小説本文



誰から送られてきたかもわからないDVD。
確かなのは妻が他の男に奪われている状況だということ。
それが意味することは家庭崩壊。
今まで地道に積み重ねてきた家庭。
それが誰だかもわからない連中に壊されようとしている。
DVDもその連中が送ってきたのだろうか。
とことんまで自分を馬鹿にすることを楽しんでいるとしか思えない。
悔しさよりも妻を好き放題にしている男達への苛立ちが増すばかりだった。

そして自分が今、そんな状況に追い込まれていることに気づく。
自分の手で男どもを殴ってやりたい。
旦那がいるということを知っていながらこういうことをする限度を知らない男。
妻が浮気をしたりするわけがないと勝手に思い込んで何もしなかった自分が腹立たしかった。


その週の週末は妻のいる家には戻らなかった。
その代わり会社に休日出勤して仕事を進めた。
火曜日と水曜日に有給を取る為だ。


「毎週火曜が楽しみで仕方ない。」


男のこの言葉が頭から離れない。
自分が今悩み苦しんでいる原因であるこの状況。
そして人の妻で遊ぶことを楽しみにしているというこの男の言葉。
心を抉り取られるような感覚だった。


火曜日、もちろん妻には言わずに妻のいる福岡市の家に帰る。
妻も仕事中のいはずだが、あれだけの映像を見せられた後だ、何を信用していいのかすらわからない。
家の中で撮影されたものもあった。
何も考えずにただ現場を押さえつけてやるという意思だけで動いていた。
いつも妻に迎えに来てもらう駅、そこからはタクシーで家の近所まで行く。
近所で降り、家の方へと歩き出す。
様子を伺うようにゆっくりと歩いている自分がいた。
何で自分の家に戻るのに様子を伺わなければならないんだ。
何があってもおかしくない。
でも何もしなければ何もかも失ってしまう。
ただ自分の中に今は溜め込んだものを吐き出し、現状を壊してしまいたいという気持ちでいっぱいだった。
心に決意を決めて歩き出す。
視界に自分の家が見えた。
そのまま近づく。
玄関に車はない。
いないのか。
そして玄関の鍵を開け、家の中に入る。
静かな室内。
自分が心臓をバクバクさせながらここまで来ていたことに気づく。
家にはいないか。。。
靴を脱ぎ、リビングのソファに座り込む。
仕事中なのか?
それともどこかで・・・。
とりあえず妻に電話をし、今夜帰ると伝えておこうと思い、携帯電話を手に取る。
妻からの着信履歴を探し、電話を掛ける。
今夜帰ると伝えて、今夜話をしよう。
仕事を休んだと言ったら妻も意識してしまうに違いない。
複数回呼び出し音が鳴り、妻が電話に出た。


