小説本文



翌週の月曜日の夜、いつものように北九州の支店で残業をしているとき、赤坂さんから電話があった。
携帯のバイブ音が響き、携帯を手に取る。
赤坂さん・・・登録した名前が携帯の画面に出ていることで気持ちが動揺した。
オフィスから出て廊下で通話ボタンを押す。


「もしもし?」


「あ、もしもし、あの、赤坂ですけど・・・」


「どうも、この間は・・・」


何を言っていいのかわからない状況で社交辞令を交わす。


「それからどうなったかと思いまして。」


どうなったって、あれから2日しか経ってない状態で何を進展させられるんだ。
そう思いながら答える。


「ええ、まあいつもどおりに。」


すると赤坂さんが言う。

「実は、、この間言たように、今日奥さんに浮気をやめるように言ったんです。」


「それで、妻は何と?」


その先が聞きたくて仕方なかった。


「ちょっと昼休みに私と奥さんと2人でお話してたんですけど、恋人の話をし始めたので思い切って言ったんです。」


回りくどい言い方だった。まだ一回しか会ったことのない、親切な女性に対してイライラしている自分がいた。


「だから妻はどんな風だったんですか?あなたは妻に何と言ったんですか!」


「もうそんなことしてても旦那さんを裏切り続けるだけだからやめてくださいって・・・」
俺が強い口調で言ってしまったからか、赤坂さんの声のトーンが小さくなった気がした。
そのまま聞き続ける。


「奥さんは、それはわかってるし、ただ遊びたいだけだって言ってました。」


この間聞いた話から何も進んでいない状況だ。


「そうですか。今度は俺の口から直接言ってみますよ。妻の浮気は知らないふりをして、何かおかしいんじゃないかって。」


頼りにならない女性だ。そんな風に思った。
しかし考えてもみたら彼女が何をしただろう。
ただ親切に俺のところへ教えにきてくれた女性だ。
俺が何もせずにいる状況こそが異常なんじゃないだろうか。
そんな風に考えていたとき赤坂さんが再びしゃべりだした。


「それは、ちょっと待ってください。私が説得しますから、だから旦那さんは家庭で奥さんをもっと大切に・・・。」


「赤坂さん、うちのことを思ってくれるのは大変ありがたい。でもうちの問題なんです。そして俺と妻の問題です。これから先のことは俺が決めます。」


「でも・・・」


「あなたの行為はありがたく思ってます。でもそれじゃ何も進展しない。そして辛い思いをするのは俺の家族だ。」


少し強く言い過ぎただろうか。


「・・・わかりました。」


赤坂さんは小さな声でそう言った。


「また何かあったらあなたにも連絡はします。なのでこれからも協力してくださいね。」


申し訳ない気持ちとイライラし焦っている自分の気持ちを隠し、平静を装いながらそう言った。


「はい、こっちからも連絡しますね。」


赤坂さんはそう言って電話が切れた。



何も知らないうちは、疑惑を持っているうちはまだ楽なほうだ。
心のどこかで、とてつもない労力と時間を使い、いろんなものを犠牲にしなければならない状況に追い込まれるのはわかっていたのかもしれない。



その週の木曜日の夜、北九州の部屋に封筒小包が届いていた。
ポストから取り出し、送り主を見るが何も書いていない。
ここの住所と俺の名前のみだった。
部屋に戻り封筒を開ける。
中身を見た瞬間自分の鼓動が動き出した。
中にはケースに入れられたDVDが1枚入っていた。
送り主不明の小包、中に入っているDVDこれが意味しているものは一つしかなかった。
先日発見した妻の映像が収められたDVDを妻が送ってきているのか?
しかしDVDの表面を見ると文字が書いてある。

「典子var5」

妻の名前に、バージョン5という数字。
室内の温度が上がった気がした。
全身から汗が噴出し、鼓動がどんどん早くなる。
典子がDVDをわざわざ送ってくるとは考えにくい。
でもここの住所を知っているのは典子だけだ。
典子の男が・・・?
考えても考えてもわからなくなるだけだった。
中を見てみよう。
PCを起動し、パスワードを入力する。
怒りなのか恐怖なのかわからない感覚が全身を襲っていた。
PCの起動時間がやけに長く感じる。
何分にも思うほどの起動時間が終わり、PCにDVDをいれ、プレーヤーを再生させる。
PC画面には真っ暗な画面が映った。
そしてある画像が映った。
それは今まで見たDVDとは違うものだった。
まるでレンタルのアダルトDVDのように、タイトルメニューのように3つの項目があった。
項目といっても数字で「1」「2」「3」とあるだけだ。
何なのかわからないままタイトル画面を見ていた。
そのまま1分ほどが経っただろうか。
映像が始まった。
タイトルメニューがあるなんてただのアダルトDVDなんんじゃないか?
そう思うほどあっけに取られ、何が起きているのかわからない自分がいた。

