東京から在来線を乗り継げば2時間程度の小都市。
この町に“堂島学園大学”という名の学校がある。
東京にある私立高校“堂島学園”を経営する堂島泰三が、数年前に買収して校名を変更した大学。
大学のふもとには穏やかに流れる河川があり、今 その川に掛けられた大きな橋を駅に向かってトボトボ歩く男の姿がある。
妻の夏美が今年の2月に助手として採用され、夏休みを利用して半年振りの再会だったのだが。
わずか3日間の滞在でこの町に別れを告げるべく、高志は駅へと向かっていた。
アスファルトの歩道を歩きながら、昨夜からの忌まわしい記憶が甦ってくる。
流れ落ちる汗と一緒に、その記憶を拭い去ろうとするのだが・・・。
今朝の目覚めは見覚えのない部屋だった。
はて?・・・堂島泰三の屋敷で催されていたパーティー。
妻・夏美の助教授への昇進祝賀パーティーだと聞かされ、酔客達に勧められ酒を飲みほした。
疑心暗鬼のまま飲みほした。
初めて目の辺りにした堂島学園の総帥“堂島泰三”と、漆黒のドレスを身に纏った妻・夏美。
鼻の奥に“プーン”と懐かしい香りを感じた瞬間から記憶が消えていた。
見知らぬ部屋で目覚めてしばらくすると、あのゴリラ男・・・沖田が現れた。
そしてラウンジに通されると、そこにはあの女、いや、あの婦人がいた。
そして・・・・。
妻の安否を聞く高志の言葉を容易(たやす)くかわしながら、幸恵と名乗った女はコーヒーを勧めた。
カップに手を付けぬ高志に幸恵は、ゆっくり話し始めた・・・。
それから・・・。
幸恵の語り(はなし)に、驚き、怒り、思考が止まり、そして暑さも忘れ、悪夢に迷い込んだ数時間。
そして、高志は屋敷を後にした。
夏美の部屋は一見変わらぬ様子だったが、高志のキャリーバックと色違いの夏美のバック消えていた・・・。
そしてタンスの中から“それ”を見つけて、唖然とした・・・・幸恵の話を信じたくはなかったが・・・・・。
1台のタクシーがその川に掛かる橋の中腹辺りで、一人歩く男を追い越した。
そして車は10m位過ぎた所で急停車した。
バックライトが光ると車は後退し始め、男の横でピタリと止まった。
「おっ お客さん」
助手席の開いた窓から外を覗き込んだ人懐っこい笑みが、高志の表情(かお)を見て一瞬引き攣った。
(・・・・・大山さん・・・)
「・・・・妻が・・・東京に・・・」
大山は高志を乗せ、駅へ向かって走り出した。
この日の仕事はもう上がる予定だったが、その後ろ姿を見た時、なぜか車を止めてしまっていたのだった。
数日前に乗せた時から明らかにやつれた様子だが、両方の瞳は時折り血走り、時折り哀しそうだった。
大山は後部座席の高志に、掛ける言葉が思いつかなかった。
“なつみなつみ”・・・ブツブツと呟き続けていた言葉が、妻の名だと分かったのは駅の姿が見えた頃だった。
タクシーが止まり、高志が降りると同時に大山も外に降り立った。
「・・・・・」
キャリーバックを手にした高志の前に、大山が立ち。
「あ あの・・お客さん」
「・・・・・・・・・・・」
「わ・・私も色々ありましたけど・・・今は元気でやってますし・・・」
何か気の利いた言葉をと思いながらも、口に付いたのはそんなピントのずれた言葉だった。
その言葉に高志は黙って軽く頭を下げると、大山の横を通り抜けて行く。
大山はその後ろ姿をただ見送るだけだった・・・・。
そのタクシーは、この町で唯一のシティホテルの地下駐車場へと吸い込まれていった。
男はエンジンを止めるとバックミラーで自分の髪型を確認して、口元の髭の剃り残しを少し気にしながらも、すぐに車を後にした。
こんな田舎町でもバブル時に建てられたこのホテルは、それなりの造りだった。
約1年振りのこのホテルだったが、大山は勝手知ったの如くエレベーターホールに向かうと、すぐにそれに飛び乗った。
最上階のスカイラウンジに到着するまでのわずかな時間にさえ、青年の様に胸が時めいた。
ラウンジの入り口で係りの者に、予約である事を告げる。
