第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 第7話 第8話 第9話 第10話 第11話 第12話 第13話 第14話 第15話 第16話 第17話 第18話 第19話 第20話 第21話 第22話 第23話 第24話 第25話 第26話 第27話 第28話 第29話 第30話 第31話 第32話 第33話 第34話 第35話 第36話 第37話 第38話 第39話
第12話
学部長の所に顔を出したのは、午前の授業が終わる頃だった。
本格的な授業が始まるのはもう少し先で、キャンパスはオリエンテーションに歩き回る学生の姿で溢れていた。
夏美は夕べのあの程度の寝酒で二日酔いにでもなったかの様に、重い足取りで学部長の部屋を訪れた。
「やあ、夏美先生。理事長から話は聞いてますよ」
そう言って頭の薄いその男は、ニコニコしながら夏美に着座を勧め、そして簡単な挨拶を終えると早速要点を話し始めた。
いくつかの問答を続けながらも、夏美の頭は揺れが収まらず、言葉だけが通り過ぎて行く感じだった。
夏美は、まさかこんなに早く講座を持てるとは思ってもいなかった。
3,4年は何人かの教授の下について、勉強と研究を続けながら、ゆくゆくは助教授にと思っていた。
それをこんなに早く。
本来なら喜ばしい事だが、どうしても昨夜の堂島の言葉が浮かんでくる。
『貴女の身体とバーターした訳ではない、その所はハッキリ言っておく~』
採用試験の結果については、何人かの先生方から“優秀”だと伝えられていて。
自分なりに手応えも感じていた。
しかし、それも堂島の思惑によるものかと、どこかでそんな意識が沸いてきて。
バーターではないと言いながらも、結局は身体と引き換えにと・・・・。
「 ・・・ 夏美先生、ところで貴女は、理事長のお仕事の手伝いもされるようですね」
頭の中には、堂島の事が無意識の内に浮かんでいたが、男の言葉にハッと我に返った。
「え!? あの・・学部長、今、何と仰られましたか?」
「あ、いえいえ、夏美先生が優秀なので、理事長もご自身の仕事の手伝いを頼んだのかなと思いましてね・・・」
何気ない話題に夏美の反応が大きかったのか、男は少し驚きながら答えていた。
夏美は微かに俯き、男に気づかれぬよう息を吐いた。
男は夏美の様子をどこか心配げに眺めて、そして話題を変えようとして。
「・・・それと貴女もご存知かと思いますが、今、ある東北の大学から相談を受けていましてね・・・・」
「・・・・・・・・・」
「ある財政難の大学に出資を考えてまして・・・まあ、出資と言っても実際は買収です」
「・・・・・・・・・」
「理事長はその件でも、向こうの幹部や有力者、それに銀行とも打ち合わせが頻繁にありましてね・・・」
「・・・・・・・・・」
「こちらはなるべく良い条件で買収したい訳ですから、理事長も裏から手を回すではないですが、いろいろ接待なんかもやられてるみたいで・・・」
夏美は息を整え、目の前の男を見つめていた。
なぜ自分にこんな話を? ・・と思いながらも心のどこかで、この男も理事長の機嫌を取りたいのだろうか?と、そんな考えが浮かんでいた。
「・・・という訳で理事長も何かと忙しいので、夏美先生も大変でしょうが、お手伝いの方もしっかりお願いしますね」
男は言い終えると最後にニコリと笑い、そこで打ち合わせはすべて終了した。
夏美は深く頭を下げると部屋を後にした。
校舎を出ると食堂に向かう学生の集団に遭遇した。
その若さに懐かしい気持ちと、羨ましい気持ちが沸いてきたが。
それでも先ほど学部長が言った言葉を思い出すと、どうしても堂島の事を考えてしまう。
“仕事の手伝い”と言ったのは、間違いなく自分を屋敷や、あるいは研究室に呼びつける為の口実だろうと推測できた。
(でもまさか、研究室はないだろう、いくら何でも校内では・・・)
夏美は小さく頭を振っていた・・・・。
控室に一旦戻ってみた。
助教授になれば個室を与えてもらえるらしいと聞いていたが。
今は取りあえず担当する事になった“講座”を最大のモチベーションにするのだと、早速資料を開こうとした。
その時、一枚のメモが目に付いた・・・・。
次の日。
夏美は重い足取りでキャンパスを歩いていた。
行先はいくつかある校舎の中でも一番遠くにある建物、その最上階、堂島の研究室だった。
昨日の昼間、控室の自分の机にあったメモ。
≪明日の1時 堂島理事長の研究室に行ってください≫
メールアドレスを知らない堂島が、誰かに頼んで置かせたのだろうか。
夏美は歩きながら、もう一度堂島の意図を推測した。
まさか神聖な校舎の中で、あるまじき行為を行うとは思えない。
と、言う事は… 真面目な話し?
しかし、すぐに良からぬ考えが思い浮かんだ。
(ビデオ!)
堂島は自分にDVDを見せようと考えているのではないか?