マンションの一室らしい部屋、レースのカーテン、そして外から差し込む明るい光。
そんなに大きな部屋ではないらしい。
映像が左右に周り、部屋全体を写す。
壁もきれいで人が住んでいるような部屋には見えなかった。
映像がだんだんと下へ向き、ベッドの端が映る。
何もない部屋にカーテンとベッドのみ・・・。
そしてそのまま下へ映像が動いたとき、一人の女性が映っていた。
紛れもなく妻だった。


まるで中学生のような小さめの体操服を着せられ、膝を立ててカメラの方を向き、手を後ろについて座っていた。
その女性が妻でなければ、ただその辺の女性が座っているだけなら単に健康的でたいそう服を着た子が座っているグラビアみたいな感覚にしかならなかっただろう。
しかしこれまでの経緯やこれまで見てきたもの、そして今画面に映っている映像を照らし合わせると考えるまでもなくこれから何が移ろうとしているのかが想像がつく。
以前まで見たDVD、二度と見ることはない、必要のないものだった。
だからコンビニのゴミ箱に捨てた。
でもそれは偶然発見したものをコピーしたものだ。
今度は自分宛に送られてきたものだった。
妻が何かバイトをしていて、それを俺に打ち明けたくて送ってきたのだろうか。
それならば送り主に妻の名前を書かない意味がない。
とすると、このDVDを撮影している男・・・赤坂さんの言っていた妻の恋人・・・
頭の中が混乱し、何をどう考えていいかがわからなかった。
ただ一つ、自分の中に耐え難いほどの屈辱感を感じていた。
何がどう繋がってこんな感情になっているのかすらわからない。
目の前のPCをぶち壊したい衝動に駆られる。
冷静になれ。自分の中にあるほんの少しの理性に働きかける。
それでも冷静になれない自分がいる。
そりゃそうだ。今まで散々悩んで一つの方向性を決断した矢先、こんなにも屈辱的な気分にさせられる。
自分の妻のDVDを見せられ、見ないようにしていた闇の部分を無理やり見せられた。
頭の中がパンクしそうになり、目から涙が溢れ出てくる。
恥ずかしくて泣くことなんてここ数十年なかった。
今部屋に一人だからだろうか、自分の中の誇りがなくなってしまった気がする。
目からあふれ出てくる涙に対して恥ずかしいだとかそんな気持ちはなかった。
いや、目から涙が出ていることなんてどうでもよかった。
今自分が感じている屈辱感から抜け出せない状況に、自分が何もできずに、何もせずに、それでも物事がどんどん嫌な方向に進んでいくことで自分の力のなさを感じ絶望している。
今何をしようがどうにもならない、自分の格好付けのための考えなんてどうでもよかった。
何もかもがどうでもいいような気分だった。
何もなくただ遊んでいるだけだった子供時代のように泣きじゃくっていた。

今までの人生で培ってきたもの。
それなりに歳を重ねてきた。
仕事でも役職を任されるようになり自分なりの自信も付けてきた。
でもそんなものは生きるうえで何の保証にもならない。

冷静な俺だったら考えるのかもしれない。
人の妻を寝取り、その旦那にDVDを送る?ありえるだろうか?
そんなことをするメリットがあるだろうか?
単に男のくだらない欲求?
それでないならば妻から俺への嫌がらせ?
このとき考えても考えても何も解決しないことは同じだったかもしれない。


心の中の弱い部分を鷲掴みにされたかのように一気にあふれ出した涙が自然と引いてきた。
PCの画面を見ると画面の中には男が登場していた。
といっても男の背中だった。
妻に向かい合って何かをしていたが男の背中が邪魔で見えない。
そして男がカメラの前から移動した時に見えたもの。
妻の着ている小さめの真っ白な体操服に色の違う部分があった。
それを見て男が何をしていたのかがわかった。
乳首の部分の生地を切り取られ、妻の乳首が露出していた。
妻であり母親である典子、自分もこの間拒まれて見ることもなかった乳首を他の男がまざまざと見ている。
それも変態的な格好で。
そして典子も何をするでもなくされるがままに乳首を露出させている。
画面の中にいる妻に、今体操服を切り取った男は何でもできる。
でも俺はそれをPCで見ているだけのただの傍観者。
画面の中にいる女性が自分の妻だと主張することすらできない。
アダルトDVDを見て自慰行為をする男たちとAV女優、ただ見て満足する立場と見られる立場。
自分の手の届かない場所に妻がいて、それをどうすることもできない。
そこにいる主役が自分の妻でも、俺はただそれを見ることしか許されない立場。
そして主役である妻には同じ立場の相手の男がいて、自分はまったく別の客の立場。
ただ外から見ることしか許されない。
泣いた後の自分の心を打ち壊された状況に何も考える意欲はなかった。
ただ画面を見ているだけの自分がいた。
麻痺していたのかもしれない。
自分を自分の世界観の一番下に位置して見ることが一番安心できた。
今の状況を受け入れようとしていたのかもしれない。