小説本文



「う~ん」
 ベットに飛び込んだ夏美は、天井を向いて大きく伸びをした。
 小奇麗な部屋のベットで、目の前に時間割の用紙を広げてみた。


 一週間後に入学式を控え、春休みとはいえキャンパスには学生の姿もチラホラと見え始めていた。
 大学に当職してからの慌ただしい日々はあっという間に過ぎていき、新年度のスケジュールも決まり、嫌でも期待と不安の感じる時期だった。
 そんな中でも今日は、久しぶりに自由な時間があった。
 夏美は朝から同じ職員寮の同僚達に町を案内してもらった。
 一番近い繁華街でもタクシーを利用する事が当たり前のようで、バスの便も決して良いとは言えなかった。
 学生たちの為に自転車、原付バイク、車の駐車スペースが多く設けられていたが、学生寮に住む者が多いのもこの立地のせいかと頷けた。


 昼過ぎには町から戻り、夏美はエントランスで同僚と別れ、部屋へと入ったところだった。


 「あとは今夜の理事長先生か・・」
 そう呟いてベットで伸びをすると、大きな身体に、あの細く冷たい目・・・堂島泰三の姿が浮かんできた。
 会うのは何日振りだろうか? 2月にこの地に来た時も1,2度顔を見かけた程度だった ・・・ と、その時 夏美の胸の奥に“ゾクリ”と冷たい波が沸き起こった。
 そしてその小さなさざ波が、身体中にサワサワと広がっていくこの感触は何なのか? ・・・ 夏美はベットから起き上がりながら。
 (夜まで、まだ時間があるから)
 暗いさざ波を心の隅に追いやって、夏美はもう一度外に出る事にした。


 『神社の境内からの景色は結構いけるわよ。いつかご主人が来たら連れて行ってあげれば』
 同僚の言葉を思い出し、行って見る事にした。
 ジーパンにスニーカー、上には春物のカーディガンを羽織ったラフな格好で部屋を出た。
 夜に予定されている堂島泰三と新任教師との食事会には、もう少しおしゃれな格好をと考えながら夏美は歩き出した。
 

 桜は満開とまではいかなかったが、その樹の下を歩くと、前方高台に神社の姿が見えてきた。
 その麓(ふもと)には、後程お邪魔する事になる堂島の屋敷がある。
 「それにしても凄い屋敷」
 その姿を見やりながら、夏美は神社の階段へ続く道へと足を進めた。
 

 『あの御屋敷には理事長先生と、先生と同じ位の歳の女の人が住んでるの。最初は奥様かと思ったけど、どうも違うみたいなの』
 階段を上りながら、同僚が意味深に吐いた言葉を思い出した。
 堂島泰三のプライベートなどそれまで気にする事などなかったが、“家族はいるのか?” ・・などなど興味を惹く事はあった。


 『それとあと一人、あの屋敷には沖田さんっていって凄く怖そうな人が住んでるのよ。筋肉隆々で誰も笑った顔を見た事がなくて、理事長のボディガードっていう噂も。・・何でも理事長が東京で教師をしてた時の教え子で、かなりの“悪(わる)”だったっていうはなし』
 同僚の言葉にいつかの堂島の話を思い出した。
 『~私の高校には全国からいろんな子が集まってきますよ。・・登校拒否、中退は当たり前。万引きや窃盗、中には・・・・・・・』


 そして夏美は階段を上りきった所で、“んーー”と大きく伸びをした。
 振り返れば絶景が広がっている。
 新緑の山々をバックに町の姿があり、駅の方角へ目を向けると唯一のランドマークとなる大きなシティホテルが目に付いた。
 辺りを見回せば、今いるのは自分一人。
 (貴方・・・)
 景色を見ながら夫の顔を思い浮かべ、いつかここから一緒に望む事が出来れば・・・・と想った。
 

 境内の敷地はそこそこの広さで、場所を代えると自分が住む職員寮の姿を見る事が出来た。
 また、眼下には堂島泰三の屋敷を見下ろす事が出来る。
 その時、庭先で芝の手入れをしている男の姿が目に付いた。
 下は作業着を着ているのだが、上半身はこの初春の寒さの中でもタンクトップ1枚。
 遠目に見てもその肩の盛り上がり、首と腕の太さが嫌でも伝わってくる。
 夫の高志もスポーツマンであったが、どちらかいうと細身のタイプで、比べる事ではないが、その筋肉には圧倒されるものがあった。


