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第10話
初めて犯された夜は、そのまま気を失い、朝をこの屋敷で迎えてしまった。
その朝、堂島から逃げるようにこの屋敷を後にして、自分の部屋に飛び込むと一目散で浴室に向かった。
しかし、熱い湯を浴びても凍えてしまった身体の芯は、決して温まる事は無かった。
そして、今もまた・・・。
あの状況で、のうのうと自分にシャワーを勧めた幸恵の神経など理解が出来ず。
だからと言って、衣服を持ち去られた事に腹をたてる力も沸かず。
ただ、ここが憎き男の家である事が分かっていながらも浴室に入ったのは、一刻も早く汚れた我が身を清めたかったという事だった。
まずしたのは、最大限の出力で口の中を洗い流した。
喉の奥の粘り気が消えるまで、これでもかと湯を当て続けた。
熱いシャワーを身体に浴びせても、寒々としたシコリのような物が常に残り。
それを掻き消すようにボディーソープをタップリ染み込ませたタオルを、ただひたすら身体に擦り付けた。
こびり付いた2人分の体液を剥がし落とすように、手に力を込めては擦(こす)り続け、もつれ絡まった恥毛も丁寧に洗った。
1番汚された場所に手をやる時には、身体中から哀しみが沸いてきて。
両脚をガニ股開きにしたあられもない姿勢のまま、息をつめて指を挿入した。
今夜は“男”の精は、そこには受け入れなかったはずだが、それでも指に滑りを感じた時には涙が落ちそうになった。
浴室から出た夏美は、棚に置かれたバスローブを身に着ける。
綺麗に畳まれたそれを開くと、嫌みのない程度の洗剤の匂いが鼻に着いて。
それが誰の手によるものか、考えるまでもなかった。
廊下は静まり返っていた・・・・。
あまりにも広すぎる屋敷は、不気味さが漂い。
それも、ここの住人が浮世離れした人種である事を考えれば、合点(がてん)もいくのだが・・・。
夏美は、人の気配を感じないこの空間を歩き進んでいく。
迷路とまではいかないが、それでも記憶を頼りに幸恵を見つけようと進んでいく。
夏美の心には、今一つ不安は残っている。
今夜・・・いまだ顔を見せていない“あの男”に出くわしたら・・・。
初めての夜、ベットの横で何も言わず、黙ったままビデオカメラを覗き続けたゴリラのような男。
堂島の口から、そのビデオを編集していると聞かされ。
この身体の全ては、その男に今なお晒されているのだ・・・・と、夏美は一瞬身震いした。
身体に悪寒が走ったのは、湯冷めのせいだけではなかったと言う事だ。
「夏美さん」
その響きに、夏美は続けて身震いした。
振り向けば廊下の向こうに幸恵の姿があった。
「ごめんなさいね、気が付かなかったわ。さあ、こっちにいらっしゃい。お茶が入る頃よ」
淡々と告げる幸恵にどこかで気勢は征され、夏美は足を向ける。
勿論、一刻も早く服を返してもらい、この屋敷から出る為に。
夏美が通されたのは小さなラウンジだった。
おそらく屋敷の中にはいくつものキッチンや、このようなラウンジがあるのだろうと、そんな事を考えながらテーブルに近づいた。
「さあ座って。紅茶でいいわよね?」
この人の頭は?・・・・と、一瞬そんな言葉がよぎり、夏美は幸恵の顔を覗き込む。
「あの、幸恵さん。・・・服を、私の服を返してください。・・私、早く帰りたいんです」
幸恵は慣れた手つきで、カップにお茶を注ぎながら。
「うふ、まだ駄目よ。これから一緒にDVDを見るんですから」
「!!・・・」
「・・・と、言うのは冗談よ」
幸恵が微笑むと、夏美の前におしゃれなティーカップが置かれた。
「・・・・・・・・・」
「あら、ごめんなさいね。冗談がきつかったかしら。さあ、座って」
強張ったままの夏美の様子をどこか楽しげに覗き見て、幸恵は椅子を勧める。