あの夜の恥ずかしい姿を・・・・。
気付けば、夏美はその部屋の前にたどり着いていた。
ドアの前に立つと自然と背筋が伸び、無意識に洋服の乱れを直す夏美がいた。
憎き男に会うこの瞬間にも昔から身についた習性が現れ、夏美は小さくため息をついた。
夏美はもう一度息を吐き、そしてドアをノックした。
しばらくして皺がれた声で「どうぞ」と返事が返ってきて。
夏美は重い声で「失礼します」とゆっくりドアを押し開けた。
その部屋は天井が高く、窓の大きな明るい部屋だった。
それ以上に夏美の目に付いたのは、壁を埋め尽くした書籍の数と山積みされた書類だった。
首を振ると大きなソファーに腰を掛け、夏美を黙ったまま見据える堂島の姿が目に付いた。
堂島はまっすぐに夏美を見据えていて。
その眼は観察するように、そして値踏みするようで、夏美の視線は自然と足元へと落ちて行った。
「これ、顔を上げなさい」
その重い声に顔は上がったが、夏美の視線は早くも落ち着きを失っている。
数瞬して、それまでニコリともしなかった堂島の口元が微笑んだ。
「うんうん、スカートか、良い心掛けじゃ」
「・・・・・・・・・・」
「んん、何じゃ、震えておるのか?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・ところで昨日は学部長の所に行ったのだろ? 講義はどうだ? ・・・・貴女の事だから心配よりもやる気の方が大きいだろうが」
「・・・・・・・・・・」
夏美は黙ったまま、立ち尽くしている。
「夏美先生、学生達は数週間は体験授業の期間じゃ。貴女の講座は確か50人定員の小規模なものだ。さて・・・何人くらい集まるか楽しみじゃな」
夏美は小さく頷いた。
そこまで話し終えて、堂島がソファーから立ち上がると、夏美の身体はビクンと強張った。
堂島は夏美の背中を通り、窓際に行き、又振り返りながら。
「・・・・・教室には一番前の席で目を輝かせながらしっかり話を聞く者・・・後ろの席で最初から最後まで寝てる者・・・色々おるわ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・学生に問題があるのは勿論じゃ。しかし、教える側にも課題はある」
「・・・・・・・・・」
「儂はその辺りも、夏美先生には期待しておる」
そう言って堂島が再び背中を通ると、夏美は更に身体を硬くした。
「とは言っても、気合を入れ過ぎると空回りするのが落ちじゃ。まあ、気を楽にして頑張りなさい」
「あ、ありがとうございます」
夏美はぎこちなく頭を下げた。
「さて・・・」
その声が耳元で聞こえた瞬間、夏美は後ろからガチリと抱きしめられていた・・・・・。
本格的な授業が始まるのはもう少し先で、キャンパスはオリエンテーションに歩き回る学生の姿で溢れていた。
夏美は夕べのあの程度の寝酒で二日酔いにでもなったかの様に、重い足取りで学部長の部屋を訪れた。
「やあ、夏美先生。理事長から話は聞いてますよ」
そう言って頭の薄いその男は、ニコニコしながら夏美に着座を勧め、そして簡単な挨拶を終えると早速要点を話し始めた。
いくつかの問答を続けながらも、夏美の頭は揺れが収まらず、言葉だけが通り過ぎて行く感じだった。
夏美は、まさかこんなに早く講座を持てるとは思ってもいなかった。
3,4年は何人かの教授の下について、勉強と研究を続けながら、ゆくゆくは助教授にと思っていた。
それをこんなに早く。
本来なら喜ばしい事だが、どうしても昨夜の堂島の言葉が浮かんでくる。
『貴女の身体とバーターした訳ではない、その所はハッキリ言っておく~』
採用試験の結果については、何人かの先生方から“優秀”だと伝えられていて。
自分なりに手応えも感じていた。
しかし、それも堂島の思惑によるものかと、どこかでそんな意識が沸いてきて。
バーターではないと言いながらも、結局は身体と引き換えにと・・・・。
「 ・・・ 夏美先生、ところで貴女は、理事長のお仕事の手伝いもされるようですね」
頭の中には、堂島の事が無意識の内に浮かんでいたが、男の言葉にハッと我に返った。
「え!? あの・・学部長、今、何と仰られましたか?」
「あ、いえいえ、夏美先生が優秀なので、理事長もご自身の仕事の手伝いを頼んだのかなと思いましてね・・・」
何気ない話題に夏美の反応が大きかったのか、男は少し驚きながら答えていた。
夏美は微かに俯き、男に気づかれぬよう息を吐いた。
男は夏美の様子をどこか心配げに眺めて、そして話題を変えようとして。
「・・・それと貴女もご存知かと思いますが、今、ある東北の大学から相談を受けていましてね・・・・」
「・・・・・・・・・」
「ある財政難の大学に出資を考えてまして・・・まあ、出資と言っても実際は買収です」
「・・・・・・・・・」