「お連れの方は、先にお見えです」と言われ、益々胸が高鳴った。
仕事用の制服姿のまま来てしまったのは、大学近くで一人の男を駅まで乗せた為、自宅に戻る時間が無くなってしまったからだった。
「あっ “プッ” やだ」
その女性が大山の制服姿を見て顔をしかめた・・と言っても本気で嫌がっている様子ではないが。
「すまんすまん。仕事をは早めにあがるつもりだったんだけど、一人拾って駅まで行ったから」
「ふふ、本当に“あなた”は昔から仕事熱心ね、東京でサラリーマンをしていた頃から」
大山が頭をかいた。
「もう少しその熱心さを“奥さん”に向けてたらね・・」
「すまんすまん、そう言うなよ・・・・それより相変わらず元気そうだな」
「ええ、おかげさまで」
「そうか“あいつ”は今でも現役なんだよな・・・・俺と同じ60位なのに」
「ふふ、そうよ“旦那様”は昔から今でも凄いんだから」
「ふーーー妬けるね」
「・・・・・」
「まあ、でも、その“嫉妬心”が今の俺のエネルギーなんだけどな」
「ふふ、この1年も今日の日の為にがんばって来たんでしょ?・・・はい」
そう言って女が小さな手提げ袋を渡した。
大山はそれを覗きながら。
「今年は5枚か・・」
「ふふ、でも中身は去年より過激よ」
「そ そうか、それは楽しみだな“君”も年々若返っていくようだし」
「うふ、冗談でもうれしいわ」
「冗談じゃないよ。俺は本気で言ってるんだ」
「うふ、ありがとう。泰三様に言っておくわ」
大山が唇を噛みながら。
「堂島泰三か・・・」
「ええ。私の“ご主人様”よ」
「・・・・・・」
「ふふ。色々あったけど、今では私を“奪ってくれた事”に感謝してるのよね?・・・・寝取られマゾなんだから」
「・・・・・・・・」
「泰三様に妻を奪われた男は必ず最後は悦(よろこ)ぶのよ」
そう言って大山幸恵が笑った。
それはまるで、少女の様な無邪気な笑いだった。
第1部 ~おしまい~ 第2部another sideに続く
この町に“堂島学園大学”という名の学校がある。
東京にある私立高校“堂島学園”を経営する堂島泰三が、数年前に買収して校名を変更した大学。
大学のふもとには穏やかに流れる河川があり、今 その川に掛けられた大きな橋を駅に向かってトボトボ歩く男の姿がある。
妻の夏美が今年の2月に助手として採用され、夏休みを利用して半年振りの再会だったのだが。
わずか3日間の滞在でこの町に別れを告げるべく、高志は駅へと向かっていた。
アスファルトの歩道を歩きながら、昨夜からの忌まわしい記憶が甦ってくる。
流れ落ちる汗と一緒に、その記憶を拭い去ろうとするのだが・・・。
今朝の目覚めは見覚えのない部屋だった。
はて?・・・堂島泰三の屋敷で催されていたパーティー。
妻・夏美の助教授への昇進祝賀パーティーだと聞かされ、酔客達に勧められ酒を飲みほした。
疑心暗鬼のまま飲みほした。
初めて目の辺りにした堂島学園の総帥“堂島泰三”と、漆黒のドレスを身に纏った妻・夏美。
鼻の奥に“プーン”と懐かしい香りを感じた瞬間から記憶が消えていた。
見知らぬ部屋で目覚めてしばらくすると、あのゴリラ男・・・沖田が現れた。
そしてラウンジに通されると、そこにはあの女、いや、あの婦人がいた。
そして・・・・。
妻の安否を聞く高志の言葉を容易(たやす)くかわしながら、幸恵と名乗った女はコーヒーを勧めた。
カップに手を付けぬ高志に幸恵は、ゆっくり話し始めた・・・。
それから・・・。
幸恵の語り(はなし)に、驚き、怒り、思考が止まり、そして暑さも忘れ、悪夢に迷い込んだ数時間。
そして、高志は屋敷を後にした。
夏美の部屋は一見変わらぬ様子だったが、高志のキャリーバックと色違いの夏美のバック消えていた・・・。
そしてタンスの中から“それ”を見つけて、唖然とした・・・・幸恵の話を信じたくはなかったが・・・・・。
1台のタクシーがその川に掛かる橋の中腹辺りで、一人歩く男を追い越した。
