小説本文



表札には達筆な文字で“堂島泰三”とあった。
 何度か改装工事がされたのだろう、古い作りではあるが外壁の色には充分な光沢がみえた。
 夏美は表札の横にある昔ながらの小さなブザーに、細い白魚の様な指をあてるとグッと押し込んだ。
 門が開かれるまでの間、夏美はもう一度自分の姿を確認した。
 水色のスカートはフレアー気味でお気に入りの物だった。
 紺のブレザーを羽織ったのは、やはり目上の者との食事会への心構えが自然と現れたという事か。


 しばらく待つと、扉がゆっくりと開かれた。
 「山中夏美先生ですね、お待ちしていましたよ。私はこの屋敷にお仕えしている大山幸恵と申します」
 同僚からは『~理事長先生と同じ位の歳の女の人が住んでるの』と、聞かされていた・・・・と言う事は60近く?
 堂島泰三も実際の歳よりかなり若く見えたが、目の前の女性も50前に見えた。


 「夏美先生・・・」
 「あ、すいません。・・初めまして山中夏美と申します」
 慌てて頭を下げ、幸恵に促されながら、その後ろを付いて歩くように玄関へと向かった。


 夏美が通されたのは本来は10畳以上はある部屋なのだろうが、なぜか真ん中あたりをカーテンで2つに区切られている。
 テーブルの上には既にいくつかの料理が並べられているのだが、なぜか椅子は2つだけ。


 幸恵が椅子に腰を下ろす夏美に。
 「最初はビールでよろしいですよね」
 夏美の返事の前にグラスにビールを注ぐと、空席のグラスにも注ぎ込んだ。


 「あの・・幸恵さん、今日は私一人なのですか?」
 幸恵はその言葉に黙ったまま、微笑みながら。
 「“ご主人様”は、すぐに来られますから」


 幸恵の姿がドアの向こうに消えるまで、夏美は納得のいかない表情(かお)のままその後ろ姿を追っていた。


 (私ひとり?)


 それからすぐに、“ガチャリ”と音がしてドアが開かれた。
 「いやあ、待たせたね」
 渋く重みのある声に、夏美は立ち上がっていた。


 「そのまま、そのまま、さあ座って」
 堂島はいかにも“主(あるじ)”といった趣のある着物姿だ。


 「何だまだ飲んでいなかったのか、では乾杯しよう」
 「あの・・」 
 私一人なのですか? その言葉が出る前に堂島がグラスを持ち上げる。
 夏美が慌ててグラスを掴むと“カチリ”と音がした。


 その後は、堂島は目の前の料理を勢いよく口に運び続けた。
 その食べっぷりは若者のようで、口から語られる教育の話は情熱的で、また大学の構想を語る時の目は一層輝いて見えた。
 夏美は料理を口に運ぶ回数は少なかったが、アルコールは勧められるままソコソコに飲んでいた。


 席に着き始めてから、どれ位の時間が経った頃だったか。
 「あの・・理事長・・・」
 「・・・・・・・・・・」


 「最初に聞こうと思っていたのですが、今日の食事会は・・・・・他の新任の先生方は・・・」
 酔いを感じるでもなく、しっかりとした口調で夏美は聞いてみた。


 「んーー今日は最初から貴女一人しか呼んでおらんよ」
 「えっ なぜ・・・」
 そう言って堂島の目を見た瞬間、夏美の中に“ゾクリ”と震えが走った。


 「ふふ・・」
 堂島の口元が歪むと、その震えが身体中に広がった。


 「・・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・」


 「ところで夏美さん、幸恵とは話をしてみたかな」
 「い いえ、ご挨拶だけで・・」


 「んーー。では、沖田は?」
 「あ、沖田さんは、その・・一度お見かけした事はありますが・・お会いした事は・・・」


 「そうか、では改めて2人を紹介しよう」
 そう言って堂島が立ち上がると、ドアの横の電話に手を掛けた。


 堂島もそこそこに酒を飲んでいたが、口調はハッキリしていて歩く姿もしっかりとしている。
 夏美は襟元を確認して椅子から立ち上がると、背筋をピッと伸ばしていた。
 待つ間もなくドアが開くと、幸恵が先頭に、その後ろに沖田が姿を現した。
 幸恵が堂島の右横に立つとスッと畏まり、沖田は無表情で左横に畏まった。


 堂島が右側に頭を振りながら。
 「夏美さん、これが幸恵だ。20年近く儂の情婦をしておる」
 (え!?・・・じょ 情婦?)


