小説本文



テレビのニュースは昼間の暑さが、この夏1番の気温に達した事を告げていた。
 2日前に東京に戻っていた高志は、リビングのソファーに腰を沈め、また溜息を吐き出した。
 目を瞑ると悲しい喪失の感情と同時に、あの日の記憶が蘇ってくる。


 堂島の屋敷・・・・夏美の昇進パーティーの席で気を失ってしまった・・・と、見知らぬベットで高志にそう告げたのはゴリラの様な男、沖田だった。
 一言だけ告げて部屋を後にした男の後ろ姿に、弥生と新一の顔が思い浮かんだ。しかし、入れ替わる様に現れた女の意味深な笑みに、高志の中に言いようのない緊張が沸き起こった。
 女は“幸恵”と名乗り、簡単な挨拶を済ませるとラウンジに誘い、そして淡々と話し始めたのだった・・・・。


 『ご主人、ふふ・・・貴方の奥様の夏美さんはね、泰三様に身も心も捧げられたわ』
 『なっ!? 何を訳の分からない事を・・・』
 幸恵は不快な顔を向ける高志を横目に一旦コーヒーを煎れ、そして再び話し始めた。
 『泰三様は夏美さんと初めてお会いした時から、彼女の本能が心の奥深い所で満たされないまま燻(くすぶ)っている事に気付いておられたのよ』
 『・・・・・』
 『同時に夏美さんも泰三様の事を、自分を導いてくれる“主”である事を子宮で感じとったの』
 (・・・・何を馬鹿な事を・・・・)
 『それで4月にこの土地で再会した時、泰三様が夏美さんを強引に奪ったの。この屋敷で無理やりね』
 『何だと!』


 『でもね・・・泰三様の太い指が肩に掛かった時には、恐怖と同時にキューンとしたものも感じたんじゃないかしら。そして洋服を引きちぎられた時は素肌を晒す羞恥の気持ち同時に、本能が解放に向かう安堵の気持ちもあったのよ』
 『おいっ!待てよ、それって レ レイプしたって事か・・・・』
 『ふふ、ご主人落ち着いてね。でも結局は夏美さんの心の奥底は泰三様のような強い牡を待ち望んでいたのよ。』
 『何!?』
 『そして今の夏美さんは私と同じ、その牡に全てを捧げる一匹の牝よ』
 『!!』
 『・・・・・・』
 『あ あなた、頭がおかしい・・・』
 しかし幸恵は口元に微かな笑みを浮かべ、静かに高志を見つめている。


 高志の額から汗が一粒流れ落ち。
 『お おい、堂島泰三っていうのは教育者だよな?・・・今のは、ほ 本当の事なのかよ・・・』
 『ええ、本当の事よ。泰三様は素晴らしい教育者で、夏美さんは泰三様に導かれ、全てを捧げる決心をしたのよ』
 『う 嘘だ・・・・半年くらい離れて暮らしたからって、夏美の気持ちが離れる筈がない・・・まして乱暴された相手を・・・』
 『ふふ、でも事実なの。夏美さんはね、泰三様に強引に奪われた後もしばらくは心と葛藤を続けたけれど身体は求めていたのよ』
 『嘘だ!いい加減な事を言うな』
 『いいえ、嘘じゃないわ。・・・夏美さん、怪しげな性具を使って独りで自分を慰めたりもしてたのよ、もちろん泰三様の事を思い浮かべてね』
 『!!・・・』
 『それに最近は泰三様の気をひく為に、艶やかなランジェリーもご用意されたそうよ』
 (う 嘘だ・・)
 『嘘だと思うなら後で部屋のタンスの中でも探してみてごらんなさい』
 『・・・・・・・・』
 『ふふ、それでね、夏美さんは今頃、泰三様と一緒に東京に向かってるのよ』
 『何!?』
 『ええ。泰三様のお仕事を成功させる為に、身も心も捧げる覚悟でご同行されたわよ』 
 (身も心もだと・・・)