「もしもし~。」


明るい声だった。いつもの妻だ。


「ああ、俺だけど」


「どうしたの~?何かあった?」


妻に言う。


「今夜帰るから、ご飯作っといて。」


「え、明日お休みなの?」


「いや、今日のうちの北九州に帰るよ。」


「そう、わかった。じゃあご飯作っておくね」


電話を切る。
そして夜に帰ることにして夜まで時間を潰すために家を出た。


その日の夜、8時過ぎに再び家に向かった。
いつもは駅まで迎えに来てもらっている。
突然家に帰ってきたらびっくりするだろうか。

家に着き、玄関のドアを開ける。


「ただいま~」


そう言いながらリビングに向かうが、リビングの電気はついていなかった。
まだ帰ってないのか?
2階にいるであろう娘の真菜に声を掛ける。


「お~い、真菜、お母さんは?」


真菜が部屋から出てきた。


「お母さんまだだよ。というかお母さんだと思ったらお父さんじゃん。今日仕事じゃないの?」


「仕事だけど、ちょっとこっちに用事があってね。」


まだ帰ってきてないのか。
娘に嘘をつくのが申し訳なかった。
子供達には何の関係もない話だ。
ただ事実を知ったらショックは計り知れないだろう。


それから時間が過ぎた。
時計の針は11時を回った。
典子に電話をしてみる。
数回のコール、しかし電話に出ない。
自分の中に焦燥感が高まっていくのがわかった。
真菜に聞くといつもは遅くても9時には帰ってくるらしい。
着信履歴は残ったはずだ。
典子から電話が掛かってくるのを待つ。
11時30分、12時近くになっても電話は掛かってこない。
その間何回か電話を掛けたがコールが鳴るだけ。
そもそも今日は会社に行ってなかったのか?
火曜びはいつも・・・。
考えてみれば妻の会社の住所さえもわからなかった。
自分が単身赴任で家を留守にしている間に妻は転職し、妻の勤務先すら聞いていなかった。
自分がどれだけ家のことを蔑ろにしてきたのかを少しずつ感じる。
そうだ、赤坂さん、彼女なら知ってるはずだ。
そう思い赤坂に電話をする。
こんな夜遅くに電話をすることは非常識だろう。
だが彼女しか頼る人がいない。
数回のコールの後、赤坂は電話に出た。


「もしもし、夜分遅くすみません。」


赤坂が驚いたような口調で言う。


「どうしたんですか?」


簡潔に事情を説明する。


「あの、妻がまだ帰ってこないんですけど、妻の会社の連絡先がわからなかったもので、赤坂さんしか頼る人がいないので電話させていただいたんですが・・・」


「え、まだ帰ってないんですか?もう終わってるはずですけど」


「今日妻は出勤してました?」


「はい、私が先に帰ったんですけど、こんな遅くまで仕事してるわけないと思います。ちょっと、一応会社に電話してみますね。」


そういって赤坂は会社に電話を掛けてくれた。
数分後、自分の携帯電話が鳴る。


「もしもし、どうでしたか?」


「会社はやっぱり誰もでませんでした。」


「そうですか、わかりました。ありがとうございます。」


今まで家に帰らなかったことなんてない。
何かあったんだろうか。
警察に言うか・・・。
携帯電話のディスプレイを見ながら110を番号を押し、発信ボタンを見つめる。
そのとき、妻からの電話が掛かってきた。
すぐに電話に出る。


「どこにいるんだ!何かあったのか?」


静かだった室内に自分の怒鳴り声が響く。


「ごめんなさい。事情は説明するから、とりあえず何かあったわけじゃないから・・・」


「だからどこで何を・・・」


「ツー、ツー」


通話が切れていた。
何かあったわけじゃない?
事情は説明する?
どういうことだ。
掛けなおすがコール音すら鳴らない。
電源を切っているのか。
電話での怒鳴り声を聞いて真菜が自分の部屋から降りてきた。


「お母さん何かあったの?」


心配そうな目で俺に問いかける。
明らかに何かを隠している妻、それをこの子に言うわけには行かない。


「お母さん会社でトラブルがあったから近くのホテルに泊まってくるって」


娘も高校生だ。
簡単な嘘はすぐに見破られてしまう。
とりあえず話を終わらせよう。


「もう明日学校だから早く寝な。」


そう言って真菜を部屋に戻した。
学校は夏休み中だが毎日学校の部活で後輩の指導をしている真菜。
今起っている現実を知ったらどうなるかわからない。
幸いなことに娘も息子も打つ込むことがあるようだ。
それだけが救いだった。


もううんざりだ。
そう思い警察に電話をした。
そして警察署に出向き、事情を説明する。

もちろんDVDのことなど言えるわけがない。
今夜妻が帰ってこないこと、事情は説明するとの連絡があったこと・・・。
言えるのはそれだけだ。
妻自らが何かあったわけではないと言っている。
そんな状態で取り合ってくれるだろうか。
深夜で人も少ない警察署、妻の電話番号など必要な事項を紙に書く。
電話口で言われていた妻の写真、そして印鑑を押す。


