小説本文



「・・・なんでここに・・・」


赤坂は自分がどうすればいいかわからないかのように俺に質問した。
赤坂は裸にバスタオルを巻いた状態だった。
手で胸の辺りを押さえ、バスタオルが落ちるのを防いでいる。
慌てて取り繕ったのだろうか?



「なんでじゃないだろ、どういうことだ赤坂」


黙り込む赤坂。
男の声がした。


「誰だお前は、赤坂の知り合いか知らんが勝手に人の家に入ってきて何してる。警察呼ぶから待ってろ。」


男が携帯電話をポケットから取り出す。

すると赤坂が言った。


「この人は典子さんの旦那さんです。」


男のポケットから携帯を探す仕草が一瞬止まった。
俺の顔を見る。


「典子の旦那って・・・なんでここにいるんだ!?」


どうやらこいつがここを仕切っているらしい。
男が何かを言おうとしている中、それを遮るように大声で言った。


「どういうことだ!」


男はたじろぎながら口を開く。


「どういうことって・・・そっちこそどういう・・」


男の震えるような声にイライラしながら言う。


「どういうことだって聞いてんだよ!典子はどこだ?今すぐつれて来い!」


男は俺の顔を見たまま固まっていた。
ベッドの上の男女、そして赤坂も何も言うことなく、ただ固まった時間が過ぎた。


「典子は、ここにはいない。今日は社長と・・・」


「社長?お前の会社の社長は人の妻をかっさらって何してんだ!どんな会社なんだここは!!」


「俺もよく知らないんだ。典子は最近はほとんど見かけていない。社長が直々に・・・。」


明らかにその先の言葉に詰まった感じだった。


「直々になんだ?」


男が考えながら話し出す。


「社長と一緒の仕事が多くて、ずっと見てない。」


「だったら社長をここに呼べ!今すぐだ。」


「今どこにいるかわからない。社長は忙しいから・・・」


その言葉を遮るように言う。


「だから今すぐ連絡取れって言ってんだよ」


そういいながら足元にあったティッシュの箱を蹴り飛ばす。
飛ばした箱は男の足元に当たり、転がり落ちた。


「ああ、わかった。すぐ電話する・・・ちょっと待っててくれ。」


男が携帯電話を手に取り、電話を掛け始める。
明らかに怯えた表情でどうしていいかわからない様子の男達。
そりゃそうだ。
人の妻を寝取っておいて、その旦那が突然踏み込んできたとなればビビるに決まってる。
こいつらの趣味なのかなんだかわからないがこの異様な空間で自分だけがまともな人間だという感覚だった。
裸でバスタオルを巻いている赤坂、この女がいったいここで何をしているのかもわからない。
ただ裸でいることからしようとしていることはわかる。
それでもそれはどうでもいいことだった。
自分がたどり着くべき先は妻だけだ。

男の掛けた電話が繋がったようだった。


「あ、社長、その、旦那が、典子の旦那が部屋に来てるんですけど・・・」


明らかに弱腰の男だった。
こんな男に呼び捨てにされてること事態が腹立たしい。
湧き上る怒りを抑えながら電話の話を待つ。


「それで、旦那が今すぐ典子を連れて来いと・・・」


典子を連れて来い、こんな言葉を俺の目の前で話すほと礼儀も常識も無い男。
今までされてきたことを考えれば常識なんて通用しない奴らなのはわかりきっている。
それでもそんな下衆に妻がいいようにされていると思うとはちきれそうな感情が湧き上る。


「ええー、それは・・・今この状況では・・・はい、すみません。わかりました。では今から・・・」


そう言って男は電話を切った。


「あの、社長が・・・今社長と奥さんが一緒にはいないらしくて、典子さんがいる場所を教えるから旦那さんがそこへ直接来いとのことで・・・」


人の妻と一緒にいるからその旦那である俺が直接来いだと?
何様だ?


「ああー?立場わかってんのかてめぇ!」


その言葉を発すると共に体が勝手に動き出し、左手で男の胸倉を掴み顔を力一杯引き寄せた。
今にも殴ってしまいそうなほど右の拳を握り締めた状態だった。

するとベッドの上で女と重なっていた男が全裸でこっちに向かってきた。


「ちょ、ちょっと、やめましょう。ちゃんと話を聞きましょうよ・・・」


この空気の中全裸という滑稽なその男の言葉を聞き終わらないうちにその男の顔を右の拳の裏で殴った。
思いっきり力をこめて殴った。
もう理性だけで我慢できる限界を突破していた。
この部屋中をめちゃくちゃにしてやりたい。
そんな衝動が抑えられなかった。
顔の真ん中を思いっきり殴られた男はベッドの傍でうずくまっている。

胸倉を掴まれたままの男が口を開く。


「お、落ち着いてください。もちろんこちらはあなたにこんな偉そうなことをいえる立場ではありません。ただ私達も社長には逆らえないんです。わかってください。」


わかってくださいだと?
自分達がやっていることを棚に上げてわかってくださいだと?
人の妻を散々使いまわし、旦那の俺までも馬鹿にしてきたこの糞共が何を言ってやがる。


