小説本文



この日、夏美はスカート姿で教壇に立っていた。
 1週間前、堂島の研究室で屈服を味わされた“行為”の後、携帯電話の番号とメールアドレスを控えられ、そして告げられたのだった。
 『儂に呼ばれた日は、必ずスカートを穿いて来るのだ』・・・と。


 あの日の3日後には、再び研究室への呼び出しが有り、やはり凌辱の限りを尽くされた。
 しかし、哀しいかなその凌辱は確実に身体を快楽の渦に巻き込み、最後は愉悦の叫びを引き出されていた。
 行為の最中に堂島が吐き出す言葉は確実に心理を突き、また、執拗な攻めは身体の五感を刺激した。
 悦楽の連続に、夏美はその日も戸惑った。


 また、その日は思いもよらぬ事があった。
 凌辱の後、服を身に着けた夏美に、堂島は“真面(まとも)な仕事”を命じてきた。
 それは買収を計画している東北の大学の調査で、堂島の意図を理解出来ないままにも、それなりにこなしたのだった。


 その日は、もう一つ出来事があった。
 その夜、帰宅した夏美に夫の高志から電話があったのだ。
 スカートから部屋着に着替え、食欲もないまま次の日の準備に入った頃だった。
 その電話は唐突に鳴ったーーーーー。


 ーーーーーーあの日・・わずか4日前の夫との電話を思い出すと、夏美の心には複雑な想いが沸き起こるのだった。
 この初めての土地で女の尊厳を汚され、大切なこの身を傷つけられた悲しさ・・・夫へ顔向けできないと、何度と心の中で手を合わせていたはずの自分。
 しかし、電話口の夫に、いつもの日常を思わせた自分がいた。


 『夏美久しぶりだね。元気?・・なんて元気に決まってるよね、夏美の事だから』
 『あ、貴方、・・え、ええ元気よ。・・・それより、お仕事の方はどう?』
 『ああ、相変わらず出張続きさ・・・・』
 『・・・・そうなんだ。・・・・身体の方は大丈夫? ・・・ご飯は、ちゃんと食べてる?・・・』


 会話は滑らかとはいかなかったが、それでも、夫とのやり取りをそれなりに受け答え“出来てしまった”自分がいた。
 電話を切った後に、“気づかれなかった”・・・と、安堵した自分。
 しかし・・・・“気づかれなかった” ではなく “気づかせなかった” のではないか!・・・自分はと。
 (ひょっとしたら・・・・これは不倫した女の常套手段ではないのか・・・)
 背筋に冷たいものが走り、夏美は自己嫌悪した。


 その日の夜、眠りについた瞼の裏には堂島と幸恵が交互に現れた。
 『~男と女の世界は摩訶不思議なもんじゃ~』
 『~泰三さんに抱かれるようになって、本物の男を思い知らされたの~』
 『~貴女はそれなりに喜んでるのかも知れないけど。でも、どう?本当は満足してなかったでしょ?~』
 『~貴女の中にも間違いなく獣は住んでおるのだよ~』
 『~よいか、もっと男に可愛がってもらえる女になれ~』
 『~うふ、さあ、これから楽しみね~』


 『・・・・・・・・・』
 「・・・・・・・・・」
 「・・・夏美先生?」

 
 「・・・・夏美先生? ・・・・・・夏美先生!!」
 その声にハッと我に返ると、一番前の席で男子学生が身を乗り出していた。


 「夏美先生、何ボオッとしてるんですか? ひょっとして東京にいる旦那さんの事考えてたんじゃないの?」
 教室中に笑い声が広がり、一瞬、夏美の綺麗な顔が引き攣った。
 夏美がその顔を一振りした瞬間、終業のベルが鳴り響いた。


