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 玄関に鍵は掛かっていなかったのか、そんな事を思いながら、千明は由香に続いて靴を脱ぐと、失礼しますと小さな声を発した。
 廊下を先に行く由香が、ここですねと右側の引き戸を開けた。
 その部屋は8畳ほどで、中央にベッドがあって、その奥に4人掛けのテーブルと椅子が置かれてある。
 中まで入ると、モワっとした空気が二人を覆った。4月のこの時期は寒い夜もあって、それを考慮していたのか暖房がかなり効いている。
 千明はアルコールで温まっていた身体が、更に熱くなる気がした。


 「由香ちゃん、ここに彼…いるの?」千明が怖々と訊ねる。
 瞬間、由香の顔がへっと歪む。
 「彼?…お付き合いしてる人はいるって言いましたけど、彼とは…」
 千明の頭にハテナマークが浮かんだ。どう言う事なのだ。自分は今、変な事を訊いたのか。
 「あの、ここで少し待っててもらえますか」
 言うなり由香が、部屋から出て行ってしまう。ひょっとして彼女を怒らせてしまったのか。
 酔いが残っていたのか、頭が少し痛む。千明はジャケットを脱いで、椅子の一つに腰を降ろす事にした。
 クーラーは熱い風を吐き続けている。千明はタイトシャツのボタンを一つ外した。
 部屋の中を改めて観れば、壁紙は張り替えられ、絨毯も新しい物に代えられているようだ。
 その時、ミシミシと何かが歪む音が聞こえた。千明は首を傾げて、視線を上に向ける。
 新調された壁紙と違って、天井は年季が入った古い木目調。その中に幾つか、節穴がある。
 ミシミシと又も音が鳴った。2階に…いや、天井裏に誰かいるのか。もう一度上を見上げてみると、節穴が人の目に観えてくる。
 と、歪みの音が動き始めた気がして、千明の背筋がゾクリとした。何かが動く気配を感じる。
 やがて今度は、廊下の方からミッシミッシと足音が近づいて来た。
 千明は椅子から立ち上がった。身体は無意識に身構えている。
 「由香…ちゃん?」心細い声で訊ねる。
 ガタっと音がして、扉が開かれた。男!その瞬間、千明は声を上げそうになった。が、男の顔には見覚えがあった。


 「え、誠也君のお父さん!?」
 それは息子のチームメイト、東山誠也の父親であった。
 まさか由香の相手と言うのは…千明の頭に子供達の顔と一緒に母親の明美の顔が浮かんできた。
 東山が入って来る。手には盆を持っている。その上にはワインなのか酒瓶がある。
 「あの、奥様…明美さんとは、昨日もグランドで…」何を言ってるのだ私は、と千明の声が裏返っている。
 「ええ、知ってますよ。明美も練習のお世話に行ったと聞いてますから」
 ああ、この声は間違いなく誠也君の父親の声である。
 「すいませんね、わざわざ来ていただいて」
 「あの、由香ちゃんが付き合ってる人って…」
 そこで東山がパッと掌を向けた。「まあ、取り敢えず座りましょう。デリケートな話ですし、酒でも飲まないと聞けないと思いますし」と、早口で告げてきた。
 コクっと頷き、千明は腰を降ろす。前の椅子には東山が座る。
 「実はね…いや、話をする前に」言って東山がグラスに酒を注ぐ。「松山…千明さんはワインはいけるのかな」
 「ええ、まあ…」
 無意識に頷いてしまった千明は、由香のイメージと東山を重ねようとしている。
 男女の仲は摩訶不思議で、予想出来ないカップルがいてもおかしくはない。しかし、本当に…。そう言えば由香は、恥ずかしさのあまり、何処かに隠れてしまったのか。
 「えっと、こんな時に何だけど、ここはやっぱり乾杯かな」
 見れば千明の前にグラスが置かれていて、東山の手にも同じものが握られている。