「お願いします。私達にできることはもう無いんです」


男は目に涙を浮かべながら話す。
こんな弱い男に妻はいいようにされてきたのか?
何か弱みを握られたにせよ、妻の意思にせよ、何もかもが悔しくて堪らなかった。
もうこの男に何を言ってもだめだ。


「どこに行けばいいんだよ」


苛立ちを抑えられない声で男に聞く。


「あの、こんなことをお願いするのは無理な話ですし、怒らないで聞いてほしいんですが、奥さんは・・・」


自分にだけは危害を加えないでくださいとでも言わんばかりの言い回しだった。
そんなものはどうでもいいから早く場所を言え。
その感情を押し付けるように男の顔の前で大声で叫ぶ。


「何だよ!」


男は目をそらしながら俺に言った。


「あなたの、あなたの家にいるそうです。うちの社員と一緒に」


思いもよらない答えが返ってきた。
頭が真っ白になりそうな時間だった。
ずっと帰ってない妻が、家に戻ってきてる?
どういうことだ。
ん?
社長と一緒じゃないと言ってたな。
社員と家に戻ってきてる?
頭の中がしばらく整理できなかった。

俺が数秒の間動かなかったことで、ご機嫌を取ろうとしてたのか男が口を開いた。


「でも子供さんたちは今外出中らしくて」


俺がその言葉を聞けば安心するとでも思ったのだろうか。
俺と妻と子供2人が生活している家、その家に社員と2人?
社員が男なのか女なのかすらわからない。
その状況だけでもおかしくなりそうなんだ。
何が何だか整理ができない。
明らかに自分がおかしくなりそうだった。
子供たちがいないから安心しろってことか?


「その言葉で安心しろってか!?」


そう叫びながら男の胸倉を掴んだ手をそのまま窓の方に思いっきり押し飛ばそうとしていた。
そのまま窓を割り、ベランダを越えて下に落としてもいいと思った。
無意識に全身の力を込めて男を窓ガラスに叩きつける。
窓ガラスの割れる音と共にガラスが散乱し始める映像が見えた。
もう精神がおかしくなりそうなほどだった。
自分の理性を保てなかった。
散乱するガラスの上に男は倒れている。
しかしその目は俺を見て怯えているようだった。
スーツを着ていた男に怪我は無いらしく、起き上がろうとしている。
それでも外傷がないだけで体は痛んでいるはずだった。
逃げようとするのだろうか。
しかし男は立ち上がるとベランダの隅に立ち尽くし、俺の方を見ている。


こんな糞な男に馬鹿にされていたのかと思い涙が溢れ出てきた。
もうここには用無しだ。
そして俺の行くべきところは自分の家。
家族の住む自分の家。
体に蓄積された涙がすべて溢れ出てくるかのようだった。
その涙を服の袖でふき取る。
そして部屋を出ようと後ろを振り返り、歩き出す。
視界の左下に映る女性。
赤坂。
何もなく立ち去るわけには行かない。
自分のしていたことの意味がこの女にわかっているのだろうか?
バスタオルで身体を覆っている赤坂の目の前に立ち尽くす。
落ちないように手で押さえているバスタオル。
そのバスタオルを力ずくで奪い取り、その場に投げ落とす。
赤坂は力を入れて抵抗したが、その前にバスタオルはすべて剥ぎ取られた。
露になる赤坂の全裸。
この男受けするスタイルでここの男達と遊んでいたのか。
赤坂は屈みながら手や腕を使って俺に裸を見られないように必死に隠す。
何を隠してるんだ。
妻はすべてをDVDで男達の前に晒されたんだぞ。
お前だけがなぜ女の体裁を守ろうとしてる!
赤坂の腕を掴み、立ち上がらせ、両手首を掴み、壁に押し付ける。
力ずくで押し付けられた反動で赤坂の胸が揺れる。
隠すことができずに俺の前で露になる裸。
まさか俺に裸を見られるなんて思いもしなかっただろう。
この女こそ俺を馬鹿にした元凶じゃないのか。
あんなに親身になってくれたと信じていたこの女、裏切られたことに実感が湧かないほどだ。
男達に言われていたとはいえ何も無かったことになると思うな。
赤坂の頬を右手で一発張った。
赤坂は何も言わず張られた頬を痛むわけでもなくただ右下を向いている。
手に込められた力も抜けた。
赤坂を壁に押し付けていた腕の力を抜く。
力なく座り込む赤坂。

俺はバスタオルを再び手に取り、赤坂に向かって投げつけた。
そして玄関に向かって歩き出す。
ガラスの割れた音で近所の人が警察を呼んだりしているのではないか、あれだけ大声で散々わめき散らしたんだ。
それでも不思議ではない。
外で待っている探偵はどうしているだろうか。
たった5分にも満たないこの時間が長く感じた。
もう元には戻らない。
妻がどうしているのかと心配するここ最近の日々はもう来ない、そこから進むことも無ければ戻ることもなかったあの悶々とした日々は。
なぜなら俺は前に進んだからだ。
男達にこちらから踏み込んで行った以上、決着をつける。

そして探偵と共に、自分の妻と誰かが一緒にいるという、自分の大切な家族の家へと向かった。