 しばらくして、高志は屋敷を飛び出し、部屋に戻るとタンスの引き出しを上から開け始めた。
 そして、“ソレ”を見つけて愕然としたのだった・・・・・。


 そこまで思い出して高志はがぶりを振った。
 そして携帯を手に取り、メールと電話を繰り返した。あの日からも返事は一度と無く、高志は又、堂島学園に向かう事にした。


 堂島泰三が幹部になってから、全国から生徒を集めるようになったと夏美から聴いた事があった。
 俗に言う“落ちこぼれ”をあえて受け入れ、更生するという教育方針。その考えに共感し、堂島泰三の元を訪れた妻、夏美。
 高志は当時の事を思い出しながら、再び学園の前までたどり着いた。
 学園は部活動を行う生徒の人影もなく、その閑散とした様子は昨日一昨日とこの日も変わらなかった。高志は校舎を見つめながら、流れ落ちる汗を拭(ぬぐ)いながら唇を噛み締めた。




 その頃。
 新一は着替え終え、ベットの縁に腰を降ろした。この消毒液の匂いとおさらば出来ると思うと、本の少しだけ気も晴れるのだが。時計を見て呼んだタクシーが来るにはまだ時間があるのかと、小さく溜め息を吐いて天井を見上げた。
 この数日、頭の中は複雑な感情で訳が分からずこんがらがっている。堂島理事長の屋敷に住む厳つい男、沖田。
 沖田は弥生とのセックス・・神社の秘密の場所(と思い込んでいた)での行為を知っていた。そして夏美先生の部屋を訪ねた事も知っていたのではないか?
 得体の知れない恐怖は今なお新一を包み込んでいる。
 その時、病室のドアがノックされ、同時にゴリラの様な男が現われた。


 「太田君、怪我の方は大丈夫ですか。君には大変申し訳ない事をした」
 息を呑む新一の前で沖田が頭を下げ、そして静かに話し始めた。
 「次の日、夏川弥生さんにも責められてね」
 (えっ!?)
 「それで弥生さんには、ちゃんと説明しておいたよ。弥生さんは直ぐに私の事を理解してくれてね。逆に君の事は、酒の力を借りたとはいえ私に向かってきた事は褒めていたけど・・・私の軽いパンチ一発で吹っ飛んだ君にはガッカリしていたよ。やっぱり軟弱な男だって」
 「・・・・・・・・」
 「そして弥生さんはね、私の気持ちも受け止めてくれたよ」
 「?・・・」
 「それで今日ここに来たのはね、弥生さんに君を連れてくるよう頼まれたからなんだよ。この退院のタイミングでね」
 「・・・・・・・・」
 そこまで告げて沖田は、ニヤリと笑って見せた・・・・・。




 それから更に3日が過ぎた。
 高志の夏休みも残り少なくなっている。
 朝起きると携帯電話をチェックし、トーストをコーヒーで流し込む。洗面所の鏡に映る顔は頬が扱け、無精髭は陽に焼けた顔を一層暗く見せていた。
 東京に戻ってきた当初の意欲・・・妻と会いたい、そして問いただしたい・・・屋敷の女、幸恵の言った事は本当なのか・・・しかし、思考は悪い方向へ向かいつつある。やはり、目の前に姿を見せないという事は・・・・。


 この日も出来る事と言えば、また学園に行く事だと、高志はマンションのエントランスに下りてきた。
 太陽の照り返りでモワッとした道路の向こうから、一人の男がフラフラこちらに歩いて来るのが見える。
 高志が男の横を通り抜けようとした時だった。