 「フフ・・・・・・」
 夏美の表情に、堂島の口元がニヤリと歪んだ。


 「昔 人妻だったのを儂が気に入ってな、無理やり儂の物にしたんじゃよ」
 「!!・・・」


 「最初は嫌がったんだが、数回関係を続けたら直ぐに儂の虜になりおってな」


 夏美は強張ったまま、ギリギリと視線を幸恵に向けてみた。
 幸恵は静かに畏まっている。


 堂島は、今度は頭を左に振り。
 「こっちは沖田。たしか歳は貴女と同じじゃな」
 その言葉にも頷くでもなく、沖田はまるで番犬の様に畏まっている。


 「貴女が真面目に学生をやってる頃、この沖田はそこらじゅうで若い女をレイプしておってな」
 「!!・・・」
 口に手を当て、驚いた夏美を見ながら堂島が続ける。
 「沖田は、その頃ロリコン好きでな。年下の女を犯していたんだがそのうち捕まってな。色々施設を回されたんだが、最終的にはうちの“園”で更生してやったわ」
 「・・・・・・」


 「意外と話してみれば面白い男でな。それからずっと面倒を見てるんだが良く気の利く頼もしい男になってくれたわい」
 「・・・・・・・・」


 「まあ、今も女好きなところはあるが、それは儂も変わらんし。それもまた人間らしい一面じゃ・・・・なあ幸恵」
 その声に、幸恵の優しそうな視線がコクリと頷いて見えた。


 夏美は一つ呼吸を整えて。
 「お おかしい・・・・おかしいですよ」
 「はて?おかしい・・・何が」


 「そ そんな、・・・レ レイプだとか・・・情婦だなんて・・・・」
 「・・・・・・・・・・・」


 堂島が一つ咳ばらいをして。
 「んん、レイプは昔の事だし、情婦という言葉は古いかもしれんが、今でも“愛人” “不倫”なんて言葉はよく聞くだろ」
 「・・・・・・・・・・」


 「ふー、貴女はまだまだ幼いな・・・。男と女の関係は摩訶不思議なものだ。・・男と女に理屈は無い」
 「・・・・・・・・・」


 夏美は、アルコールで温まっていた身体が冷たくなっていくのを意識した。
 目の前に立つ堂島と、その両横に畏まる奇妙な二人を違う世界の人種を見るように眺めていた。


 「ところで夏美さん」
 堂島の細く冷たい目が見つめていた。


 「貴女は儂らの事を軽蔑すような目で見ておるが、貴女にも男女の世界を覗いてみたい気持ちはあるだろ?」
 “ゴクリ”・・夏美が唾を呑み込んだ。


 「儂は夏美“先生”にも、“覗き”の趣味がある事を知って何だか微笑ましい気持ちになったんだがな」
 「!!・・・」


 夏美の首筋に燃えるような羞恥の炎が走った。
 頬が熱くなっていくのが嫌でも分かり、思わず沖田の顔に視線が向く。
 しかし夏美の視線は、無表情な沖田の前に崩れ落ちてしまった。


 堂島が着物の裾を軽く払って、夏美の横へと足を忍ばせた。
 夏美は俯いたまま唇を噛み締め、肩を震わせている。


 「夏美先生・・・・」
 堂島の声に夏美は顔を上げ。
 「あれは違うんです。・・・・そんな覗きだなんて・・・・・」


 視線が堂島に向いた瞬間だった。
 身体中にゾクゾクっと震えが広がった。

 

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