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画面の中、人気のなくなった部屋の白いベッドを、高志はぼーっと見つめている。
 モニター室のようなこの部屋は充分クーラーが効いているはずだが、高志の首筋には不快な汗がこびり付いていた。


 「ご主人・・」
 落ち着いた声に振り向けば、堂島が立ち上がり、こちらを見下ろしていた。
 堂島の手にはいつの間にか、1枚のDVDが握られている。


 「・・あの若者達は今頃、何をしていると思う?」
 堂島がタバコを取り出し火を点ける。
 高志の頭の奥では弥生が吐き出した歓喜の叫びと、新一が晒したあさましい姿が映像のように繰り返されている。


 「あの二人は今頃、罵(ののし)りあっているか・・・あるいは・・・・」
 「・・・・・」
 「しかし・・・・男と女の仲は摩訶不思議なもんじゃな。破廉恥な姿を晒したあの二人が今、別室で何をしておるか・・・後で直接本人たちに聞いてみなさい」
 「・・・・・」
 「さて」
 堂島がフーッと煙を吐き出した。


 「昨日、沖田が先程と同じショーを客人達の前で見せてくれてな」
 (・・・・・)


 「そしてショーのクライマックスの頃には、男どもの我慢も限界に達してな・・・」
 「・・・・・」


 「・・・それでどうなったと思う?」
 堂島がタバコを灰皿に置き、嬉しそうに微笑んだ。
 そしてDVDをケースから取り出した。


 高志は冷たい視線に見つめられている。
 細い目が瞬きせず、高志を引き込んでいく。


 「・・・あの・・・」
 高志の口から重い言葉が漏れたが、その後は続かない・・・。
 「ふふ、貴方の聞きたい事は分かっておる・・・・・だが、まずはこのDVDを見るのじゃ」
 黙り込んだ高志を見つめ、太い指がDVDを機材に差し込んだ。


 3つのテレビ画面が一旦暗くなり、映像が始まった。
 いきなり飛び込んできた光景に、高志の胸は張り裂けそうになった。
 ビデオはつい先程と同じように、新一が素っ裸のまま沖田と“女”の繋がっている“その部分”に顔埋め激しく唇を動かしている。弥生であろう女は、黒いマスクを被っている。
 そしてベッドの周りには、卑猥な光景をカブリ付くように見つめる人影がある。
 人数は5人。先ほど堂島が言った男達。どこかの経営者に教授、そして金融機関に勤める者達だろうか。皆その素性を隠すように怪しげな仮面を着けている。
 そして男達は皆、お揃いのガウンを纏っているが、その前が大きく肌蹴ている。男達はみんな股間を晒している。


 やがて女の感泣の叫びと同時に、新一が白濁の液を吐き出した。
 3人のもつれ合った絡みが終わると、沖田が女を抱きかかえる。そして取り囲む男達に軽く頭を下げて、部屋を後にした。
 新一も股間を抑え、画面から消えていった。


 高志は苦しそうに、息を吐き出した。
 その時、画面に大きな影が現れ、高志は思わず振り向いた。
 現われたのは着物姿の堂島。


 ビデオの中で、堂島が仮面の男達に話しかける。
 『フフフ、皆さん、自慢の持ち物が大きくなってますな・・・。そうでしょう、卑猥なショーを、しかもこれだけの距離で見たのですから』
 高志の隣では、ビデオに映る自分の様子を楽しげに覗く堂島がいる。


 『では、そんな皆さんの熱くなった“物”を鎮める為に儂の秘書が一肌脱ぎます』
 「“ングッ”!!」


 『東北の時は皆さん、お預けを喰ったのですから今日はタップリ楽しんで下され』
 堂島が男どもの様子に微笑みながら、ポンポンと2度手のひらを合わせる。直ぐに画面の中に人影が現れた。
 一人は沖田。沖田は全裸のまま。その股間の物は幾分か小さくなったように見えるがふてぶてしい。
 そして沖田に手を引かれ、男どもの前に押し出された女・・・。
 高志は再び息を飲み込んだ。


 女は口元だけが開いた黒マスクを被り、それ以外は全く何も身に付けていない。
 (・・・弥生ちゃん?・・・)
 高志の頭の中に一瞬その名前が上がったが、よく見れば身体付きは優しく、少しふくよかな下腹に薄い陰毛。肩幅は見覚えのある形なのだが・・・胸は豊満なもの・・・。


 (・・・誰?・・・)


 高志の思考は一瞬止まり、画面の中でも男達がその女を値踏みするように静かに見つめている。


 『よし』
 堂島が頷くと、沖田が女の手をとりベッドの上へと導いていく。
 高志の耳に心臓の鼓動が聞こえてきた。


 いつの間にか男達は皆、ガウンを脱ぎ去っていた。顎ヒゲの男に髪の毛を七三に分けた男。恰幅のよい男に色黒の若そうな男もいる。みな怪しげな仮面の奥から、女を欲望の対象として覗いている。
 沖田がベッドから降りると、交代するように2人の男が飛び乗った。


 「・・・お おい・・・この・・女・・・」
 高志の呻きなど関係なく、映像は進んでいく。
 ベッドに上がった男が、早くも大きな乳房に手を伸ばしていた。もう一人の男は跪(ひざまず)き、下腹と臀部を撫で回している。