 夏美は広げた本を閉じながら溜息をついた。それは2度目の講義を終えた安堵のものではなかった。
 身体を覆い被さるこの疲労感が心地良いものに変わるのは何時(いつ)になるだろうか?あるいはそんな日が来るのだろうか。
 大学を卒業して教員になった頃は最初から充実感があり、希望に溢れていた。
 しかし、今、心に鉛の様に圧し掛かってくるこの憂鬱な気分。
 夏美はふと、自分のいでたちを確かめた。
 たしか今日の講義でも、学生の視線を感じていたこの下半身。
 昔から“むっちりと張った”という表現が似合う嘆かわしい臀部。
 それを包み隠す白っぽい春物のスカート。
 この後、この格好をリクエストした男の元へと向かわねばならない心境。
 夏美はもう一度ため息を吐くと、出口へと歩き始めた。
 教室を後にする夏美・・その背中に先程、からかいの言葉を掛けた男子学生の視線が、静かに向いていた・・・・。


 春の天気は変わりやすいと言われるが、ここ数日は穏やかな陽気であった。
 キャンパスの所々に埋められた桜の木には見事な花が咲き誇っていて、花見気分の学生の声がどこからか聞こえてきた。
 そう言えば、神社の桜は、この辺りではちょっとした花見のメッカである事を同僚からも聞かされていた。
 夏美の中では苦い記憶の神社。
 それは、あの若い男女の“行為”を見てしまった場所。
 堂島からは“覗き”と責められ、偶然であった筈の出来事に狼狽を隠せなかったあの夜。
 心の中に出来た隙を一気に詰められ、自由を奪われたあの夜。
 あの夜が悪夢の始まりだった・・・・。
 夏美は憂鬱な気分のまま、堂島の研究室へたどり着いてしまった。


 「やあ、夏美先生。どうだった、今日の講義は?」
 講義の事など本当は大した興味がないのだろうと思いながら、夏美は黙ったまま頷くだけだった。


 「ほれ、こちらを向きなさい」
 その声に目線を上げると、先日と同じように白いワイシャツ姿の男がいる。
 この日も大きな身体に分厚い唇、そして細く冷たい目。
 堂島のその冷たいオーラに、夏美の身体は早くも硬く強張っていた。


 冷たい視線は、この日のいでたちを頭の上から確認するように足元へと向かっていく。
 衣服を身に纏っているが、この男の前では全てを晒されている気持ちにされていて、羞恥の気持ちはこの日も高まっていく。
 腰の辺りで堂島の視線が止まると、身体の中にさざ波が立ち。
 視線は針の様に下腹の辺りを射抜いてきて、すぐにキューンと熱いものが通り過ぎていった。
 太股の内側に失禁の予兆のようなサワサワとした震えが走り、夏美はそれだけで軽い頂(いただき)を意識した。


 堂島は夏美を舐めるように見つめながら、背中の後ろへと移動した。
 この後、太い指が肩に掛かるのだろうか・・と、思った瞬間グイッと胸を握られた。
 “アッ”と声が上がる。


 首元に息が掛かり、耳元からはいつもの冷たい声が伝わってきた。
 「・・・どうじゃ、夫はこの小さな乳房をよく揉んでくれおったか?」
 堂島は服の上から夏美の胸を揉み下し、突起の辺りを摘まみ上げながら耳たぶに生ぬるい息を吐きかけてくる。


 「そろそろ夫の身体が恋しくなって来た頃かな」
 「・・・・・・・・・・・」
 「でもな、夏美さん。もう、夫に抱かれても何も感じやせんぞ」
 「・・・・・・・・・・」
 「儂に味わされたあの快感を夫に求めようとしても無駄じゃよ」
 「・・・・・・・・・・」
 「貴女の身体は既に儂に馴染んでおる。貴女の“アソコ”は儂の太さに馴染んでおるのだよ」
 「!・・・・」