数瞬して、夏美は固まったままストンと腰を落とした。
夏美は、幸恵がカップに口を付けた様子にも、ただ、その所作を見つけるだけで。
その振る舞いだけを見れば、確かに品の良い婦人に見えるのだが・・・と。
幸恵は、そんな夏美を見つめ返し。
「夏美さん、緊張してるの? 私といる時はそんなに緊張しなくてもいいのよ」
目の前の女の口調に、“もしや”の考えが思い浮かんだ。
「あの、ひょとして幸恵さんも脅されているのですか? 私と同じように」
夏美の問いかけにカップを丁寧に置いて。
「うふ、気になる? 私が“こんな所”にいるのが」
夏美は黙ったまま、小さく頷いた。
幸恵はポーチを開けると、中から小さな箱を取り出した。
よく見れば、それは見覚えこそないがタバコの箱だとすぐに理解できた。
夫の高志もそうだが、夏美自身にも喫煙の趣向はない。
幸恵の手にはライターが握られていて、手慣れた手つきで火を着ける。
「“フーッ”」
煙を吐き出し、一つ間を取って。
「それにしても夏美さん、本当にお綺麗ね……」
溜息の様な幸恵の言葉にも、夏美の表情は暗いままだった。
(・・・・・・・)
「・・・・・うふ、私もね、最初は泰三さんに犯されたのよ」
しばしの沈黙の後の唐突の言葉に、夏美は身を硬くした。
「・・・ひどい男(ひと)よね。でも今では、ちっとも恨んでいないんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・」
夏美の沈黙をこの“話題”の了承と受け取ったのか、幸恵の瞼が涼しげに瞬いて。
「私ね、それまで“男の人”の事をよく知らなかったの・・いえ、自分なりには知ってたつもりだったんだけど。でも、泰三さんと関係を持って、それまでの自分が何て世間知らずというか、“男”知らずだったのかを思い知らされたわ」
「・・・・・・・・」
「泰三さんに抱かれるようになって、本物の男・・いえ、牡(オス)と言った方がいいわね。本当のSEXを思い知らされたの」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「それまで主人とのSEXも、そこそこの回数もあったし、それなりに満足してたんだけど。でもね、泰三さんのと比べると月とスッポン、飯事(ままごと)のようなSEXだったわ」
「・・・・・・・・・・・」
「夏美さんはどう? そうじゃない?」
「!?・・・」
「・・・・・・・・」
「な、何がですか」
どもりながら、夏美が小さく呟いた。
「うふ、ご主人とのSEXは満足してたの?」
夏美の反応を楽しむ様に、幸恵が微笑んで。
そしてタバコの煙を、おいしそうに吐き出して。
「ご主人も“公務員”のようなお堅いSEXじゃないの?」
「!?・・・」
「・・・貴女はそれなりに喜んでるのかも知れないけど。でも、どう?本当は満足してなかったでしょ?」
「・・・・・・・・・」
「・・・貴女は優しいから『気持ち良かった』って言うんだろうけど、本当は満足してなかったんじゃないの。ご主人が傷つかないように気を使ってたんでしょ?」
「・・・・・・・・・」
「でも実は、それ以上に自分に性欲がある事をご主人に知られたくなかったんでしょ?自分が淫乱な女だと思われたくないのよ」
「・・・ち、違います!」
そこまで黙って聞いていた夏美の口から、小さな声が零れ落ちた。
しかし、すぐに自分が吐いた言葉の意味に気づき、そして顔を赤らめた。
幸恵は夏美の様子に微笑んで。
「夏美さん・・・私はね、貴女が泰三さんに抱かれてる様子を見ながら『この女(ひと)は、今まで本物の男を知らないんだ』ってすぐに分かったわ。まあ、あの人のように物凄く強い牡(オス)なんて、そういないんでしょうけど」
幸恵が吐き出した言葉には、心情がこもっている・・・・ようだが。