そして車は10m位過ぎた所で急停車した。
バックライトが光ると車は後退し始め、男の横でピタリと止まった。
「おっ お客さん」
助手席の開いた窓から外を覗き込んだ人懐っこい笑みが、高志の表情(かお)を見て一瞬引き攣った。
(・・・・・大山さん・・・)
「・・・・妻が・・・東京に・・・」
大山は高志を乗せ、駅へ向かって走り出した。
この日の仕事はもう上がる予定だったが、その後ろ姿を見た時、なぜか車を止めてしまっていたのだった。
数日前に乗せた時から明らかにやつれた様子だが、両方の瞳は時折り血走り、時折り哀しそうだった。
大山は後部座席の高志に、掛ける言葉が思いつかなかった。
“なつみなつみ”・・・ブツブツと呟き続けていた言葉が、妻の名だと分かったのは駅の姿が見えた頃だった。
タクシーが止まり、高志が降りると同時に大山も外に降り立った。
「・・・・・」
キャリーバックを手にした高志の前に、大山が立ち。
「あ あの・・お客さん」
「・・・・・・・・・・・」
「わ・・私も色々ありましたけど・・・今は元気でやってますし・・・」
何か気の利いた言葉をと思いながらも、口に付いたのはそんなピントのずれた言葉だった。
その言葉に高志は黙って軽く頭を下げると、大山の横を通り抜けて行く。
大山はその後ろ姿をただ見送るだけだった・・・・。
そのタクシーは、この町で唯一のシティホテルの地下駐車場へと吸い込まれていった。
男はエンジンを止めるとバックミラーで自分の髪型を確認して、口元の髭の剃り残しを少し気にしながらも、すぐに車を後にした。
こんな田舎町でもバブル時に建てられたこのホテルは、それなりの造りだった。
約1年振りのこのホテルだったが、大山は勝手知ったの如くエレベーターホールに向かうと、すぐにそれに飛び乗った。
最上階のスカイラウンジに到着するまでのわずかな時間にさえ、青年の様に胸が時めいた。
ラウンジの入り口で係りの者に、予約である事を告げる。
「お連れの方は、先にお見えです」と言われ、益々胸が高鳴った。
仕事用の制服姿のまま来てしまったのは、大学近くで一人の男を駅まで乗せた為、自宅に戻る時間が無くなってしまったからだった。
「あっ “プッ” やだ」
その女性が大山の制服姿を見て顔をしかめた・・と言っても本気で嫌がっている様子ではないが。
「すまんすまん。仕事をは早めにあがるつもりだったんだけど、一人拾って駅まで行ったから」
「ふふ、本当に“あなた”は昔から仕事熱心ね、東京でサラリーマンをしていた頃から」
大山が頭をかいた。
「もう少しその熱心さを“奥さん”に向けてたらね・・」
「すまんすまん、そう言うなよ・・・・それより相変わらず元気そうだな」
「ええ、おかげさまで」
「そうか“あいつ”は今でも現役なんだよな・・・・俺と同じ60位なのに」
「ふふ、そうよ“旦那様”は昔から今でも凄いんだから」
「ふーーー妬けるね」
「・・・・・」
「まあ、でも、その“嫉妬心”が今の俺のエネルギーなんだけどな」
「ふふ、この1年も今日の日の為にがんばって来たんでしょ?・・・はい」
そう言って女が小さな手提げ袋を渡した。
大山はそれを覗きながら。
「今年は5枚か・・」
「ふふ、でも中身は去年より過激よ」
「そ そうか、それは楽しみだな“君”も年々若返っていくようだし」
「うふ、冗談でもうれしいわ」
「冗談じゃないよ。俺は本気で言ってるんだ」
「うふ、ありがとう。泰三様に言っておくわ」
大山が唇を噛みながら。
「堂島泰三か・・・」
「ええ。私の“ご主人様”よ」
「・・・・・・」
「ふふ。色々あったけど、今では私を“奪ってくれた事”に感謝してるのよね?・・・・寝取られマゾなんだから」
「・・・・・・・・」
「泰三様に妻を奪われた男は必ず最後は悦(よろこ)ぶのよ」
そう言って大山幸恵が笑った。
それはまるで、少女の様な無邪気な笑いだった。
第1部 ~おしまい~ 第2部another sideに続く