 「ご主人・・・儂は巨乳が好きなんじゃが、貴方はどうだ?」
 冷たい声は頭を掠めるだけで、高志は映像から目が離せない。


 また一人の男がベッドに上がり、女の唇を奪う。すると隣の男が唇を奪い返す。そしてまた別の男が割り込み唇を奪う。
 5人の男は次から次へと代わる代わる女の唇を奪っていく。零れ洩れる唾液の粘着音は情欲を誘い、互いを高める役目を担っていく。


 女の吐息は早くも乱れ、巨(おおき)な乳房が波を打つ。
 下腹は揺れ、腰回りは震えを起こしている。
 やがて頼りない足元は崩れ落ち、男達の手は白い肢体を仰向けに押さえつけた。


 画面いっぱいに女の秘苑の全貌が明らかになり 複雑な構造のありのままが晒される。
 まず一人、顎鬚(あごひげ)の男が正常位で貫いた。
 女は歓喜の叫びを吐き出しながら、脇腹がグニャリと歪む。脂がのった肉の揺れは、女が成熟している事を現している。
 高志の頭の中に、 ・・・・ “まさか” ・・・・ “しかし” ・・・・ 鈍痛に似た高まりが沸き上がる。


 正常位で突いていた男は直ぐに次の者へ、射精する事なくその役目を渡していく。
 髪型を七三に分けた男は、女に四つ足を付かせ後ろから貫いた。


 やはり歓喜の声を上げ、女の背筋は窪み、激しく上下に波を打つ。
 叫びの余韻を塞ぐように口元には、何本もの生殖器が群がってくる。
 女は性臭の匂いに導かれ、それらを咥えこんでいく。


 激しく臀肉を打ち付ける音と、口元の嗚咽。黒マスクの目元が濡れて見えるのは随喜の涙か、肢体の震えは確実に強くなっていく。
 後背位で突いていた男も、また別の男にその位置を譲っていく。
 色黒の男が揺れる乳房の下に身体を滑り込ませ、騎乗位の体制に導いていた。
 手を余した男が尻肉を掴み、これでもかと開陳した。


 黒い肉棒が出し入れされるそのすぐ上では、菫色の窄まりが物欲しそうに轢き付いている。
 また一人別の男が、唾液に塗れた長い舌をその穴に差し込んでいく。
 そして肛門性交が始まった。
 悲鳴のような声には間違いなく妖しい響きが混ざり、黒マスクは揺れ、女の意識は桃源郷を彷徨った。


 アナルを突いていた男も、下から突き上げていた男も、女が逝く寸前にその持ち場を渡すように代わっていく。
 生殺しの状態を強いられ、女は自ら悦楽を請うように甘い声を吐き散らす。
 そして男達は2回り、3回り目に入り、それぞれが精を注入して終えていく・・・・。




 “ポン”と肩を叩かれ、高志は振り向いた。
 堂島の顔が静かに畏まっている。
 画面の中、女の身体は浴びせられた欲望の液で汚れている。


 「この女・・・切っ掛けはどうであれ本物の牡(おとこ)を知ってしまい、世間でいう“浮気” “不貞”といった過ちを犯してしまったと自分を責めたであろう・・・」
 堂島が横たわる女の映像に視線を戻しながら、静かに語り始めた。


 「しかし、いつしか不貞で快楽を得るようになり、アブノーマル・・・・SM、肛門性行、輪郭・・・性の修羅場をくぐり抜け、限界がどこにあるのか・・・知らずに自分から高まりを求めていったわい。己が堕ちた性の地獄に背を向けんかったのは、間違いなく資質があったという事じゃ」


 「普段の仕草、肢体、声、それにちょっとした表情にも妖艶な色気を見せるようになってな。まあ、それが“男”に馴染んだという事なんじゃが・・・」


 「それにしても“女”は凄いわい。美醜 善悪 優劣などの単純判断がいかに愚かな事かを教えてくれおる」


 「それと・・・」
 堂島が言葉を切る。そしてゆっくり高志を見つめなおす。細い目尻が微かに下がり優しく微笑んで。
 「・・・“夫婦”にもいろんな形がある」
 「・・・・・・」
 「順風満帆にみえた関係にも隙間ができるもの。野放図な新婚時代はやがて倦怠期に。悩んだり、不倫の泥沼に入りこんだりする者もおる。互いがすっかり味わい尽くしたと思っていたのに、互いに欲情する未知のポイントがあったりもする。そんな発見が夫婦の醍醐味かもしれん・・・・・・というのもまあ、儂の理屈じゃが・・・・」
 「・・・・・・」
 「ふふ・・貴方はどういう“タイプ”か?」
 「“ゴクリ”・・」
 「・・・・さて、能書きはここまでじゃ」
 「・・・・・・」


 「・・・もう分かっておると思うが、この巨乳の女は貴方の妻の夏美じゃよ」
 「!!・・・」
 「儂は巨乳好きでな。夏美に胸の手術を勧めてな。夏美の奴も儂の為に喜んで受けてくれたわい」
 「・・・・・・」
 「では、そろそろ妻君とご対面じゃ」


 瞬きさえ出来ずに強張った高志の横を通り抜け、堂島が部屋のドアを開ける。
 堂島が黙ったまま扉の向こう、暗闇に消えていく背中に導かれるよう高志の足が一歩、また一歩と動き始める。


 そして高志は、暗い闇の中へ吸い込まれていった・・・・。