小説本文



眠れるはずもなく、ただ何をすればいいかもわからずに仰向けになり散らかりきった部屋の天井を眺める。
体を動かす力すらないほど精神的ショックを受けていることは明白だった。
浮気どころの話ではなくなった。
俺のことが嫌いなわけでもなく、子供たちのへの気持ちがないわけでもない。
ただ、見ず知らずの男の意思によって考えを変えられ、普通の主婦だった自分の妻が男達の好き放題に使われている。
恋愛などではなく、妻を使って遊んでいるようにしか見えない。
人の妻であり、子供のいる母親を、そのような背景を逆に楽しむかのように。


改めて冷静になって考える。
冷静というよりも心身ともに疲れ果てているのかもしれない。
今まで見てきたDVDのような客観性はなく、俺に対するメッセージを投げかけてきた妻。
あんな言葉を妻に言われる旦那がどこにいるだろう。
考えれば考えるほど頭が混乱し、考えることを止めたい衝動に駆られる。
どうしたら妻に会えるだろうか。
・・・ん?
昨日見たDVDを思い出し、一つの疑問が浮かんできた。
頭が混乱した状態の中浮かんできた疑問。


とにかく妻に会わなければどうにもならない。
電話をかけても繋がらない。
妻に会うには・・・。
妻は失踪してから会社にも行っていない。
・・・・・一つ思い立った糸を手繰り寄せるしかない。


翌日、仕事を午前中で切り上げ、妻の会社へ向かった。
有給ばかり取っていては部下からの信頼も何もないかもしれない。
だがそんなことはどうでも良かった。
夕方に妻の会社に着いた。
インターホンを鳴らす。
自分の名を名乗り、赤坂を訪ねる。


「赤坂さんはいらっしゃいますか?」


少しした後で赤坂が出てきた。


「お久しぶりです・・・」


赤坂はそう言い、会社の外へと出てきた。
赤坂は口を開く。


「あの、奥さん最近休まれてますが、どうかなさったのですか?」


「ああ、ちょっと体調を崩してしまって。それより、仕事終わったら少し時間作れませんか?」


「ええ、あと30分で仕事終わるので、それからでよかったら。」


そう言い、近くの喫茶店で待ち合わせた。

その場で赤坂に失踪の事実を言ってもよかった。
ただ、軽く話すにはあまりも重い話だった。
ただ一つ赤坂に話しておくこと。
赤坂が妻のことで何かを知っているのであればその一筋の光しか希望が無かった。

赤坂の仕事が終わり、待ち合わせの喫茶店に入ってきた。
席に座り、コーヒーを注文する。
俺は分のコーヒーを啜り、口を開く。


「赤坂さん、正直に言いますが、妻が帰ってきてません。」


赤坂は驚いた表情で返した。


「え、帰ってきてないって、どういうことですか?」


「私にもわかりません、見当もつかない。ただ、ここ2週間は妻が家に帰ってないことだけは確かです。帰らないとの連絡を残してから」


「帰らないって言われたってことですか? まさか浮気相手の人と・・・?」


「ですからそれすらわかりません。私としても妻を捜したいが、電話にも出ないし何も手がかりが無い。警察にも探偵会社にも依頼したが手がかりが何もないから捜しようがないみたいで・・・。」


「警察はどうやって捜してるんですか?」


「それはわからない。ただ積極的に探してないことは確かです。そして探偵会社も限界を感じてるみたいで・・・それで赤坂さんなら何か知ってるんじゃないかと思って、こうしてすべてを話したんです。」


「え、知ってるといっても私は奥さんから聞いた話程度にしか・・・浮気相手の名前も聞いてないし、どこで会ってるとかも・・・あ、浮気相手と一緒にいるって決まったわけじゃないですよね、ごめんなさい。。。」


「いいんです、その可能性が高いことは確かです。だからこそ、その相手との話を聞いている赤坂さんにお話を伺いたくて。」


「ええ、もちろん知ってることならすべて話します。ただ、知ってることといっても限られてるから・・・。」


「赤坂さん以外の同僚の方は何か知ってることとか無いんですか?」


「どうだろう、、、でも、私以外の人には多分その話はしてないと思うんですけど。仲良くさせてもらってたので。」


「そうですか、それでその相手のこと、何か知ってることはありませんか?どこに出かけたとか、どれくらいの頻度で連絡してたとか、何でもいいんです。」


「場所ですか。。。特に話してたのは付き合ってるとか恋愛感が合うとかそういう話ばかりで、私もあまり聞いちゃいけないことだと思って詳しくは聞いてなくて、ごめんなさい。」


「場所じゃなくても、出会ったきっかけとか何でもいいんです。現状、依頼してる探偵会社しかあてが無くて、それでも探偵会社に払う費用ばかりが嵩んで、それでも何も進展しない状況に焦ってしまって、こうやって手繰っていこうと思ってまして。」


「探偵会社は何か居場所をつかめそうな情報はあったんですか?」


「何も無いんですよ。浮気してた事実とか、そういうのが何も無い状況だから手探りで探していくしかないらしくて、だから余計に費用も掛かって。」


「そうですか。急には思い出せないんですけど、何か手がかりになりそうなこと思い出したら連絡します。でもまさか失踪してたなんて。この間まで一緒にいた人が失踪だなんて・・・」


赤坂の顔にショックの色が見える。
この間まで一緒に働いていた同僚が突然いなくなったことを知らされたらそれは当然の反応だろう。
しかし頼りにならない探偵会社と、赤坂しか頼れる存在がない今、この女性に何か思い出してもらうしかない。


「ええ、お願いしますよ。実は探偵会社も今週一杯で依頼を打ち切る予定なんです。打ち切るというよりも、週契約でずっと手がかり無しだとお手上げだと。何か手がかりが見つかってから再依頼してもらったほうがいいとの話で。」