「でも、夏美さんは幸せよ。強い牡(オス)に抱いてもらう事が出来たんですから」
夏美は摘むんでいた口を更に堅く閉じ、そして覚悟して。
「そ、それが、レ レイプだとしてもですか!」
そう口にした夏美の頬は、炎のように赤くなり。
幸恵は夏美の叫びに一瞬口元を閉じたが、視線を遠くに向け。
そして落ち着いた声で。
「・・・・何も知らないまま“女”が歳を重ねるのは罪な事よ・・・特にあなたの様に“資質”のある女(ひと)はね」
「・・・・貴女には“才能”が有るのよ。・・・泰三さんは初めて会った時から、貴女の“資質”を見抜いていたわ」
「クッ・・」
「ふふ、・・まあ今の夏美さんには何を言っても通じないのは分かっているわ。でもね、ふふ・・・貴女の調教は続くのよ。まだまだ楽しい事がいっぱい待ってるわよ」
「・・・・・・・・」
「貴女は、きっと女の幸せを実感するようになるわよ・・・」
「・・・や 止めてください!」
夏美の叫びに幸恵は口を閉じ・・・。
しかし、一つ間をおいて。
「うふ、さあ、これから楽しみね」
「・・・・・・・・」
夏美は俯き、目の前の一口も口を付けていないカップをじっと見つめている。
「・・・・そろそろ帰る?」
頃合いを見計らったのか、幸恵がタバコの火を灰皿に押し消した。
幸恵がタバコとライターをポーチに戻しながら。
「タバコも泰三さんに教わったわ。・・・・貴女も吸ってみる?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ふふ、食わず嫌いは良くないわよ。・・・貴女は本当に“お硬そう”ね。そんな事じゃ今時の大学生の相手なんか出来ないわよ」
幸恵が悪戯っぽく笑う。
「じゃあ、夏美さん。明日は午前中に学部長の所に顔を出してくださいね。ほら、週に2コマ講義を受け持ってもらうでしょ」
幸恵の言葉の意味をどこかで考えながら、夏美は黙ったまま、イスから立ち上がろうとしていた。
部屋の窓の向こうでは、見事な夜桜が咲き誇っていた・・・・・・。
その朝、堂島から逃げるようにこの屋敷を後にして、自分の部屋に飛び込むと一目散で浴室に向かった。
しかし、熱い湯を浴びても凍えてしまった身体の芯は、決して温まる事は無かった。
そして、今もまた・・・。
あの状況で、のうのうと自分にシャワーを勧めた幸恵の神経など理解が出来ず。
だからと言って、衣服を持ち去られた事に腹をたてる力も沸かず。
ただ、ここが憎き男の家である事が分かっていながらも浴室に入ったのは、一刻も早く汚れた我が身を清めたかったという事だった。
まずしたのは、最大限の出力で口の中を洗い流した。
喉の奥の粘り気が消えるまで、これでもかと湯を当て続けた。
熱いシャワーを身体に浴びせても、寒々としたシコリのような物が常に残り。
それを掻き消すようにボディーソープをタップリ染み込ませたタオルを、ただひたすら身体に擦り付けた。
こびり付いた2人分の体液を剥がし落とすように、手に力を込めては擦(こす)り続け、もつれ絡まった恥毛も丁寧に洗った。
1番汚された場所に手をやる時には、身体中から哀しみが沸いてきて。
両脚をガニ股開きにしたあられもない姿勢のまま、息をつめて指を挿入した。
今夜は“男”の精は、そこには受け入れなかったはずだが、それでも指に滑りを感じた時には涙が落ちそうになった。
浴室から出た夏美は、棚に置かれたバスローブを身に着ける。
綺麗に畳まれたそれを開くと、嫌みのない程度の洗剤の匂いが鼻に着いて。
それが誰の手によるものか、考えるまでもなかった。
廊下は静まり返っていた・・・・。
あまりにも広すぎる屋敷は、不気味さが漂い。
それも、ここの住人が浮世離れした人種である事を考えれば、合点(がてん)もいくのだが・・・。
夏美は、人の気配を感じないこの空間を歩き進んでいく。