 「あ あの・・・な 夏美先生のご主人・・・」
 「?・・・」


 高志はしばらくその男の顔を見つめ、そして驚いた。
 「き 君は、・・・太田新一君?」


 黙ったまま頷いたのは、間違いなく太田新一だった。しかし1週間程前、大学で見かけた時とは随分と雰囲気が違って見える。
 ボサボサの髪の毛にドロンとした瞳。ポロシャツの裾の半分がだらしなくズボンからはみ出している。足元は頼りなく、高志には薬物患者のように見えた。


 「ど どうしたんだい、こんな所で・・・確か、入院して・・」
 そこまで口にして高志の頭に、弥生の事が思い浮かんだ。


 「・・・久しぶりです。・・・あの、沖田さんに連れてくるように言われて・・・」
 「えっ?沖田って・・・あの沖田・・・何で?」
 新一の鈍よりした言葉に、高志は困惑気味に訪ねていた。


 「理事長と夏美先生が・・・会館で・・」
 「何!夏美が」
 「・・・高校のそばに会館があって・・そこで・・・」
 新一の言葉はどこまでも重く、そして暗い。
 高志は数瞬考えて、そして息を整えた。
 「新一君、学園の会館があるんだね?それでそこに堂島理事長と夏美がいるんだね?そして君は、僕をそこに連れてくるよう沖田に言われたんだね?」
 「・・・・はい」
 高志は黙ったまま頷くと「行こう」と声を掛けた。


 高志は電車に揺られながら、隣の新一にいくつか話しかけた。
 怪我の具合は?
 なぜ東京にいるのか?
 どうして沖田が新一を・・・?
 そして。
 「弥生ちゃんは知ってるのかい、君が東京に来ていることを?」
 それまで高志の質問をやり過ごしていた新一だったが、その時だけ顔を上げて。
 「や 弥生も・・・いるんです」
 「えっ!?」
 「はい・・・弥生も理事長や夏美先生や沖田さんと一緒に・・いるんです」
 その瞬間、新一の瞳が潤んだ様子を高志は見逃さなかった。


 二人はその後、目的の駅で降り、しばらく歩き続けた。そして白い大きな建物の前にたどり着いた。
 「・・・ここに連れてくるように言われました」
 暗い声の横で高志は、目の前の“堂島記念館”と掲げられたら看板を見上げていた。


 人のいない受け付けの前を新一と一緒に通り抜けると、廊下の先に地下に続く暗い階段が見えてきた。
 一瞬冷気を感じ、汗のかいた背中に冷たいものが走る。
 高志は緊張を覚え、その暗い階段を下り始めた。


 この先に何があるのか?
 夏美は何故、こんな所にいるのか?
 そこで何を?
 そして弥生までも何故此処に?しかも堂島達と・・・。


 階段を降り切った暗い踊り場の様な所に、無機質な扉があった。
 倉庫の入口か?いや地下室? 怪しげな雰囲気の中で、新一が振り返った。
 「・・・ここです」
 そう言った新一の声はやはり暗く、高志は黙ったままコクリと頷いた。


 その扉の中からは冷たい霊気が、いや、怪しい妖気が滲み出ているようだった。
 しばらくすると、鈍い音とともに扉が開かれ、暗闇から大きな影が現われた。
 着物姿の堂島泰三だった。


 「ご主人・・・元気にしておったかな・・・」


 白い物が混ざりながらもビシッと決まった髪型。歴戦の強者を印象づける目尻から頬にかけて走る皺(しわ)。
 そして伝わってきた冷たいオーラに、高志は身構えた。


 「おや?・・・貴方からも幸恵の旦那と同じような匂いがするのお」
 「!?・・・・」


 「んん・・・ご主人、そんな怖い顔をするな。直ぐに愛しい妻に会わせてやるわい」
 「!・・・・・」


 「その前にひとつ余興があるがな」
 「?・・・・」


 「さあ、太田君。君は先に行って準備じゃ」
 「・・・・・・・・・」


 フラフラと扉の向こうに消えていく新一の後姿。
 高志はその姿を強張った目で見送った・・・・・。

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