「じゃあ、後は警察に頼るしかないんですね。」


「そういうことになりますね。」


赤坂との話で何も得ることはなかった。
それでも探偵会社や警察よりは典子について知っている。
何でもいいから知りたいという気持ちだけだった。




夜、単身赴任先の部屋のソファで横になっていた。
今は待つしかない。
時間がたつのが怖かった。
妻の会社には妻は入院したと伝えた。
軽い病気だからまた連絡するとだけしか伝えていない。
子供たちには妻は2週間ほどの長期出張になると言っている。
突然のことだから不信に思ってることは確かだろう。
妻に電話したりしていないだろうか。
どこから家族が崩れていくかわからない。
何もかもがめちゃくちゃになりそうだ。



その時インターホンが鳴った。
まさか、妻か?
誤りにここまで来たんだろう。
焦燥感と喜びの両方が体中を駆け巡る中ドアを開ける。

「メール便で~す」

威勢のいい兄ちゃん封筒を差し出す。
それを受け取りながら、心臓がドキドキするのがわかった。
配達の兄ちゃんに礼を言い、部屋のソファに座りながら封筒を見る。
差出人は書いていなく、軽い。
中身は紙のようだ。
あのDVDの入った差出人が書いてない配達物が届いたのは昨日のことだ。
同じ人間が送っていることは明白だった。
手紙の封を開け、中身を取り出す。


今度は手書きではなく、パソコンで作られたらしき文体だった。
何が書いてあるのかを読むのに勇気がいる。
一つ深呼吸をし、手紙を読む。




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はじめまして、典子の所有者です。名前は明かすつもりはありません。
昨日のDVDはご覧いただけたでしょうか?
ご覧いただけたらわかると思いますが、私達は典子を私達の女としていくものとして考えております。 典子もそれに同意しており、複数いる所有物の一人として私のために生きてもらうこととしました。 典子自身もそれを望んでおり、これからの人生をこちらにささげることを喜んでおります。
典子はあなたと出会い、家庭を気付いてきたことに対しては大切な思い出として考えているようです。 今でもあなた方の話をすると泣き出してしまいます。 しかし今後は所有主である私の女として、子供も作り別の人生を生きていくことを決断いたしました。
私達といたしましては、婚姻などの法的なものには興味はありません。 あなた様が婚姻関係を続けたいとのことであればそれでも構いません。 しかしながらそれは手続き上の問題であり、典子の今後は私達と共にあることをご了承ください。
一般の感覚ではご理解いただけないかも知れません。
それに際しまして、せめてもの温情として今後典子が歩むべき道としての私共の考えをお知らせいたします。
今後1年、私達の所有物として所有主の決めた箇所への所有主の決める刻印を打つこと、所有主の利害関係者への接待要因として自身の意思を捨て完全なる奴隷としての行き方を学ぶこと。
今後1年で考えていることは以上です。
見ていただければわかるとおり、今までの生活を続けることは難しいと思われます。
典子の生活の一切をこちらで引き受け、管理させていただきます旨、お伝えいたします。 それでも現実を受け止め、私達もあなた様も別の人生を歩んでいけるよう、心から望んでおります。



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目からあふれ出てくる涙。
どうすればいいかわからない自分の愚かさを心の底から感じた。
何を意図しているかわからない。
もう自分が考えているような話ではないのかもしれない。
自分の男達への追及の意欲を削がれようとしているのかもしれない。
沸々と湧き上る男達への憎しみと、すべてが崩れ去っていく空虚さの両方を同時に感じていた。
最終的にどっちの感情が残るのかはわからない。
いろんな感情が入り混じりどうしたらいいのかわからなかった。

子供たちの母親であり、妻である典子と会うこともできず話すこともできない。
気持ちを確かめることもできない。
それでいて決別宣言ならぬものを見せられ、浮気相手からは典子と新しい家庭を作るとの手紙。
まるでネット上で性欲の為に卑猥に見せるために晒されている女性たちのような扱いを受けている自分の妻。
ただ平凡に暮らしているだけでなぜこんな風になってしまったのか。
それとも平凡だと思っていた生活は虚像のもので、今実態を現し始めただけなのか。
自分の中の自信が崩れ去っていく。
本当に大切にしたいものが何なのか、今まで生きてきた意味すらわからなくなってくる。
出会い、お互いに想い合い、結婚し、家庭を作り、幸せといえる生活をしてきた。
それがもう終わりだと突然の宣告を受けた。
宣告ではなく、男からの勝手な考え。
頭の中で整理する気も起きず、ただ湧き上るべき感情が湧き上ってくるのかだけを確かめていた。



・・・その週末は妻のいない福岡の家に帰った。
子供たちは何事も無いように普通に過ごしていた。
料理も娘が作り、自分がいなくてもすべてが回っていることに改めて気付く。
今すべきことへのモチベーションすら湧かない。
感情がおかしくなっている気がした。
自分の心の底、本質の部分から湧き上ってくる感情があるとすればいつ湧き上ってくるのだろう。
大切なもの、守りたいもの、やるべきことを認識してくれる感情。



そして1週間後の日曜の夜、一本の電話からすべてが動き出した。
わからなくなっていた感情が自分の中に確かに湧き上ってくる。
楽観的に考えれば良い方向に進むという考え、人を憎むことなど避けてきた性格、それがどれだけ取り返しのつかないことを招いたか自分でもわかっている。
自覚しながらも仕事で経験を重ね、自信を付け、取り繕ってきた鎧。
その鎧はすべて剥がれ落ちた。
今あるものは自分の本能から出てくるたった一つの感情。
やらなければならないたった一つのことをやる手段を掴んだ。