病院からタクシーに乗った高志は、運転手に「堂島学園」と一言告げると目を閉じた。
新一の容態は思ったほど心配する事ではなかったし、彼の親御さんが来れば弥生の気持ちも更に楽になるだろう。
それにしても、新一は誰かに通り魔的に襲われたのか? それとも喧嘩でもしたのか? ・・・。
それよりあのタバコ・・・・。
タバコの銘柄に詳しいわけではないが、あの箱は頻繁に目にする物ではない。
やはり部屋のゴミ袋にあった物は・・・・・。
そして夏美は今どこに・・・・・。
車の中から橋が見えてきた。
「運転手さん、あの手前のドライブインに入ってもらえますか、後はここから歩きますから」
夕べから何も食べていない事を思い出したのだ。
(腹が減っては、何とやら・・じゃないが)
太陽は既にエンジン全開、時刻は12時過ぎだった。
そのドライブインは、いかにも田舎町のそれだった。
お世辞にも美人とは言えない双子のような中年の女2人が、カウンターの中で暇そうにしている。
その彼女たちが高志にカウンター席を勧めたのは、暇つぶしの話し相手が欲しかったからだろうか。
今、店に居る客は高志一人だ。
注文したサンドイッチがほとんど高志の胃袋に消えた頃だった。
そのタイミングを待ってましたとばかりに、カウンターの中の一人が話しかけてきた。
「お客さんは大学の関係の方?」
「へっ? ああ・・・いえ 違います」
「じゃあ御旅行? ・・・ でもこんな田舎に・・」
「いや、・・その・・。身内が大学で働いてまして・・・」
「まあ、御身内? じゃあ、その人は教授の方?」
「え ええ、妻がこちらで助手をやらせてもらってます」
高志の話にカウンターの中で、その女達が目を合わせニヤッと微笑んだ。
恰好の話のネタが現れてくれたといった感じだ。
「差支えなければ、何て言う助手(せんせい)なんですか?」
「はあ、山中夏美といいます」
その言葉に女達がもう一度目を合わせた。
「最近来られた方? 私たち、大学の先生の名前と顔は大体一致するんだけど」
「ええ、そうなんです。今年の2月ごろですかね。だからこちらに来てまだ半年くらいです」
「ああ そうか、じゃあ私たちには、分からないわ」
女たちの無邪気な声を聞きながら、高志はアイスコーヒーに口を付けた。
「でも夏休みなのに仕事なんて大変ね、旦那さんも寂しいでしょ」
「ええ、でも仕方ありません・・・」
「あのヤリ手の理事長さんが、東北の大学も買収しようとしていて、何かと忙しいのよ」
それまで黙っていたもう一人が口を開いた。
「えっ そんな話があるんですか?」
「ええ、そうなのよ。堂島学園は結構力があるからね。関東から東北にかけての経営不振の大学からいろいろ相談が来るのよ。何年か前にこの大学が危くなった時も堂島さんが助けたのよ。そのおかげで私たちも商売を続けていられるんだけど」
確かに今いる客は自分一人だが、夏休みが終わればこんな店でも学生でごった返すのだろう・・・と高志は思った。
「あの・・“堂島泰三”さんっていうのは、どういう方なのですか?」
「ええ、そうね」
そう言って女達が身を乗り出してきた・・やっと調子が上がってきたという感じで。
「この辺りはね、昔から堂島一族の土地なの。先々代がこの土地で教師をしていたらしいんだけど、ある時東京に行って学習塾を始めたの。それが徐々に大きくなって、今の“堂島学園”っていう高校になったの。今の理事長も最初はその学園で教師をしてたらしいわよ・・今から何十年以上も前の事だけど」
「そうだったのですね」
高志は感心しながら頷いた。
「それでその学園で教頭になって校長になって、何年か前に経営側にまわったのかな」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・)
「ところでお客さんも、あの屋敷みたでしょ? 凄いでしょ」
「はい、最初見た時はビックリしました」
「古い建物を改装したらしいけど、パーティーが出来るような大広間もあるらしいわよ」
「そうなんですか」
「堂島さんはいろんな方面に顔が広いから、時々大勢の人が集まって楽しい事をやってるみたいよ」
「・・・・・」
「皆さんあの中で、どんな事をしてるんでしょうね?」
もう一人の女が呟いた。
「堂島さんは凄く恰幅のいい人だって聞いてますが、性格はどんな感じの人なんですかね?」
高志の言葉に、女達は頷いて。
「経営者としては凄いと思うけど…いろいろと噂がね・・・」
そう呟いて一人が同意を求めるように、隣に目を向けた。
「あのね、昔から泰三さんには、あちこちに彼女がいたらしいわよ。“妾” “愛人”って言うのかしら」
「堂島さんは結婚してるんですか」
「一度もしてないと思うわ」
「ふむ・・・あの大きな屋敷には3人で住んでるとか」
「あの御屋敷に女の人が居るんだけど、やっぱり東京から連れて来た女(ひと)みたいよ」
「学園で働いていた人じゃないかしら」 ・・・ もう一人の女が意味深に呟いた。
高志の頭には昨晩、屋敷の前で会った変に落ち着いた怪しげな女の容姿が浮かんでいた。
「あの・・もう一人男の人が居ますよね、ゴリラの様な・・」
「その人も東京から来た人じゃないかしら・・・まあ、運転手か小間使いなんでしょうけど」
(・・・・・・・・・)
その言葉を最後に高志は、残っていたコーヒーを飲みほし、時計を見た。
長居するつもりはなかったが、知らずの内に1時間近くも、この女たちと話し込んでしまっていた。
