小説本文




 微睡(まどろ)む意識の中…。
 いつの間にか、身体の内側から吹き出した汗が、マグマのようにドロドロと流れ出し、寝具一面をビショビショに濡らしていた。
 身体は四つ身の格好で両手首が背中のところで荒縄に括られ、重みを両膝と顎で受け止めている。自由を失った身体は、若い男の手綱に痛みを覚えながら、小刻みに震えを起こしていた。
 せり上がった臀部では、肛門と淫烈がパックリ開かれ、そこは熱さと滑(ぬめ)りを感じている。若者の手指が遂に、滑りの部分を押し開いて突き刺し、それを繰り返し始めた。
 ナメクジが這い回るように、指が局部に羞恥を与え、その動きに紅(あか)い唇が『アアッ!』と嘆きの呻きをまき散らす。


 不自由な態勢から首を捻って、若者の顔を見つめた。
 『お願い…もっと虐めて』
 掠れた声が、朱い口唇から吐き出された。
 『もっと恥ずかしくなるような事、して下さいっ』


 んんっと身体を動かすと、節々で気怠さを感じた。
 覚えのある眩い光を感じると、そこはいつもの和室の部屋。
 月曜の朝だった。
 早苗は上半身を起こすと、もう一度目を瞑って俯き、今見た夢を思い出そうとした。微かに残る残像に余韻を求めてみれば、それは快楽の残り香でもあった。身体の火照りと蜜壺の潤いを残したまま、朱い唇が息を吐き出した。
 起き上がってみれば、身体はやはり重く感じた。しかし、同時に「負けられない」と気を入れた。


 「おはよう」
 朝食の準備の途中で下に降りてきた優作への声かけは、意識して明るさを出してみた。長男の安心したような顔に、申し訳なさと、幾分かの安堵を感じていた。


 優作を学校へ送り出してから、シャワーを浴びると頭の中が幾分かスッキリした気になった。
 ガウンのまま椅子に座り、この数日の事を改まって振り返ってみようと思った。


 大塚に頼まれた真知子の調査は、自分自身も被害者の一人となってしまった現実。使命は達成されなかったが、今からでも真知子を救い出したいという気持ちは勿論持っている。先日、大塚に取った態度には悔いも残っている。それと、高田由美……彼女の立ち位置も、怪しい匂いがする。しかし、加害者は神田幸春…彼一人だと結論付けようとする自分がいる。しかし、それも悩み所である事は間違いなかったが…。


 当時、勤務先の小学校で上司だった頃の神田は、確かに周りと比べて変わった所があったと思ってはいた。けれど、退職の後も良い関係が築ければと思っていたのだが…。


 早苗は、今日の具体的な行動をどうしようかと考えてみた。
 怪しげな薬を使われたとなると、警察への相談も頭に浮かんだが、やはりそれには抵抗がある。
 神田の家を調べて訪ねるやり方も考えたが、まずは真知子と会おうと思った。ただし、大塚の家には行けない…大塚の前で、あの“破廉恥”な行為については触れられないのだ。


 【華の会】は、表向きは月曜日と木曜日に行われているようだ。
 今日は月曜日。早苗は、もう一度あの教室を探ってみようと決心を固めた。


 先週の木曜日に、真知子を待ち伏せした時の事を思い出して考えた。ビルの前で待ち伏せするより、駅で声を掛けようと思った。ビルの近くだと、また由美とも会ってしまう可能性がある。先ずは、真知子をあの会から、あのクスリから、神田から遠ざけなければならない。とにかく会って話をして、説得をしなければならない…と、本来の責任感を取り戻そうとしていた。


 電車に乗ってみれば、今日の行動を大塚に話しておいた方が良かったかと、一瞬そんな考えも思い直したが。先日の自分の様子からは、信用されないだろうと結論付けて、絶対朗報を持ち帰ってやろうと誓った。


 やはり早めに駅に着いた早苗は、先日と同じカフェで待つ事にした。ふと、今日は敏男はちゃんと予備校に行ってるのかと、そんな心配も湧いてきた…。
 けれど、席から改札口の方をボオッと眺めていると、今朝方見た夢の事が浮かんできた。
 あの様な卑猥な夢を見たのも、薬の後遺症なのかと。
 そう言えば、昔、夫が夫婦の寝室にSMを持ち込んだ事があった。それは2,3回の事だったと思うが、あの時は、夫の性癖に驚きながらも感じた衝撃は…。
 その夫も今は単身赴任の身で、夫婦の営みを最後にしたのは何時だったかと、それも今では思い出せない。


