コップを机の上に置いて優作を見つめる。先ほど母親の知人という事で感じていた尊厳は、今は微妙に変わっている。この部屋の雰囲気がそうさせるのか、優作は警戒心を感じ始めていた。
「あのぉ、ここは何なんですか。どこかの事務所ってのは分かりますけど…。ここで話しって…」
「うふふ、ここはそうね“趣味の会“…の事務所なの」
「趣味の会ですか…そこに敏男も入ってて、そこで何かのトラブルにでも巻き込まれたんですか」
「敏男君は正式な会員ってわけじゃないんだけど、協力者みたいなものなの」
「はぁ~協力者ですか。それでどんなトラブルに」
「ん、いえトラブルじゃなくてね…」
「じゃあ、なんの…」
「その前にこっちに来て。見てほしいものがあるのよ」
「はあ…」
タメ息のような優作の返事を聞いて、由美が奥の部屋に向かった。ドアノブを回すと優作を振り返った。
「ここにね、魔法の鏡があるのよ」
「魔法?」
「そうよ、ほら見てみて」
覗いたその部屋は、2畳程の物置のような空間だ。目の前はカーテンが引かれて、由美が言った通りの大きな鏡が見える。
「あの、高田さん…」
「ふふ、由美でいいわよ」
「あぁ、それでは由美さん」
コホンとわざとらしく咳払いをして、優作が尋ねる。
「えっと由美さん、この鏡のどこが魔法なんですか」
由美が落ち着いた素振りで応える。
「いいかしら、見てて」
そう云ってスイッチの一つをいれる。鏡の色がスーっと変わり、向こう側が見えてきた。
「あっこれは!」
「どう、ビックリした?これはね、マジックミラーって言うらしいの。こちらからは見えるけど、向こうの部屋から見ると鏡になってるのよ」
「…つまり…」
「そう、言わば覗き部屋ね」
「ああっ…」
唖然とした優作の腕を徐に取って、由美が誘う。
「さぁいらっしゃい。あっちからも見てみましょうよ」
由美に腕をひかれ、入った部屋はビジネスホテルの部屋を一回り小さくした感じだった。
ベッドがあり、その前のスペースに立つと、たしかに目の前は一面の鏡である。
「こうなってるのか…」鏡には自分の頭の上から下までがしっかり映って見えた。その優作の斜め後ろには由美が立っている。
一瞬、鏡の中の由美と目が合い、優作は気恥ずかしさを感じた。
狭い密室。
薄暗い空間。
やけに大きな鏡。
そして、鏡に映る二人の男女――歳の離れた――。
優作は暫く、チラチラと由美の全身を覗くように見ていた。
髪型は母親と似ていて、薄茶が入った短めの感じ。上は清潔感あふれる薄いベージュのセーター。その下のジーンズ姿も様になっている。そして、鏡越しに見ても充分伝わる“肉感的“な体型。
心臓の鼓動を覚え、優作は息を詰めた。
鏡の中で、由美の手がスーっと動くのが見えた。
由美の瞳には薄い幕が懸かり、顔も鈍より陰を帯びている。手はしなやかな動きでヘソの前で交差され、服の裾を掴んだ。
優作が目を凝らす。その視線の先ではセーターが捲り上がって行く。ヘソが見え、更に上がったセーターの下から見えるのは真っ赤なブラジャーだった。
ゴクリと唾を飲み込んで、優作は一瞬振り向こうとした。しかし、身体は何かに縛られたように動かない。眼球にまで力が加わり、瞬きさえ許されない感じだ。
セーターが床に落ちる。次に指はジーンズのファスナーを掴んだ。軽く腰回りを振る仕草がされたかと思うと、ファスナーが下がるのが鏡に映って見えた。
息を詰めて、優作はその様子に固まっている。
足元に落ちるジーンズ。その下から見えたのは赤いショーツ。優作は何とか由美の目を見ようとした。
鏡越しの視線にも由美の表情は変わらない。
半裸の姿は病的なオーラを放ち、魂が抜けた感じで立っている。
「あ…由美さん、一体なにを…」何とか吐き出した声は震えていて。
そんな小さな声など伝わる筈もなく、由美の手が背中に回った。
「…なんなんだ、これは…」苦し紛れに続く優作の言葉は更に小さい。そのまま見つめる由美の胸元からは、巨(おおき)な膨らみが顔を現した。
若い男の背中を見つめ、由美は迷う事なく最後の2枚に手を掛けた。
背中でホックを外し、それをベッドの上に置く。顔を出した乳輪の先は既に尖り勃(た)っている。その部分の変化に由美も興奮を覚え、手はショーツに向かった。
鏡に映るこの青年の精神状態を想像して、ここで焦らしてやろうかと思った考えも一瞬で、由美は主―ー上野からの指令を無駄なく進める事にした。
ショーツを下ろしながら、由美の心にはサワサワと妖しいトキメキが起(た)ってきた。上野の元でマゾとして扱われてる自分が、敏男を誘惑した時に感じたサディスティックな癖。それが顔を出してきたのだ。
そういえば、神田幸春から“仕事“を薦められた時も『貴女の中にはSとMの両方が同居している』と言われた記憶があった。
最後の1枚を脱ぎ終えてその全てを晒した。自分の母親の知人―ーしかも母親と同じくらいの歳―ーの裸を見て何を感じるのか。そんな変態チックな妄想をして、由美は自分のアソコを濡らしていた。
「…優作君…こっちを見て…」
たっぷりとある胸の膨らみを両方の掌で横から包み込んで、由美はその巨(おおき)さを強調する。
「アタシを見て…。裸のアタシを見て…。アタシの裸…嫌らしいでしょ…」
「………」
「ねぇ…見て…」
「………」
優作はゴクっと喉を鳴らして、強張った身体を由美の方に向けた。
「あぁ…優作くん…見てて、アタシが今からする事をよく見ててね…」
ベッドに腰を下ろし、尻這いをするように、真ん中辺りへ移動する。そこで、脇腹の斜め横辺りに両手を置いて由美はゆっくりと股を拡げていった。
優作は股間の翳りを認め再びゴクリと唾を飲み込んだ。今度はその音が確かに由美に伝わった。しかし由美は、そんな事など気にする様子もなく朱い唇をベロリと濡らした。
「…優作君、アタシ恥ずかしいわ。こんな格好をして…」
「………」
「貴方も脱いで。自分で洋服を脱いで。アタシと同じ、生まれたままの姿になって」
「うあぁぁ…」小さいウネリを口から発して、優作の身体が震え出した。荒海にでも放り出されて、もがき苦しむように。
「さぁ早く。自分の力で女を物にするのよ」
由美の甘く、そして妖しい誘惑に、ついに優作の手が上着のボタンに行った。
優作の胸の鼓動は速くなっている。こめかみの辺りに血の流れる感覚がある。身体が妙に熱い…。