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第14話
火曜日ーー
優作はいつも通り、早朝勉強をしてから予備校に向かった。
今朝の母は、やけに笑顔が多かった気がして、その姿には安堵を覚えていた。
早苗は薬の後遺症を感じる事なく早起きして朝食を作り、息子を予備校に送り出した。
大塚夫婦の事を割りきった事で、心のつかえが取れ、気分を一新しようと明るく振る舞う事が出来ていた。
敏男は寝不足で予備校を休もうかと考えたが、何とか出かけた。電車の中では相変わらず妄想が湧いて出て、身体はかったるかったが、熟年女性の姿に股間を大きくした。
予備校。
優作は居眠りする敏男を叱ったが、昼休みには、今度こそ母親の手料理をご馳走するからと誘ってみた。しかし、小学校の帰りにヌケサクの車に乗ったのが敏男かどうかは、聞けなかった…。
敏男は優作の母親の姿を浮かべ、夕べの上野の話を思い出した。同時に、元気を取り戻した優作の態度がどこか調子のいいヤツだと、そんな気持ちが沸き上がる自分を意識した。
渋谷家。
早苗は何度かメールをチェックしたが、大塚からの連絡が無い事に、改めて自分を納得させた。
夕方にはボランティアの勉強会を開き、この日初めて来た児童の姿に、自分も気合いを入れようと思った。
夜。
渋谷家での母子ふたりの食事は、久しぶりに会話が弾んでいた。
優作が「そのうちに又、敏男を」と手料理の事をリクエストする姿に、早苗は笑顔で応えた。
敏男は風呂上がりに、メールを確認した。
≪渋谷の母親の写真はあるか?≫
短いその文章に≪無いけど何とかする≫と返信した。
水曜日ーー。
健全な日常を取り戻した渋谷家。優作は出掛けに、今晩の夕飯に敏男を呼んでも良いか聞いてみた。
早苗は、敏男に目撃したと言われた『大塚の車に乗った事』…それは気にはなっていた事だったが、それも又、やり過ごせると自信があった。なので息子には「夕飯、大丈夫よ。美味しいものを用意しとく」と明るく返事をした。
敏男。
明け方に自慰をしたが、頭はスッキリしないまま家を出た。途中下車をしてサボろうかと考えたが、早苗の写真を何とかしようと思い出し、今夜辺り優作が夕飯に誘ってくれないかと願った。
予備校。
いきなり優作が夜の都合を聞いてきて、夕飯を誘ってきた事に敏男のモチベーションが上がった。
夕方。
敏男は出かける前に、スマホのカメラを起動させてシャッター音を調整した。気づかれず、コッソリと早苗の姿を盗み撮るのだと自分に言い聞かせて。
渋谷家。
賑やかな夕飯。
敏男が缶ビールを1本だけ持ってきた。食事中にそれを3人で飲む事に。
優作は勉強があるからと、ビールは一口だけ。
敏男はタイミングを見計らっている。スマホを何度も見るふりをする。早苗が依存症にならないように注意する様子に、笑って返事をした。
そして…。
優作がトイレに立つタイミングで、早苗は空いた皿を流しへと立ち上がった。
敏男は手伝うフリをして、スマホを取り出し、すかさず数枚納めた。
ビールは効いてきていた。
優作がトイレから戻って来たのと交代するように、敏男がトイレに向かう。撮ったばかりの写真を見て、その出来映えにほくそ笑む。
出る時にもう一度カメラの準備をした。
居間に戻ると礼を言って、帰り支度を始めた。優作には「早く上に行って勉強しろよ」と2階に追いやった。
玄関で靴を履いて、早苗と二人になった時だった。
「オバサ~ン、ご飯ご馳走さんね」
どこか自分自身に酔った敏男の声だった。
「それにしてもオバサンの料理、いつも美味しいけど、オバサンも本当に美味しそうだよね」
