小説本文



堂島の研究室を後にして、夏美はキャンパスを職員室へと歩いていた。
 今しがたの出来事を思い出すと、背筋にはいつまでも冷たいものが流れ落ちてくる。
 もしも・・・行為の“真っ最中”の場面を見られたら。
 あの学生に限らず、やはり誰かが堂島の研究室をいきなり訪ねて来る事は有り得るのだ。
 堂島は自慢げに“有り得ない”ような事を言っていたが・・。


 あの学生・・太田新一が去った後の堂島の様子は、明らかに困惑したものだった。
 剥ぎ取られたショーツは、堂島の手で無意識に放り投げられていたのだろう。
 それがソファーの下辺りに落ちてしまっていた。


 ノックの音が聞こえた瞬間は心臓が止まるかと思った。
 そしてその後は慌てて目に付いたスカートを掴み、必死にそれを履くだけだった。
 何とか下半身を隠しただけで、ショーツの事など考える余裕がなかったのだ。


 そして一旦は、新一の訪問の意図に納得して。
 その次に“たった今来た”と言う言葉に“声”は聞かれていなかったと、胸を撫で下ろした。
 しかし、あのショーツを発見してしまい・・・。
 新一はそれに気付いていたのか? ・・・・と、恐怖した。


 もしも、新一があのショーツに気づいていたとしたら・・・・、自分達の事をどう思っただろうか?
 それは堂島自身も懸念しているはずだった。
 帰り際、堂島は新一についていくつか聞いてきた。
 堂島はおそらく、いや、間違いなく新一の事を調べるだろう。
 写真などを撮られた訳ではないが、理事長の立場としてまずいのは良からぬ“噂”が広まる事だ。
 勿論、それは夏美にとっても困る事となるのだが・・・。




 この日の夕方。
 帰り支度を終え、夏美はキャンパスを校門に向かって歩いていた。
 陽が暮れ、昼間の陽気もすっかり影をひそめ、まだまだ肌寒さが残る季節だった。
 何人かの部活を終えた学生が、夏美に挨拶をしながらすれ違っていく。
 夏美は笑顔を見せる事が出来ずに、俯いて会釈をするだけだった。
 

 その時。
 「こんにちは、夏美先生」
 不意の声に飛び上がりそうになるほど驚いた。


 「あ、すいません。驚かせちゃいました?」
 振り向くと新一がニコニコと立っている。


 あっ・・と思ったのはその横に可愛らしい女性が立っていたからだ。
 「こんにちは、夏美先生」


 ペコリと頭を下げたその女子学生の笑顔に、その場がパッと明るくなった気がした。
 夏美はドキリとしながら、その笑顔を見つめた。


 「あの・・あなたは?」
 「はい。○○学部2年の夏川弥生です」


 こんな田舎の大学にでも、“こんな娘(こ)”がいるのだ・・・と思うほど美人で可愛らしい“女性”・・・それが弥生に持った第一印象だった。


 「夏美先生、昼間はすいませんでした。“あんな事”言ってしまって。おまけに理事長との打ち合わせにまで顔を出しちゃって」
 「あ!?・・・ううん。私はどちらとも気にしてないわ・・・だから君も気にしないで」
 と、口にしたが、頭の中にはあの“ショーツ”の事が残っている。


 「あ~新一、本当に夏美先生を尾(つ)けていったの。信じられないわ」
 弥生がその可愛いらしい瞳を広げながら、大げさに驚いてみせた。


 「バカ、『尾けた』なんて言ったらストーカーみたいに聞こえるだろ」
 弥生の反応に新一は慌てた振りをしながら、冗談で切り返す。
 弥生も負けじと彼氏をイタヅラっぽい瞳で睨み返す。
 間違いなく二人は彼氏と彼女なのだろうと、夏美の頬が一瞬だけ嬉しそうに崩れた。

 
 「あ、そうだ、俺たち夏美先生の授業、正式に履修しますからね」
 「え、本当!? なら、うれしいわ」

 この時期はまだ“体験授業”の期間で、正式な履修届を提出するまでの間に、学生は色んな講座を”お試し”で受ける事が出来る、言わばオリエンテーションの期間だ。
 目の前の二人は、夏美の講座を正式に履修すると言ってくれたのだ。


 「先生、俺、あの講座のテーマって結構興味があるんですよ。これからも色々教えて欲しい事があったら直接先生に聞きに行っても良いですか?」
 「ええ、勿論よ!」
 夏美の口から明るい返事が飛び出した。


 「良し!じゃあ今度、先生の部屋まで行っちゃおうかな~」
 「こら!新一、調子に乗らないの」
 弥生が新一の頬っぺたを打つふりをする。


 「ううん、その時は弥生さんも一緒にいらっしゃいね。あまり綺麗な所じゃないけど。それにまだ助手だから、専用の部屋も持ってないし」
 寮の部屋に学生を呼ぶこと自体どうなのか? そんな考えも一瞬沸いたかもしれないが、夏美はどこかに溜まっていた“モヤモヤ”を吐き出すように一気に喋り続けていた。
 夏美を見つめる二人の様子も嬉しそうだ。