 「あれが沖田さん・・」
 ボソリと漏れた言葉が聞こえる筈はないのだが、その時チラリと沖田が頭を上げた。
 “あっ”と声が上がり、夏美は慌てて頭を下げた。
 沖田は夏美の顔をジッと見上げている。
 バツが悪そうに夏美は、もう一度軽く会釈をすると、その場を後にした。
 仕事を終えたところだったのか、沖田はゆっくりと建物の方へと歩き出していた。


 夏美は鉄柵伝いに、もう少し先へと歩いていた。
 右手下には、まだ屋敷の2階のバルコニーが建物を囲む様に回っているのが分かり、改めて屋敷の大きさに驚いた。
 鉄柵の突き当たりには物置があり、行き止まりかと思い戻ろうとした、その時だった。


 「あっ ああ・・・・・」 
 ・・・声が聞こえてきた。


 “えっ!” 
 ドキリとして身構えた。
 思わず自分の気配を消そうと試みたのは、その声の意味に見当が付いたからか・・・・。


 「うっ はあ・・・恥ずかしィィ・・・」
 確かに聞こえたのは、羞恥に怯えた女の小さな声だった。
 身体が強張りながらも声の主に近づいたのは、夏美も人間臭かったと言う事か。
 夏美は恐々足を進め、物置の横を覗き込む様に身を伸ばしてみた。


 “ヒッ”と、声が出そうになったのは、若い男の臀(しり)が見えたから。
 若いと思えたのは、その男の上半身を覆う洋服が、いかにも今風の学生のそれだったからだ。
 若者は下半身を丸出しにしていた。
 若者の揺れる腰の先には、スカートを捲られた丸くて白い臀(しり)がある。

 その女性・・・女の子は必死になって羞恥に耐えているのか、目をギュッと瞑っている。
 しかし、口からは“あの時の声”が静かに零(こぼ)れ落ちている。


 夏美は“ゴクリ”という唾を呑み込む音さえ、洩れ零さない様にジリジリと後ずさりを始めた。
 鉄柵に手が当たると、その手が震えているのが分かった。
 初めて見る“生”のセックスの風景。
 まして屋外。
 まして若い男と女・・・間違いなく大学生。
 そして自分自身が一度も及んだ事のない体位。


 “ゴクリ”・・今度はその音が夏美自身の耳にはっきりと伝わった。
 その音が聞こえるはずはないのだが、男の子がチラリと振り返った・・・ような気がした。
 目を瞑る女の若尻に、腰を振り続ける若者の後姿を見ながら、夏美は2,3歩、そして3,4歩と後ずさると何とか踵(きびす)を返した。


 肌寒さも忘れ、夏美は降り口まで早足で進んだ。
 身体中で心臓の音が鳴っている。
 

 男が・・・2階のバルコニーの部屋側から双眼鏡で夏美の、いや若い男女と夏美の3人の様子を見ていた。
 その男・・・沖田がニヤリと笑った。


 階段を正に駆け降りて、夏美は寮の部屋へ飛び込んだ。
 額から一滴の汗が流れおち、思わず身震いした。
 まさかこんな所で、“あんな情景”を目にするとは・・・初めての衝撃だった。
 確かに大学生にもなれば、男女間ではあり得る行為だが・・・昼間の屋外で。


 「何を考えてるのかしら、あの子たちは」
 言葉にする事で、自分を落ち着かせようとした。
 しかし気になるのは、男の子と目があった気がした事だった。
 あの男(こ)が学生だとしても、こちらは新任なのだから名前も顔も知らていないはずだが。
 

 (あの男の子・・・)
 目を瞑ると、あの時の男の横顔が浮かんでくる。思い出してみれば細身だが、それなりの美形だった気がするが・・・。
 女の子の方は、服装のイメージからは真面目そうな感じで、髪型も自分と同じで薄茶が混ざった髪が肩に掛かっていた・・・・気がする。


 堂島泰三・・・。
 その顔が浮かんだ。
 これが高校なら自分は間違いなく上に報告するだろう。
 しかし、自分は今の事を理事長に言うだろうか?
 言うとすれば、どのように?


 「“フーッ”」
 夏美は一つ息を吐いた。
 「いきなり厄介な事ね」
 そう呟いたが思い出せば、まだ胸は高鳴っていた。
 夏美はゆっくりその胸に手を当てた。
 片手で充分包み込める膨らみがある。
 自分には慣れ親しんだ膨らみ。
 夫がよく褒めてくれた膨らみ。


 胸の奥でキューーンと何かが通り過ぎた・・・・・。

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