 ふうっと溜息を吐いて、薬に原因があったとしても、見ず知らずの男とセックスをしてしまった事に無性の哀しみと、そして驚きがある。まさか、あんな快楽がこの世にあったのかと…。


 早苗は水の入ったグラスを口に持って行くと、一気に飲み干した。熱いコーヒーを飲んでいたからなのか、やけにノドが渇く。まさか、これも薬の副作用かと心配が頭を過った時、改札から見覚えのある姿が現れた。


 「真知子さん」
 カフェを出た早苗は、後ろから声を掛けた。
 ふりむいた顔はポッチャリ気味で、その表情は明るい陽射しの下だがどんよりして見えた。
 真知子は黙ったままこちらを見つめて来たが、早苗の事が誰か分からない様子だ。
 「あの…私、渋谷早苗です。ご主人と以前、同じ職場におりました」
 「・・・・・・」
 「それで、実は私も、先日の【華の会】で御一緒させてもらってたんです」
 「!…」
 その瞬間、真知子の目が大きく開かれた。そして「ああっ」と、小さな驚きを現した。


 「思い出しましたか?…真知子さん、よかったらそこでお茶でも…」
 何気ない誘いにみえたが、真知子は早苗の有無を言わさぬ気配に、気後れして黙り込んだ。
 「さあ、あそこのお店で」
 早苗の手が真知子の腕に絡み、足はカフェの方に向いている。


 先程の店に入って、真知子を席に促した。
 腰を下ろして俯くその姿を見つめると、如何にも気が弱そうな何処にでもいる普通の主婦に見える。着ている服もどちらかと言うと地味な物で、化粧も薄い。身長は自分と同じ位で、体型も又、同じ“肉感的”であった。
 目の前に置かれたコーヒーカップに目もくれず、テーブルの下で手を合わせて俯いたままで、真知子は早くも後悔している感じだ。


 「真知子さん、最初に言っておきますけど“あの会”で行われた事は私は誰にも喋っていませんし、これからも喋るつもりはありません。勿論ご主人にも」
 早苗はいきなりそう告げて、真知子を正面から見据えた。
 真知子はチラチラと時計を覗いている。


 「それで、真知子さん…あの会はその…問題があると思います。だから…行くのはもう止めにしませんか…」
 「・・・・・・」
 真知子はチラリと早苗を見上げると、又すぐに俯いた。そして、唇を軽く噛むと考え込んだ様子だ。
 恐らく真知子の頭の中には、破廉恥な振舞い、夫への対応、色んな事が渦巻いているのかと、早苗は黙ったまま前を見据えていた。その真知子の唇の端が、ふっと吊り上った。


 「あの…渋谷早苗さんとおっしゃいましたか。貴女は何か勘違いされてるようで…主人は、私が“あそこ”に行ってる事を知ってるんですよ」
 「ええ、そうなんです。ご主人は既に気づいておられるんですよ。それで私に相談があって…」
 「・・・・・」
 早苗の言葉に、真知子の目尻がピクンと震えた。


 真知子の口元が歪んで「うふふ」と、口に手を当てたまま、含み笑った。その顔はどこか小バカにした感じだ。
 「渋谷さん、だから貴女は勘違いされてるんですって」
 (?…)
 「うちの主人はあの会の“裏”で、私がしている事を全部知ってるんですよ」
 「ええっ、どういう事!」
 思わず声が上がった。その自分の声に慌てて、周りに目を向けた。運良く客は少なく、こちらに気を留める人はいない。


 「ふふ、本当なのよ。そもそも主人が神田先生から“あそこ”の事を教えて貰って、私に行くように薦めたんだから」
 「・・・・・・・」
 「私が比較的隙な時間があった事もあるけど、主人が私のエッチな姿を見て悦(よろこ)びたかったのよ」
 「えっ、ウソ!」
 「嘘じゃないわ。貴女“寝とられマゾ”って言葉知ってる?」
 「・・・・・・・」


