小説本文



 屋敷のその広間は30畳以上の広さがあり、天井の高さは10m以上はあるのか。
 大きなシャンデリアが部屋中を明るく照らし、その光の下で30人ほどの中年の男と女が楽しいひと時を過ごしている。
 2階には踊り場があり、そこから赤い絨毯が敷かれた階段がある。
 そこに一人の女性が姿を現した。


 「夏美先生だわ」
 「素敵なドレスね」
 周りから酔客たちの声が聞こえてくるが、高志の耳には、どこか遠い声。
 夏美に向かう視線にも薄い膜が掛かり、先程から高志は目をしょぼつかせる。
 

 夏美は身長163cm、全体的にスレンダーな身体が黒いドレスに包まれている。
 コンプレックスの競泳選手の様な肩が露わになっているが、そんな事を気にする者はここには誰もいない。
 両耳に大きなイヤリングを輝かせて、壇上から下界の者にその身を披露し終えたのか、夏美がゆっくり赤い絨毯の階段を降り始めた・・・。華麗に、そして優雅に。


 最後の一段を降りた時だった。
 大柄な男が、いつの間にか待ち構えていた。
 夏美がその男の肘に手を掛けると、2人は中央に向かって歩み始める・・・。
 まるでヴァージンロードを歩く新婦とその父親の様に。
 その2人から数歩遅れて、介添え人の様に一人の小柄な女が付いて歩く。
 

 男は、一言でいうと恰幅の良い男・・・堂島泰三。
 白い物が混ざった髪はビシッと決まっていて、目尻から頬にかけて出来た皺(しわ)は歴戦の強者を印象付ける。
 単に歳を取っただけの男で無い事は、身体中から漲(ほとばし)るオーラが証明している。
 夏美が実齢よりも若く見えると言ったのも頷けた。


 夏美と堂島が祝声を浴びながら、高志の元へと向かってくる。
 2人のすぐ後ろには女が畏まっている。
 あの夜は怪女のように見えたその風体も、光の下では品の良い婦人に見えた。
 参道を掻き分けた2人が、高志の前に立つ。


 夏美の手が、堂島からスッと離れた。
 高志は夏美を見つめようとするのだが・・・・。


 「ご主人初めまして、堂島泰三と申します」
 少し皺(しわ)がれているが、よく通る重みのある声・・・なのだが、高志の耳には残らない。


 「・・・・・・・・・」
 「ご主人、どうかされましたか?」
 高志の視界が一層ぼやけていた。


 高志の様子を見届け、堂島の目がニヤリと笑いながら、沖田に向く。
 “予定通りです” ・・とでも言うように沖田の目が頷いた。


 高志は何とか踏ん張ろうとするが、身体は揺れている。
 瞼がくっ付きそうになる寸前で、何とか目を広げようとするのだが、視界の中が揺れている。
 夏美が心配そうに近づいてきた。


 (な つ み・・・)


 差し出した高志の手が宙を噛む・・・と、同時に身体がつんのめる様に倒れ込んだ。
 その身体を、夏美と沖田が受けとめる。


 プーンと覚えのある匂いが、高志の鼻に着いた。
 そして・・・・。
 「ゴメンナサイ・・・・アナタ・・・・」
 夏美の小さな小さな声を遠くで聞きながら、高志の意識は消えていった。


 周囲から小さな驚きが上がる。
 「皆様 大丈夫です。夏美先生があまりにも御綺麗なので目を回されたようです」
 沖田が高志を抱え上げるその横で、堂島がその場を落ち着かせるように掛けた言葉に小さな安堵が起こった。


 「あらら、飲ませすぎたかなぁ」
 「奥様が助教授になるのが、とてもうれしかったのね」
 酔客の声の中を、堂島の一団が扉の方へと向かおうとする。


 「我々はご主人を別室の方へ連れて参ります。皆様は引き続きご歓談ください」
 沖田の言葉に、会場は再び動きだした。


 廊下に出た一団は、先頭に高志を抱えた沖田が、その後ろに堂島、その横に夏美が、そして一番後ろを女がついて歩く。
 廊下の突き当たりの左右両側に扉があった。
 堂島が左側のドアノブに手を掛けながら。
 「沖田、そっちの部屋の娘はどうした」
 

 「はい。この男に飲ませた物と同じ物を飲ませております」
 沖田が、抱え上げた高志をアゴで指しながら答えた。


 「そうか。なら、しばらくは起きんな」
 「はい」
 「では、“こっち”が済んだら好きにしろ」
 「はい」
 沖田の口元が極上に歪んだ。


 部屋に入ると、沖田がベットの上に高志をそっと置く。
 先ほどから、夏美は俯いたままだ。


 「幸恵(サチエ)」
 堂島がアゴを振ると、幸恵と呼ばれた女が部屋の隅の戸棚に向かう。
 沖田が幸恵から渡されたビデオを、ベットの横にセットした。
 そして沖田はもう一つ、ハンディタイプのビデオを手に取った。


 「沖田、ご主人様の顔が映らない様にね」
 幸恵の言葉に、沖田が心得たように頷いた。


 堂島が一人がけのソファーをベットに向けて位置を変え、ドスリと腰を下ろした。
 夏美はまだ、立ったままの姿勢で俯いている。


 「夏美」
 その声にビクンと背筋は跳ね上がり、夏美は声の主を見つめる。
 堂島の細く鋭い目が真っ直ぐ見つめていた・・・と、その瞬間、夏美の心の奥から覚醒の光が広がっていった。


 「さあ夏美、見せてもらおうか」


 夏美がゆっくり漆黒のドレスに手を掛けた。
 ドレスが床に落ちると、黒いショーツ1枚の姿が現れた。


 ベットの横ではカメラが回っている。
 もう一台、ハンディタイプを持った沖田が、ベットに眠る高志と夏美を交互に捉えている。
 夏美がゆっくりとベットに上がった。


 夏美はベットの上で、黒いショーツ1枚の姿で夫の身体を跨ぎ、股下に夫の寝顔を見下ろした。
 瞳には、光るものが見えている。
 しかし・・・・。
 堂島の冷艶な目に射止められ、夏美の頬には陶酔の色が浮かぶ。


 夏美が徐に太股を拡げながら、夫の寝顔へ股間を近づける。
 腰を下ろすと、己の身体を後方で支えるように両腕を夫の脇腹の横に付けた。
 そして・・・・。
 夏美は下腹に力を入れ、ギュッと肛門を締め、・・・そして夫の鼻先寸前の所で大きく股をMの字で拡げると気を入れた。


 夏美はその姿のまま。
 「・・・アナタ・・・許して・・・・・・・・・・・・」
 夏美の瞳からボロボロと涙の雫が零れ落ちていく。


 「・・・私・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 夏美の口から・・・・・・・・・・・言葉が溢れ続けた。
 その言葉は眠る夫に掛けられたものなのか、それとも己自身との決別の言葉か・・・・。
 暑い暑い夏の夜が更けていった・・・。