 立ち上がれば頭がぶつかる程の狭い空間にも、幾らか慣れてきたようだ。由香は這いつくばりながら節穴から下を覗いている。
 由香の直ぐ横では、明美が同じように腹ばいになって由香の背中に手を置いている。
 「由香ちゃん、声は大丈夫だと思うけど出さないように気を付けてね」明美が由香に唇を寄せて囁く。
 古い建物のこの場所に連れて来られて、由香は初めて天井裏というものを知った。厳密には、ココは1階と2階の間で、改築された空間らしい。
 「どう、下の様子は?」
 「いえ、まだ…」
 「ふふふ、うちの人、上手くやるかしら。どう思う由香ちゃん」
 「え、そんな…」私に訊かれても、と言いたげな瞳を、由香は明美に向け直す。
 「でも主人は、やりきると思うわ。いざとなれば腕力もあるし。こっちは暫く、大人しくしてないといけないけどね」
 明美の手が由香の脇腹を擦って、そこから臀部に忍び寄っていく。
 「実はね、今日はバイブも用意してあるのよ。電動じゃないけど後で使って上げるからね」
 「………」由香が瞼を閉じて静かに頷く。
 「しっかり下を見ておくのよ」言って明美が、由香の臀を撫で回す。
 天井裏には頼りない灯りが一つ。微かなホコリ臭さも、今の二人には気にならない。
 「由香ちゃん、ちょっと腰を上げてみようか」
 「あぁ、はい…」
 由香が覗く節穴の先では、明美のご主人が身を乗り出すようにして話をしている。その様子を見ながら、由香が四つん這いのまま臀を突き上げた。
 「あぁ、貴女のお尻ってほんと良いわ。ジーンズの上からでも分かるこの張り具合」
 明美が匂いを嗅ぐように、由香の臀の割れ目辺りに鼻を擦りつけた。
 あっ、朱い唇から声が零れ落ちる。由香は慌てて、口を押さえる。
 「大丈夫よ、ちょっとぐらいなら声を出しても」明美が由香に囁く。
 その時、あ!又も由香が声を上げた。




 千明は、東山に両方の手の甲を包まれた瞬間、身体の火照りが一つ上がった気がした。
 「そんな訳で、僕と家内の間には夜の営みがないんだよ」東山が訴えるように、嘆きの声を上げる。
 「ちょっと待って下さい。そんな事より由香ちゃんは…彼女は何処に行ったんですか?何で誠也君のお父さんが…」
 「だから、その前に家(うち)の話を聞いて下さいよ。そんなでね、明美は浮気に走るし、僕は欲求不満が溜まるわで」
 「え、明美さんが浮気?!」
 「そう、千明さんもご主人が2年間単身赴任されてたから分かるでしょ。女ざかりだし“あっち”の方だって溜まってたんでしょ」
 「そ、そんな話をこんな所で…」
 「でもね、僕は明美を許して、その代わりとして別のパートナーを見付ける事に同意してくれてね」
 ああ、何を言ってるのだこの人はと、千明は眉を顰める。だが確かに、自分に女としての性欲がある事は理解出来る。しかしそれが、由香の話とどう繋がるのかが理解出来ない。
 「それで今夜は、千明さんに僕の心の痛みを知って貰って、お願いがあるんだよ」
 「お、お願い?…ですか。それは何…」
 「まあ、まずは彼女達の様子を一緒に見ましょうよ。そろそろ来ると思いますから」
 彼女達?と、千明の疑問が膨らんでいく。そして頭の中で、色んな事を反芻する。
 由香は付き合ってる人がいると云った。その人に会ってくれないかと頼まれた。しかしそれは『彼』ではないらしい。では何なのだ、と言うところで現れたのが目の前の人物、誠也君の父親であり明美のご主人である。その明美は、浮気していると言うではないか。