 夏美は耳元の唇を振り払うように首を何度も振る。
 しかし、堂島はすぐに手指に更なる力を加え、胸の膨らみを揉み抱(しだ)く。


 「貴女は“男”の経験が少ないようだが、儂の“アレ”を受け入れた自分に貴女自身が驚いておるじゃろ」
 「・・・・・・・・・・」
 「貴女は直ぐに濡れる素晴らしい女じゃ」
 「・・・・・・・・・・」
 「しかし・・・貴女自身も、もう判っておるだろ。夫との行為の時以上に“濡れ”が激しい事が」
 「!・・・・」
 夏美の身体が再び強張った。


 「・・図星か・・・」
 堂島が静かに呟いた。


 「貴女と儂は相性が良いのじゃよ。儂の“マラ”と貴女のアソコは」
 「・・ち、違います・・・」
 「ふんっ、無理に否定しても分かるのだぞ」
 「・・・・・・・・・・」
 「それにここ最近の貴女は、“声”もしっかり出せるようになって来ておるしな」
 「・・ああ、そんな事は・・・」
 「ふふ・・それと、儂と貴女は性癖もピッタリじゃ。貴女にはアブノーマルの行為が似合いおる」
 「・・・・・・・・・・」
 「貴女の様に“いかにも”という堅そうな女は、奥底に秘めた願望が眠っておるもんじゃ。んん?」
 「・・・・・・・・・・」
 「儂に見つめられただけで、身体の中にキューンしたものが走るだろ?貴女は知らずの内に儂に期待しておるんじゃよ。貴女の本能は判っておるんじゃよ、儂が貴女自身を解放してくれる事を」
 「!・・・・」
 「まあ、徐々に教えてやるわい」
 「・・・け、結構です・・・」
 「ふん、相変わらずだな。なら、次に夫と会った時に抱かれてみなさい。その時わかるだろ」
 「くっ、そ、そんな事はありませんわ・・・」
 「ふふ・・・まあ良い、そういう事にしておこう」
 「・・・・・・・・・・」
 「さあ、おしゃべりはこの辺で終わりじゃ」
 堂島はそう言い終えて、ゆっくりスカートに手を掛けた。


 前回、この部屋に呼ばれた時は、自らの手で衣服を脱ぐように命じられた。
 しかし、この日は堂島自らが夏美のスカートを剥ぎ取った。
 その動きは性急に見えて、ふと“時間がないのか”などと考えた。
 夏美は、少しでもこの時間が早く過ぎてくれる事を望んでいる訳であって、どうせ“犯(や)られる”なら・・・早く・・・と。
 それでも下半身が露わにされた時は、奥歯を食いしばり些細な抵抗を見せてはみたが・・・。


 この日も明るい陽の光を受け入れる昼間のこの空間。
 上半身は春物の清楚なブラウスを着こなしているが、下半身は一糸も身に着けない豊かな臀部と黒い翳り。
 そのアンバランスな容姿は卑猥さを漂わせ、一層夏美を羞恥の渦へと巻き込んでいく。
 羞恥の高鳴りに夏美の頬は、一気に朱(あか)みを増していった。


 「くく・・、夏美さん、綺麗な女の卑猥な格好はソソルのお」
 「・・・・・・・・・」
 「今日はマラをぶち込む前に、まずその口でご奉仕するのじゃ」
 「!・・・・」
 夏美の身体に激しい怯えが走った。


 堂島が口にした“ご奉仕”の意味は直ぐに分かったが、それは夏美にとっては経験の浅いものであった。
 それでも、初めて犯されてからは幾度か強要されたその行為。
 確か2度目に犯された時、薄暗い部屋のベットで頭を鷲掴みにされたままそれを受け入れた。
 朦朧(もうろう)とした意識の中で、その生臭い匂いが鼻の奥に広がるのを感じながら、我慢し続けたあの時。
 咽(むせ)びながらもそれを許されず、喉の奥にぶちまけられたあの時の記憶が蘇ってくるようで・・・。


 それを今、いきなり・・・・。