迷路とまではいかないが、それでも記憶を頼りに幸恵を見つけようと進んでいく。
夏美の心には、今一つ不安は残っている。
今夜・・・いまだ顔を見せていない“あの男”に出くわしたら・・・。
初めての夜、ベットの横で何も言わず、黙ったままビデオカメラを覗き続けたゴリラのような男。
堂島の口から、そのビデオを編集していると聞かされ。
この身体の全ては、その男に今なお晒されているのだ・・・・と、夏美は一瞬身震いした。
身体に悪寒が走ったのは、湯冷めのせいだけではなかったと言う事だ。
「夏美さん」
その響きに、夏美は続けて身震いした。
振り向けば廊下の向こうに幸恵の姿があった。
「ごめんなさいね、気が付かなかったわ。さあ、こっちにいらっしゃい。お茶が入る頃よ」
淡々と告げる幸恵にどこかで気勢は征され、夏美は足を向ける。
勿論、一刻も早く服を返してもらい、この屋敷から出る為に。
夏美が通されたのは小さなラウンジだった。
おそらく屋敷の中にはいくつものキッチンや、このようなラウンジがあるのだろうと、そんな事を考えながらテーブルに近づいた。
「さあ座って。紅茶でいいわよね?」
この人の頭は?・・・・と、一瞬そんな言葉がよぎり、夏美は幸恵の顔を覗き込む。
「あの、幸恵さん。・・・服を、私の服を返してください。・・私、早く帰りたいんです」
幸恵は慣れた手つきで、カップにお茶を注ぎながら。
「うふ、まだ駄目よ。これから一緒にDVDを見るんですから」
「!!・・・」
「・・・と、言うのは冗談よ」
幸恵が微笑むと、夏美の前におしゃれなティーカップが置かれた。
「・・・・・・・・・」
「あら、ごめんなさいね。冗談がきつかったかしら。さあ、座って」
強張ったままの夏美の様子をどこか楽しげに覗き見て、幸恵は椅子を勧める。
数瞬して、夏美は固まったままストンと腰を落とした。
夏美は、幸恵がカップに口を付けた様子にも、ただ、その所作を見つけるだけで。
その振る舞いだけを見れば、確かに品の良い婦人に見えるのだが・・・と。
幸恵は、そんな夏美を見つめ返し。
「夏美さん、緊張してるの? 私といる時はそんなに緊張しなくてもいいのよ」
目の前の女の口調に、“もしや”の考えが思い浮かんだ。
「あの、ひょとして幸恵さんも脅されているのですか? 私と同じように」
夏美の問いかけにカップを丁寧に置いて。
「うふ、気になる? 私が“こんな所”にいるのが」
夏美は黙ったまま、小さく頷いた。
幸恵はポーチを開けると、中から小さな箱を取り出した。
よく見れば、それは見覚えこそないがタバコの箱だとすぐに理解できた。
夫の高志もそうだが、夏美自身にも喫煙の趣向はない。
幸恵の手にはライターが握られていて、手慣れた手つきで火を着ける。
「“フーッ”」
煙を吐き出し、一つ間を取って。
「それにしても夏美さん、本当にお綺麗ね……」
溜息の様な幸恵の言葉にも、夏美の表情は暗いままだった。
(・・・・・・・)
「・・・・・うふ、私もね、最初は泰三さんに犯されたのよ」
しばしの沈黙の後の唐突の言葉に、夏美は身を硬くした。
「・・・ひどい男(ひと)よね。でも今では、ちっとも恨んでいないんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・」
夏美の沈黙をこの“話題”の了承と受け取ったのか、幸恵の瞼が涼しげに瞬いて。
「私ね、それまで“男の人”の事をよく知らなかったの・・いえ、自分なりには知ってたつもりだったんだけど。でも、泰三さんと関係を持って、それまでの自分が何て世間知らずというか、“男”知らずだったのかを思い知らされたわ」
「・・・・・・・・」