「えっなに!?敏男くん酔っ払ってるの」
「あれ~俺、変な事言った?」
おどける敏男に、早苗は一瞬身を硬くした。
「へへっ、大丈夫。酔ってたって変な事はしませんよ、今はね」
「え、なに?」
敏男の最後の言葉は小さく、早苗には聞き取れなかった。今夜の食事会で、敏男がビールを飲んだ時は大塚の話が出ないかと内心はヒヤヒヤしたが、優作が先に2階に上がり、敏男が帰り支度をしたのを見て、緊張は消えていった。
言葉の語尾も特に気にする事なく、早苗は敏男を見送ったのだった…。
家に着いた敏男は、もう一度今夜の成果ーー早苗の写真を覗いてみた。
料理皿を運ぶ横顔。
席を立つ斜め下からの全景。
そして、帰り際に玄関でコッソリ盗み撮った正面からの顔。
「俺って盗撮のプロじゃん」
部屋に無邪気な声が響いた。
「さぁ、早速あいつに送んなきゃ」
胸の高鳴りをジックリ噛み締めながら、敏男は上野のアドレスを開いた。
《上野く~ん
こんな写真でいいかなぁ~。
俺って盗撮のプロかも(笑)》
弾む指でチャチャッと文章を打ち終えると、撮った全ての写真を添付して、気合いを込めて送信のボタンを押した。
(へへ、さぁ後はアイツがどういう作戦を考えてくれるか…楽しみだ~)
浮かれ気分の敏男。スマホの写真を自分のパソコンに転送した。
今夜はコレをおかずに…。
いやいや、コレをコラージュして・・。
そうだ!無修正の掲示板でオバサンに良く似た人がいないか探してみるか!
その夜も勉強はそっちのけで、エロサイトをサーフィンした敏男だった。早苗に似た中年女性の卑猥な画像を何度と拝む事が出来たが、それをコラージュする前には睡魔に襲われていた。
朝起きた時は、机に突っ伏していた。どうやらパソコンを開いたまま、眠ってしまったようだった。
ブルルと身体を震わすと同時にデカイくしゃみをして、「風邪ひいたかな」と怠い声が口に付いた。
寝ぼけ眼(まなこ)を擦りながら、スマホを取り出した。そこに見える青い点滅に、「上野だ!」と一気に目が覚めた。
《今度の土曜日、暇か?》
その短い返信にも敏男は、無意識に頬を緩めてスケジュール帳を手に取り、日付を確認した…が!
「ゲゲッ!模擬試験じゃん」一瞬に顔が翳り、恨めしそうに首を振った。
よりによって休日に行われる、学内での試験の日と重なっていたのだ。そう言えばと、確か数千円の試験代を大分前に振り込んだ事を思い出した。
《悪い。その日は…》と、そこまで返信を打ったところで、それを削除して。
《ちょっと待っててくれ。スケジュールを調整してみる》と打ち直して、返信をした。
けれど、調整が利くはずなど無い事は分かっていた。要は、優作に対して欠席するための都合の良い言い訳を探す時間が欲しいだけだった。
ふと、優作の顔が浮かんだ。
そう言えば夕べ、缶ビールを見た時に露骨に嫌な顔をしたな…と思い出して。勉強が残ってるから、本当は一口も飲みたく無かったのだなと…考えた。
敏男は、重い頭で考えながら身支度を始めた。
敏男は、教室で優作の顔を見た時も昨夜の夕飯の礼を言うのも忘れていた。どのタイミングで土曜日の試験の事を切り出すか、それだけが頭にあったのだ。けれど…。
「敏男、試験勉強はちゃんとやってんのかよ。まぁ今の時期の試験なんて、それほど体制に影響は無いけどな」
一見、自分に言い聞かせたような言葉だったが、敏男の気勢は見事に制された。
結局のところ思い付いたのは、当日の朝に仮病を使ってドタキャンのメールをしようという安易な作戦だった。