 声に詰まった早苗を見ながら、真知子は身体を少し乗りだし、そしてどこか嬉しそうに続ける。
 「あのね…世の中には自分の奥さんをね、他人とオマンコさせて喜ぶ亭主が多勢いるのよ」
 「!…」
 真知子の口からあっさり吐き出された四文字の隠語に、慌ててもう一度周りに目をやった。そして、身体の奥が一瞬火照るのを意識した。


 「ふふ…何を慌ててるの渋谷さん。貴女もご主人に勧められてあの会に来たんじゃなかったの」
 「え!?違う…違うわ、私は大塚先生に頼まれて…」
 「・・・・・・」


 話しの主導権は、いつの間にか真知子に移っていた。真知子の表情は緊張が解けた感じで、妖しげな雰囲気を滲み出し始めている。早苗は何とかこの状況を変えようと自分に言い聞かせて。
 「け、けど…大塚先生は真知子さんの事を家でも心ここに有らずと言って、とても心配してました。それで私に様子を探って欲しいと…だから…」
 そんな言葉にも真知子は「ふふふ」と小さく笑い、妖しげな瞳で見つ返した。
 「・・・・・」
 「渋谷さん、それはね、主人の遊戯(あそび)なの」
 「・・・・・」
 「主人の様子は芝居がかってたでしょ?あの人はわざと自分で心配して、悦に入るのよ。それで、家で私の様子を伺ってモヤモヤするの」
 「・・・・・・」
 「それでね、ベッドの中で私にその日の事を色々聞いて来るのよ、今日はどんなスケベな事をされたか。それで、私が細かく教えてあげるの、今日の相手はどんな男だったか、どんな格好でインサートして貰ったかを」
 「・・・・・」
 早苗は真知子の事が、何か得体の知れない物のように感じていた。そして、早苗の火照りも妖しい高鳴りに変わろうとしていた。


 「どう、嘘と思うなら主人に聞いてみる?」
 まるで勝ち誇ったような口調に、早苗は遂に俯いた。しかし、何とか息を継ぎながら。
 「ほ、本当の事とは思えません…」
 苦し紛れの言葉にも、後は続かなかった。黙った後は唇を噛み締めるだけで、頭の中では真知子の言った言葉を振り返ったが、決して大塚には確認出来ないと思った。他人夫婦の性癖には、触れられないと思ったのだ。


 「ところで」
 そう呟いて、真知子の目がいっそう悪戯っぽく早苗を見つめてきた。
 「渋谷さん、今日は私に【華の会】に行くのを止めるように言いに来たの?それだけ?」
 「・・・・・・」
 真知子はふふッと笑って「違うわよね。貴女も又、厭らしい事がしたくて、けれど一人じゃ行きづらいから誰かを待ってたんじゃないの?ねぇどうなの?」


 「・・・・・・・」
 「そう言えば、高田由美さんとは知り合いだったの?」
 不意に変わった話題に、早苗は、んっと息を飲んで。
 「ええ、まあ…」
 「ふ~ん、あの女(ひと)も凄いわよね」
 「・・・・・・・」


 「由美さんのところの夫婦関係は、どんなか詳しくは知らないけど、何だが彼女は、もっと凄い事をしてるみたいよ」
 (!…)
 早苗の表情に真知子が嬉しそうに笑って。
 「ふふふ、知りたい?知りたいでしょ?…どうしようかしら」


 怪しい視線に固まった早苗を、愉(たの)しげに見つめながら真知子は続けた。
 「貴女、神田先生からは聞いてないのね」
 「・・・・・・」
 「由美さんはねぇ…」
 「・・・・・」
 「ふふ、やっぱり止めておきましょう」
 「・・・・・・ 」
 「もし、興味があるなら、今日なら夜の7時頃、【華の会】のビルのすぐ近くに“レンタルルーム”って看板が上がってるビルがあるわ。その辺りで張ってれば、たぶん由美さんが来るんじゃないかしら」


 最後に真知子は、そう言うと意味深にニヤっと笑い、「それと安心して。貴女があの集まりに行った事は誰にも言いませんから」椅子から立ち上がりながら言い放った。早苗は唖然としたまま、その姿を見上げるだけだった。
 軽く会釈をして、その場を立ち去る後ろ姿を見つめ、早苗は頭の中に異様なノイズの響きを感じ始めていたのだった…。

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