「泰三さんに抱かれるようになって、本物の男・・いえ、牡(オス)と言った方がいいわね。本当のSEXを思い知らされたの」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「それまで主人とのSEXも、そこそこの回数もあったし、それなりに満足してたんだけど。でもね、泰三さんのと比べると月とスッポン、飯事(ままごと)のようなSEXだったわ」
「・・・・・・・・・・・」
「夏美さんはどう? そうじゃない?」
「!?・・・」
「・・・・・・・・」
「な、何がですか」
どもりながら、夏美が小さく呟いた。
「うふ、ご主人とのSEXは満足してたの?」
夏美の反応を楽しむ様に、幸恵が微笑んで。
そしてタバコの煙を、おいしそうに吐き出して。
「ご主人も“公務員”のようなお堅いSEXじゃないの?」
「!?・・・」
「・・・貴女はそれなりに喜んでるのかも知れないけど。でも、どう?本当は満足してなかったでしょ?」
「・・・・・・・・・」
「・・・貴女は優しいから『気持ち良かった』って言うんだろうけど、本当は満足してなかったんじゃないの。ご主人が傷つかないように気を使ってたんでしょ?」
「・・・・・・・・・」
「でも実は、それ以上に自分に性欲がある事をご主人に知られたくなかったんでしょ?自分が淫乱な女だと思われたくないのよ」
「・・・ち、違います!」
そこまで黙って聞いていた夏美の口から、小さな声が零れ落ちた。
しかし、すぐに自分が吐いた言葉の意味に気づき、そして顔を赤らめた。
幸恵は夏美の様子に微笑んで。
「夏美さん・・・私はね、貴女が泰三さんに抱かれてる様子を見ながら『この女(ひと)は、今まで本物の男を知らないんだ』ってすぐに分かったわ。まあ、あの人のように物凄く強い牡(オス)なんて、そういないんでしょうけど」
幸恵が吐き出した言葉には、心情がこもっている・・・・ようだが。
「でも、夏美さんは幸せよ。強い牡(オス)に抱いてもらう事が出来たんですから」
夏美は摘むんでいた口を更に堅く閉じ、そして覚悟して。
「そ、それが、レ レイプだとしてもですか!」
そう口にした夏美の頬は、炎のように赤くなり。
幸恵は夏美の叫びに一瞬口元を閉じたが、視線を遠くに向け。
そして落ち着いた声で。
「・・・・何も知らないまま“女”が歳を重ねるのは罪な事よ・・・特にあなたの様に“資質”のある女(ひと)はね」
「・・・・貴女には“才能”が有るのよ。・・・泰三さんは初めて会った時から、貴女の“資質”を見抜いていたわ」
「クッ・・」
「ふふ、・・まあ今の夏美さんには何を言っても通じないのは分かっているわ。でもね、ふふ・・・貴女の調教は続くのよ。まだまだ楽しい事がいっぱい待ってるわよ」
「・・・・・・・・」
「貴女は、きっと女の幸せを実感するようになるわよ・・・」
「・・・や 止めてください!」
夏美の叫びに幸恵は口を閉じ・・・。
しかし、一つ間をおいて。
「うふ、さあ、これから楽しみね」
「・・・・・・・・」
夏美は俯き、目の前の一口も口を付けていないカップをじっと見つめている。
「・・・・そろそろ帰る?」
頃合いを見計らったのか、幸恵がタバコの火を灰皿に押し消した。
幸恵がタバコとライターをポーチに戻しながら。
「タバコも泰三さんに教わったわ。・・・・貴女も吸ってみる?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ふふ、食わず嫌いは良くないわよ。・・・貴女は本当に“お硬そう”ね。そんな事じゃ今時の大学生の相手なんか出来ないわよ」
幸恵が悪戯っぽく笑う。
「じゃあ、夏美さん。明日は午前中に学部長の所に顔を出してくださいね。ほら、週に2コマ講義を受け持ってもらうでしょ」
幸恵の言葉の意味をどこかで考えながら、夏美は黙ったまま、イスから立ち上がろうとしていた。
部屋の窓の向こうでは、見事な夜桜が咲き誇っていた・・・・・・。