何かが違う。
この平穏で静かな警察署の空間。
事務処理のようにたんたんと進むその空気が異様な光景に見えた。
今思えばそれだけ自分が焦燥感に駆られていたということだろう。
それでも必要な手順を踏み捜索をお願いする。
それしか今の自分にできることは無かった。


一通りの手続きを終え、対応を待つ。
しばらくして対応してくれた警官が言う。


「それでは、コンピュータに登録します。それから、奥さんから電話があり、今安全なことと事情を説明することを伝えられたとのことなので大規模な捜査はありません。
まずはご自分で心当たりのある場所を探してもらうしかありません。ご心配だとは思いますが奥さん自らが失踪の意思を表している場合には捜査を行えなえません。」
予想はしていたものの答えが返ってくるとどうしていいかわからなかった。


「でも、何かあったわけじゃないとは言ってるけど実際帰ってきてないんです。もし何かあったということも考えられるでしょう!」
静かな空間に響く自分の声がむなしく感じる。


「もちろんご心配されるお気持ちはわかります。しかし警察のほうでは年間10万人近い捜索願があります。身の危険など重大な事案に発展するようなものはすぐに捜索するのですが、
それ以外はパトロールや職務質問などによる発見しかないのが現状です。警察の方ではここまでです。興信所などに依頼するなど他にも手はありますが・・・」


何も言い返せない自分がいた。
もし妻があの電話を”言わされていた”ものだとしたら事態は違ったのかもしれない。
しかし今までの経緯を見る限り妻は・・・。
自分が妻を信じられていないだけなのか、妻が自分から離れていっていることを認めたくないだけなのか。
ここではもう何もできることがないと自分でもわかっていた。
立ち上がり警察署を後にする。
DVDのことを言えば動いてくれるのだろうか、今まで起ったことを思い返す。
しかし思い返せば思い返すほど警察が動かない状況なのがはっきりとわかる。
仕事もし、毎日子供たちを育て、週末には俺も一緒に過ごしていた。
そんな中あのDVDを証拠として提出して何になるだろうか。
妻が好きで出演したアダルトビデオとしか思われないのではないか。
自分の妻が映っているアダルトDVDを証拠に持ち込んで結局何が事件性になるのか。
考えれば考えるほど現実離れした今の状況、そしてすべてが自分にとって何もできず、妻、そして知らないあの男達の思い通りに進んでいることを痛感させられる。
憤り、会社で有給を取りここまで帰ってきた自分が結局何もできず空回りしている状況、自分の力の無さをしみじみと感じる。
妻を寝取られながら何もできない夫、妻を好き放題にしている男、そして妻はその男のところにいるのだろう。
その状況が今現実に起っていることに実感すらわかなかった。
それでも動かないわけにはいかない。
深夜2時近くだったが赤坂さんに電話をし、妻の会社の場所と電話番号を聞いた。
さっき赤坂さんが電話しても誰もでなかった。
しかし誰もいないとは限らない。
この目で確かめる以外に自分にできることはなかった。
そこにいる可能性が低いことをわかっていながら妻の会社へ向かった。
タクシーで妻の会社に向かいながら考える。
妻は俺のことをどう思っているのだろう。
この間の旅行は本当に楽しそうな表情だった。
俺が今の状況を壊すのを待っているのだろうか。
複数の糸が絡まったようなこの状況から救われるのを。
妻の意思よりも、自分がそう思いたかった。
次々に垣間見える自分の弱さを隠すために。


探す手段は・・・警察はあてにならないだろう。
何時に帰ってくるのかわからない。
DVDを俺が見たのを知っているのは確実だろう。
俺が急に帰るといったから合わせる顔がなかったのか?
だとしたらこのまま・・・。
ネガティブに考え出せばきりがなかった。
だとしたら・・・興信所か・・・。