「理事長はその件でも、向こうの幹部や有力者、それに銀行とも打ち合わせが頻繁にありましてね・・・」
「・・・・・・・・・」
「こちらはなるべく良い条件で買収したい訳ですから、理事長も裏から手を回すではないですが、いろいろ接待なんかもやられてるみたいで・・・」
夏美は息を整え、目の前の男を見つめていた。
なぜ自分にこんな話を? ・・と思いながらも心のどこかで、この男も理事長の機嫌を取りたいのだろうか?と、そんな考えが浮かんでいた。
「・・・という訳で理事長も何かと忙しいので、夏美先生も大変でしょうが、お手伝いの方もしっかりお願いしますね」
男は言い終えると最後にニコリと笑い、そこで打ち合わせはすべて終了した。
夏美は深く頭を下げると部屋を後にした。
校舎を出ると食堂に向かう学生の集団に遭遇した。
その若さに懐かしい気持ちと、羨ましい気持ちが沸いてきたが。
それでも先ほど学部長が言った言葉を思い出すと、どうしても堂島の事を考えてしまう。
“仕事の手伝い”と言ったのは、間違いなく自分を屋敷や、あるいは研究室に呼びつける為の口実だろうと推測できた。
(でもまさか、研究室はないだろう、いくら何でも校内では・・・)
夏美は小さく頭を振っていた・・・・。
控室に一旦戻ってみた。
助教授になれば個室を与えてもらえるらしいと聞いていたが。
今は取りあえず担当する事になった“講座”を最大のモチベーションにするのだと、早速資料を開こうとした。
その時、一枚のメモが目に付いた・・・・。
次の日。
夏美は重い足取りでキャンパスを歩いていた。
行先はいくつかある校舎の中でも一番遠くにある建物、その最上階、堂島の研究室だった。
昨日の昼間、控室の自分の机にあったメモ。
≪明日の1時 堂島理事長の研究室に行ってください≫
メールアドレスを知らない堂島が、誰かに頼んで置かせたのだろうか。
夏美は歩きながら、もう一度堂島の意図を推測した。
まさか神聖な校舎の中で、あるまじき行為を行うとは思えない。
と、言う事は… 真面目な話し?
しかし、すぐに良からぬ考えが思い浮かんだ。
(ビデオ!)
堂島は自分にDVDを見せようと考えているのではないか?
あの夜の恥ずかしい姿を・・・・。
気付けば、夏美はその部屋の前にたどり着いていた。
ドアの前に立つと自然と背筋が伸び、無意識に洋服の乱れを直す夏美がいた。
憎き男に会うこの瞬間にも昔から身についた習性が現れ、夏美は小さくため息をついた。
夏美はもう一度息を吐き、そしてドアをノックした。
しばらくして皺がれた声で「どうぞ」と返事が返ってきて。
夏美は重い声で「失礼します」とゆっくりドアを押し開けた。
その部屋は天井が高く、窓の大きな明るい部屋だった。
それ以上に夏美の目に付いたのは、壁を埋め尽くした書籍の数と山積みされた書類だった。
首を振ると大きなソファーに腰を掛け、夏美を黙ったまま見据える堂島の姿が目に付いた。
堂島はまっすぐに夏美を見据えていて。
その眼は観察するように、そして値踏みするようで、夏美の視線は自然と足元へと落ちて行った。
「これ、顔を上げなさい」
その重い声に顔は上がったが、夏美の視線は早くも落ち着きを失っている。
数瞬して、それまでニコリともしなかった堂島の口元が微笑んだ。
「うんうん、スカートか、良い心掛けじゃ」
「・・・・・・・・・・」
「んん、何じゃ、震えておるのか?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・ところで昨日は学部長の所に行ったのだろ? 講義はどうだ? ・・・・貴女の事だから心配よりもやる気の方が大きいだろうが」
「・・・・・・・・・・」
夏美は黙ったまま、立ち尽くしている。
「夏美先生、学生達は数週間は体験授業の期間じゃ。貴女の講座は確か50人定員の小規模なものだ。さて・・・何人くらい集まるか楽しみじゃな」
夏美は小さく頷いた。
そこまで話し終えて、堂島がソファーから立ち上がると、夏美の身体はビクンと強張った。
堂島は夏美の背中を通り、窓際に行き、又振り返りながら。
「・・・・・教室には一番前の席で目を輝かせながらしっかり話を聞く者・・・後ろの席で最初から最後まで寝てる者・・・色々おるわ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・学生に問題があるのは勿論じゃ。しかし、教える側にも課題はある」
「・・・・・・・・・」
「儂はその辺りも、夏美先生には期待しておる」
そう言って堂島が再び背中を通ると、夏美は更に身体を硬くした。
「とは言っても、気合を入れ過ぎると空回りするのが落ちじゃ。まあ、気を楽にして頑張りなさい」
「あ、ありがとうございます」
夏美はぎこちなく頭を下げた。
「さて・・・」
その声が耳元で聞こえた瞬間、夏美は後ろからガチリと抱きしめられていた・・・・・。