授業を聞く優作の横顔は、日に日に真剣になっていく気がしてる。ほんの数日前まで、母親の様子を心配していたあの憂鬱そうな顔はもう見えない。ヌケサクの“あんな”言葉で気持ちの安らぎを取り戻したこの友人はおめでたい奴だと、敏男は心の何処かでジェラシーを感じるのだった。
やれやれと優作の横顔を見直して、浪人しても俺は二流大学。お前は一流大学なら現役で行けたのに、超一流を狙っての浪人。同じ予備校生なのに、この差は何なの…敏男のその暗い鬱屈は、確実に負のパワーとなって有らぬ方向に向かおうとしていた。
上野に返事をしたのは、風呂上がりの一杯を飲みながらだった。この何日間か、予備校の帰りにコンビニで缶チュウハイを買うのが日課になっていた。
いつものコンビニで、いつものエロ本コーナーで卑猥なタイトルを横目でチェックしてから酒を買うのだった。駐車場を見るといつも、ソコにヌケサクがいたら面白いのにと、そんな妄想も沸き立てた。
あの母校を訪ねた日の事を思い出すと、ヌケサクのオドオドした小動物のような顔が浮かぶ。
教師の不始末が多い昨今で、コンプライアンスを求められる中、女性を助手席に乗せる事さえも気にするのかと……いやいや、二人は本当にラブホテルにしけ込んだのだと決めつけて。
証拠写真こそ無いが、怯えたこの男をそのうち何かスパイスに使ってやろうかと…渋谷早苗を“もの”にするのは俺の方なんだと、敏男は暗い炎を燃やすのだったが。
敏男は送ったメールをもう一度見直してみた。
《上野く~ん
今度の土曜日、OKだよ。
時間と場所は任せま~す(^o^》
返信が来たのは、それから2時間も後だった。
《了解。前日に又、連絡する》
やけにあっけない、そのメールを読みながらも、敏男は今夜も又、妄想を働かせた。
机の上の参考書や問題集は、今夜も開かれる事はない。
敏男は電気を消して布団に潜り込むと、パンツをずり下ろした。
目を摘むって、あの熟女達との戯れを思い浮かべ、その女達に早苗を重ね合わせる。
はにかんだ顔は、清楚な感じ。けれど服を一枚ずつ脱ぐ度に、表情(かお)は徐々に妖艶な雰囲気に。唇はポッテリ、その色は艶々に輝いているようで。いつしか長い睫毛の奥では、挑発的な光を携えた瞳がジットこちらを見ていて。
勿体ぶるように肢体がクネリながら、素肌が少しずつ見え隠れして。ソコに見えた原色の布切れは、大事な部分を隠すには頼りなく見える。
こん盛りとした膨らみ。谷間からは妖しいフェロモンが匂い立つ。その下に続く曲線の凹凸こそ、熟艶の象徴で。特に下腹部の波形は脂が乗っている。
太い腿。腿と腿の奥が開かれ、その間に挟まれた時の密着感が、嫌でも想像の中心となる。
そして…振り向いた後ろ姿…。
腰横の細い部分に指が掛かり、ユックリ下りていく原色のショーツ。露(あらわ)になったのは、身悶えするように震える豊満な臀部。身をよじり、両方の太ももを擦り合わせるように足踏みをして、少しずつ突き出されてくるその膨らみ…。
「んあぁぁ」
その瞬間、ドバッと放たれた射精感。下半身を中心に快楽の余韻を噛み締めながら、頭の中は、スーッと血の気が…いや、波が引いてくような落ち着きが現れて。
(…やっぱり俺って早漏だよな…)
と、虚しさが湧いて出た。
それでも毛布にくるまりながら、眠りにつこうとしてみては、直ぐに熟年女の恥態を思い起こしていたのだった。
ああ…オバサン…。
やりたいよ…。
やりたいよ…。
犯(や)りたいんだよ。
上野が“何か”を俺に与えてくれるはずだと、それが一体何か?
そしてヌケサクは?
…弱味を握ってれば、何か使い道があるよ…。
敏男は微睡む意識の中で、自分に言い聞かせるように、願望と妄想を繰り返した。