 下の声を聞き入れていた由香が、腰を叩かれて顔を上げた。
 「由香ちゃん、そろそろ降りるわよ」
 「はい…」頷いた由香の顔が上気している。
 ジーンズの上から弄られただけで、由香は濡らしていたのである。
 「ふふ、人の前でやるのって、きっと興奮するわ」
 「あ、明美さん、私やっぱり…」
 「ダメよ今さら。それに貴女は見られて興奮するマゾなんだから」
 「あぁ…っぅ」
 「心配しないで、アタシも人前は初めてだから。そしてアタシもマゾ。二人で恥を曝して快楽に堕ちましょうよ、ね」
 明美が由香の唇を塞いだ。由香の身体から力が抜けていく。唇が離れるとツゥーっ液が落ちた。
 「こんな物も用意してきたのよ」
 明美の手にはいつの間にか黒いマスクが握られている。
 「これは、何ですか…」
 「うふ、ネットで買ったの。バットウーマンって知ってる?」
 「バットウーマン…ですか。ひょっとして映画のバットマンの…」由香がマスクを広げている。
 「そうよ、ほら見てごらんなさい」
 「ほんとだ。でもこれだと…」
 「そうね。口元はハッキリ分かるし、目元も開いてるから、見る人が見れば誰か直ぐに分かるかもね」
 「………」
 「でもそれでいいのよ。アタシ達の正体が分かった方が、千明さんも対等な気持ちで恥を曝してくれるわ。後は主人が上手くやると思うし」
 明美の話に、由香が黙って頷く。
 「さあ、行くわよ」
 二人が狭い空間から這いずりながら出て行く。




 「い、今、上で物音がしませんでしたか」
 千明が東山の話題から逃げたくて、気を他所に振ろうとする。しかし当の東山は、千明の手に自分の手を重ねて赤ら顔を歪めるだけ。その表情には下卑た影が浮かび出ている。


 廊下に降りた二人は白いガウンに着替えていた。その中身はSMチックなランジェリー姿。
 扉の前に立って、二人がマスク越しに見つめ合う。明美がニヤっと嗤い、由香は頬を引き攣らせながら微笑む。
 「開けるわよ」明美が由香の手をそっと握った。


 扉の開く音に千明の顔が上がった。同時に、東山が千明の手を引いて立ち上がる。
 現れたのは、奇妙なマスクをしたガウン姿の二人の女。
 「え、な…なに!?」
 「へへっ、これはコスプレショーじゃありませんよ。でも一種のドッキリかな」
 椅子から立ち上がって、東山が二人の女に近づいて行く。
 「この二人、こっちは誰だか分かるよね」東山の手が、背の低い方の女の肩に置かれる。「この子は妻の愛人…いや恋人かな」
 千明はハッとなって、そこで気がついた。開いたマスクの目元も口元も見覚えがある。背の高さも、肩幅の感じも間違いない。
 まさか、どうして…。
 「そしてこっちは…ふふ」
 意味深に笑う東山に、千明はまさかの人物を浮かべていた。
 「じゃあ千明さん、じっくりと見物させてもらいましょうよ」
 東山が千明の隣に来て、その肩に手を掛ける。千明は腰が抜けたように、ストンと椅子に落ちた。
 隣の椅子を千明に寄せて、東山が座って千明の肩に手を回す。そしてもう一方の手を彼女の手に重ねる。千明の心臓はバクバクと鳴っている。


 千明達の様子をマスク越しに見ていた由香は、肩を引かれて明美と向かいあった。そこに唇が寄って来て重なる。瞬間、ヌメッと舌が刺し入れられる。
 唇が離れた途端「さあ裸よ、裸になるのよ」熱い言葉が降り掛かって来た。由香は自分の大切なアソコがキュンとしたのが分かった。
 ガウンはあっと言う間に脱がされ、気付けば明美も脱いでいる。黒い扇情的なランジェリーを身に着けた我が身を想うと、イヤでも視線を意識する。観衆は二人だけだが、そのうちの一人は同性で良く知る人物。しかも教え子のお母さんである。
 下腹辺りがモゾモゾして来る。ショーツだ、コレを脱ぐと何処かに飛んで行けそうな気がする。
 「明美さん、アタシ…」
 明美の手が乳房に触れた。揉まれる。もっと強く揉んでほしい。乳首を捻り潰してほしい。
 由香のブラが明美によって剥ぎ取られる。ピクン色の突起が鋭敏になっている。
 明美が由香の背中に廻って、後ろから乳房を鷲掴む。
 二人のアソコがキュンと共鳴した。それは二人が一緒に、恥を曝す始まりの合図だった。


 由香が放った『明美』の声を、千明は確かに聞き取った。
 彼女が告げた会って欲しい人とは、東山誠也の母親の明美だったのである。しかも二人はレズビアンの恋人どうし。
 そしてそれを認めた明美の夫が、千明の肩を抱いているのだった。