 
 「ところで、あなた達は今、帰り? 遅くなるとバスも少ないから大変でしょ?」
 いつの間にか、夏美の疑心・・ショーツの件は、どこかに消えていこうとしている。


 「いえ、実はこれから神社に夜桜を見に行くんです」
 「・・・・」


 「ほら、桜ももって後何日かでしょ?去年も行きそびれたから、今年は早めに行こうと思ってて」
 弥生が嬉しそうに微笑んだ。


 「そうだ!よかったら先生も一緒に行きませんか。みんな大勢で盛り上がってますよ」
 新一が嬉しそうに声を掛けたが、夏美は一瞬考える素振りをして。
 「ご、ごめん。まだやらなければいけない事がたくさん残っているから・・・。“新米”だから仕事がたくさんあって・・・」
 夏美は二人の静まった視線を感じながらも、最後にニコッと微笑んだ。そして次の授業で会う約束をした。


 二人の姿が小さくなるのを見届けながら、頬の辺りがピクピク震え始めていた。
 会話の様子からは、おそらく新一はあのショーツは目にしていないだろうと推測できた。
 新一の振る舞いと、屈託のない瞳に清々しさを持っているように思えたからだ。


 しかし、その後に悪気が無く口から出た言葉・・・“神社”。
 夏美は再び、重い足取りで歩き始めた。


 部屋に帰ると、いつも通り真っ先に浴室へと向かった。
 昔からシャワーより湯船派だったが、堂島との“事”があった日は、一刻も早く汚れたこの身を清める為にシャワーを選択していた。
 浴室には姿見の様な大きな鏡が付いていて、初めてここの浴室を使った時はその大きさにドキッとしたものだった。
 自分の裸を改まって見る機会など無くなっていたからだ。
 高志と結婚して初めて住んだのは、今のこの寮の部屋と同じくらいの大きさのアパートだった。
 その数年後マンションを購入したが、どちらの浴室にもこれほどの鏡はなかったと記憶していた。


 夏美は目の前の鏡を覗いてみた。
 子供を産んでいないとはいえ、35になってどことなく丸みを帯びてきたようなこの身体。
 小ぶりな乳房は、少し大きくなったような気がする。
 鏡に背尻を写し見する事は無いが、それでも間違いなくムッチリと熟した臀部。
 若い頃は勿論、今でも体形には気を使っていたつもりだった。
 しかし、夫婦の営みが減ってからは、気にする機会も少なくなってきたのかもしれない。
 とは言っても、友人との温泉旅行、職場の修学旅行などでは、必ず『綺麗な身体』 『贅肉の無い身体つき』と褒められていたが・・・。


 その時、下腹辺りからキューンと沸き上がってくる高鳴りを意識した。
 夏美は思い出したようにシャワーを手に取った。


 まずは頭から熱い湯を浴びせ始めた。
 時折り口の中に湯を流し込み、喉の奥まで洗い落とした。
 ボディーソープもいつも以上にタオルに染み込ませ、やはりいつも以上の力で身体を擦り続けた。
 肢をガニ股開きして、グッと腰を落とし痴毛を掻き分けた。
 己のみっとも無い姿は曇った鏡に写し出される事は無く、踏ん張った股間に手をやった。
 昼間の行為の後も直ぐにシャワートイレに駆け込んだが、やはりそのデリケートな部分を意識した。


 肢を踏ん張り、大臀に気を張って陰部を拡げる。
 右手の指を膣中に挿し入れ、左手のシャワーの狙いを定める。
 いつもの事だが不意に身体の中から惨めさが沸いてきた。


 浴室を出た後。この夜も食欲はさほど無く。
 バスタオルを巻いた姿のまま、冷凍ピザをレンジで解凍する。
 次に、ここ何日間の日課となってしまったワインを手に取った。
 そして先日の様に、そのボトルの太さと量感に身震いした。
 この日も自己嫌悪の波がやって来た。


 夏美はバスタオルのままダイニングの椅子に腰をかけた。
 下着は何も着けていない。
 タオルの裾がはだけ、むっちりした腿と黒い翳りが顔を現す。
 何かを忘れようと酒を口にするが、逆に神経が過敏になるのも分かっていた。
 しかし、分かっていながらグラスを口にする自分がいた。


 翳りの奥がジュクジュクと疼いてくる。
 浴室で泡の滑りついた指が女陰に触れた時も、それだけで電流が走り抜けた。
 いつしか身体が敏感になっている。
 シャンプーのボトルの太さも気にした自分がいた。
 目の前のワインボトルの注ぎ口を見つめてしまう自分。
 一人になった時から昼間のあの言葉が回っていた。
 『逝き足りんだろうが~』
 『逝き足りんだろうが~』
 『逝き足りんだろうが~』


 夏美はフラット立ち上がり、寝室へと移動した
 倒れ込む様にベットに崩れ、天井を見上げた。
 タオルの結び目は解け、身体の一部だけを覆っている。
 湯冷めの寒さは感じない。
 身体は火照っている。


 夏美はゆっくり目を閉じた。
 (・・貴方・・・・・)
 心の中には、その言葉が付く・・・のだが。


 片方の手が胸の膨らみを捕らえ。
 もう片方の手は、ゆっくりと下腹を通り過ぎ・・・。
 タオルの隙間を抜けると黒い痴毛を掻き分けた・・・・。

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