小説本文



男は目線を逸らさずに俺を見ている。
まるで妻を完全に自分のものにしたかのような目で。
事実を旦那である俺に言うことですべてを自分のものとしようとしている。


「旦那さん、どうでしょう、まだ典子に未練はありますか?」


男は目を逸らさずに言った。
未練だと?
俺と典子を引き離そうとしているのか。
俺だけではない。
俺と子供たち、家族から典子を自分のものにしようとしているのだろうか。
俺の存在はないかのように振る舞う男たち。
しかしそれに憤ることはなかった。
何を言われても受け流せる。


「今日で妻とは縁を切ってもらう。」


男は俺の目をずっと見たままだった。


「わかっておられるのですか?
典子はもうあなたの知っている典子ではありません。
普通の生活ができる状態ではない。
それはわかるはずだ。
あれだけの映像をみたのならね。」


男は妻をどうしたいのか。
そんなことはどうでもいい。
ただ妻を救いたい。
それだけだった。


「だからなんだ。
俺はお前らから妻を取り返しに来た。
それだけだ。」


すると、典子の目から大粒の涙が溢れ始めた。


「もう、私は…。私は汚れてるの。家に帰る資格なんてないの」


泣きながら妻はそう言った。
本心を聞きたい。
誰を気遣うわけでもなく、妻の本心を。


「お前がどう思ってるかは関係ない。
俺の妻である以上一緒に帰るんだ。
お前が今までの生活に戻りたいか、こいつらといたいのか、どちらかだろ!」


妻はゆっくりと話し出した。


「この人たちといたいとは思わない。
今までだって好きでいたわけじゃない。
でも・・・。」



「でも身体がいうことを聞かなかったんだろう?
頭ではわかっていてもどうしても身体が理性を抑え込んでしまう。
それが女の性というやつだ。
なにもおかしいことではない。」


男が妻の言葉を遮るように言った。
俯いて泣いている妻。



「お前の本心を聞いてるんだ!」


大声で妻に向かって言った。


「今までのことじゃない。これからお前がどうしたいかだ!」


妻もそれに返すように大きな声で言う。


「私だって・・私だって今までの生活に戻りたいわよ!」


それが妻の本心なのか。
ほんの少しだけの安堵感を感じた。
そして男に言う。


「お前らのやっていたことは許されるわけがない。
ただ俺はもう今までのことじゃなく、これからのことしか考えていない。
もう今日限りで一切の妻との接触をやめてくれ。」



男はもう一度妻に聞いた。



「本当にいいのか?
一度抜けて戻れるものではない。
これから何もない生活でお前は本当に満足ができるのか?」


妻は即答した。


「もう、そんな世界に戻りたくない。」


男は言った。


「わかった。
旦那さん、今後一切こちらから連絡を取るのは止めにしましょう。
本人にその意思がないのであればいくらこちらから接触しても仕方ない。
我々はスマートな組織だ。
ビジネスの観点から見てもメリットがないのであれば典子には何の魅力もない。
もちろん、女としての典子に魅せられたスタッフが多数いるのは事実ですがね。」



メリットデメリットでしかものを考えていない男たち。
妻を商売道具としてしか見ていない。
それは結果としていい方向に働いたということか。


「当然だ。
接触はもちろん連絡先も今すべて削除するんだ。」


男は携帯を取り出し、いじりはじめた。
そして後ろにいた男に指示した。


「おい、パソコンに入ってる住所も電話番号もすべて消すんだ。
旦那さんの目の前で消せ。」


後ろにいた男は俺のところにパソコンを持ってきて、その場で削除した。


「いいか、本当にこれで終わりだ。
お前らのやったことを考えるとこれだけで済ませるわけにはいかない。
ただ妻のこれからのことを考えてお互いにこれで終わりだ。
俺にとっても妻にとっても、お前らにとってもこれ以上デメリットのあることはしないこと。
それだけは共通認識として持っていてくれ。」


そういうと、男は返事をした。


「ええ、もちろん。」


そして妻と一緒に部屋を出た。


2人しかいないエレベーターの中、妻は言った。


「本当に・・・ごめんなさい。。
私には家に帰る資格ない・・・」


泣きながら小さな声で言った。
そんな妻に言う。


「お前のやっていたことは許されることじゃない。
ただ、お前だけの問題じゃない。
俺も気づいていながら何もできなかった。
そして子供たちにとってはお前は立派な母親なんだ。
ずっと母親としているべき存在なんだ。
もちろん、俺にとっても・・・。」


妻は嗚咽を漏らしながら泣き始め、エレベーターが1Fについてドアが開いても止まらず、待っていた人達に怪訝な目で見られたのを覚えている。






あれから2か月。
夕食を囲む家族4人。
妻がいなかった期間のことは、子供たちには急な出張だったと言ってある。
だからこそ何もなかったかのように接しているのも事実だ。
子供たちも幼いわけではない。
何かを感じ取ってはいるだろう。
しかしそれはこの家族にとっては問題にするべきことではなかった。
それよりも先を見ること。
過去を振り返るのではなく未来を見ること。
それが逃げだと思われることもあるかもしれない。
しかし自分たちにとって今本当に大切なことはそれだと気付いた。
夕飯を家族4人で食べられるこの喜びを感じられることが幸せな日常だと。


もう2度と見たくない。
私の知らない妻なんて。










東京都内某ホテルの一室。
某大企業会長はソファーに座っていた。
部屋へ入ってくる長髪の男。


会長は口を開く。


「やあ、久しぶりだね。
この間のやつ見たよ。」


長髪の男が返す。


「ええ、ありがとうございます。」


会長はにやけた顔で言う。


「しかし私は前に見せてもらった例の人妻がよかったねぇ。
あの何でもありな人妻さん。
新作はまだかい?
また今度お相手させてもらいたいね。」


「実は、彼女はの新作はもう出ません。
我々の元を去りました。
ですがまた別の女を見つけましてね。
会長好みだと思いますよ。
今度は専業主婦です。」


「まってくれ、去ったとはどういうことだ?
彼女にはかなり出資したはずだ。」


「ええ、我々としても残念でしてね。
しかし本人がそういうのですから仕方のないことです。
こちらが新しく見つけた主婦の映像です。
一度ご覧頂けたらと思いお持ちしました。」


そういうと長髪の男はCDROMを一枚テーブルの上に置いた。


「それでは、またご連絡お待ちしております。」


そう言うと部屋を出て行った。



会長は電話を取出し、あるどこかに電話を掛けた。


「ああ、お久しぶりですね。実はね、今、中西君が来ましてね、例の女のシリーズはもう中止になったらしくてね、聞いてますか?
ええ、もちろんですよ。どれだけ出資したと思ってるんだあの男は。
まあね、映像はありますから居場所も何も丸わかりですからね。
こちらの好きにさせてもらいますよ。」


しばらく話をして電話を切る会長。
会長はソファーから立ち上がると別のところへ電話を掛けた。
コール音が鳴る中、ポツリと言う。


「終わりにできるわけないだろう。あの女の裸も、隠している淫乱な部分も何もかもすべて知っているんだよ私は。」