店を出た高志は、灼熱の太陽を浴びながら“よし!”と気を入れ、橋の方に向かって歩き出した。
川を渡ると大学の校舎、それに堂島泰三の屋敷が見えてきた。
昨日、あの屋敷で夏美の身に“何か”が起こったのは、もう間違いの無い事だろう。
しかし、それは夏美にとって止むを得ない事情があったからに違いない・・・・と、高志はそう信じている。
今朝、部屋で夏美のショーツを見た時は一気に頭に血が上ったが、冷静に考えてみれば夏美が自らの意思で夫を裏切るような行為をする事はありえない。
必ず“何か”事情があったのだ。
夏美は今も“その事情”に身も心も拘束されているのではないか・・・・・。
高志は流れ落ちる汗を拭いながら、堂島の屋敷の前にたどり着いた。
そして迷うことなく、ブザーに指を伸ばした・・・・・・。
新一の容態は思ったほど心配する事ではなかったし、彼の親御さんが来れば弥生の気持ちも更に楽になるだろう。
それにしても、新一は誰かに通り魔的に襲われたのか? それとも喧嘩でもしたのか? ・・・。
それよりあのタバコ・・・・。
タバコの銘柄に詳しいわけではないが、あの箱は頻繁に目にする物ではない。
やはり部屋のゴミ袋にあった物は・・・・・。
そして夏美は今どこに・・・・・。
車の中から橋が見えてきた。
「運転手さん、あの手前のドライブインに入ってもらえますか、後はここから歩きますから」
夕べから何も食べていない事を思い出したのだ。
(腹が減っては、何とやら・・じゃないが)
太陽は既にエンジン全開、時刻は12時過ぎだった。
そのドライブインは、いかにも田舎町のそれだった。
お世辞にも美人とは言えない双子のような中年の女2人が、カウンターの中で暇そうにしている。
その彼女たちが高志にカウンター席を勧めたのは、暇つぶしの話し相手が欲しかったからだろうか。
今、店に居る客は高志一人だ。
注文したサンドイッチがほとんど高志の胃袋に消えた頃だった。
そのタイミングを待ってましたとばかりに、カウンターの中の一人が話しかけてきた。
「お客さんは大学の関係の方?」
「へっ? ああ・・・いえ 違います」
「じゃあ御旅行? ・・・ でもこんな田舎に・・」
「いや、・・その・・。身内が大学で働いてまして・・・」
「まあ、御身内? じゃあ、その人は教授の方?」
「え ええ、妻がこちらで助手をやらせてもらってます」
高志の話にカウンターの中で、その女達が目を合わせニヤッと微笑んだ。
恰好の話のネタが現れてくれたといった感じだ。
「差支えなければ、何て言う助手(せんせい)なんですか?」
「はあ、山中夏美といいます」
その言葉に女達がもう一度目を合わせた。
「最近来られた方? 私たち、大学の先生の名前と顔は大体一致するんだけど」
「ええ、そうなんです。今年の2月ごろですかね。だからこちらに来てまだ半年くらいです」
「ああ そうか、じゃあ私たちには、分からないわ」
女たちの無邪気な声を聞きながら、高志はアイスコーヒーに口を付けた。
「でも夏休みなのに仕事なんて大変ね、旦那さんも寂しいでしょ」
「ええ、でも仕方ありません・・・」
「あのヤリ手の理事長さんが、東北の大学も買収しようとしていて、何かと忙しいのよ」
それまで黙っていたもう一人が口を開いた。
「えっ そんな話があるんですか?」
「ええ、そうなのよ。堂島学園は結構力があるからね。関東から東北にかけての経営不振の大学からいろいろ相談が来るのよ。何年か前にこの大学が危くなった時も堂島さんが助けたのよ。そのおかげで私たちも商売を続けていられるんだけど」
確かに今いる客は自分一人だが、夏休みが終わればこんな店でも学生でごった返すのだろう・・・と高志は思った。
「あの・・“堂島泰三”さんっていうのは、どういう方なのですか?」
「ええ、そうね」
そう言って女達が身を乗り出してきた・・やっと調子が上がってきたという感じで。
「この辺りはね、昔から堂島一族の土地なの。先々代がこの土地で教師をしていたらしいんだけど、ある時東京に行って学習塾を始めたの。それが徐々に大きくなって、今の“堂島学園”っていう高校になったの。今の理事長も最初はその学園で教師をしてたらしいわよ・・今から何十年以上も前の事だけど」
「そうだったのですね」
高志は感心しながら頷いた。
「それでその学園で教頭になって校長になって、何年か前に経営側にまわったのかな」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・)
「ところでお客さんも、あの屋敷みたでしょ? 凄いでしょ」
「はい、最初見た時はビックリしました」
「古い建物を改装したらしいけど、パーティーが出来るような大広間もあるらしいわよ」
「そうなんですか」
「堂島さんはいろんな方面に顔が広いから、時々大勢の人が集まって楽しい事をやってるみたいよ」
「・・・・・」
「皆さんあの中で、どんな事をしてるんでしょうね?」
もう一人の女が呟いた。
「堂島さんは凄く恰幅のいい人だって聞いてますが、性格はどんな感じの人なんですかね?」
高志の言葉に、女達は頷いて。
「経営者としては凄いと思うけど…いろいろと噂がね・・・」
そう呟いて一人が同意を求めるように、隣に目を向けた。
「あのね、昔から泰三さんには、あちこちに彼女がいたらしいわよ。“妾” “愛人”って言うのかしら」
「堂島さんは結婚してるんですか」
「一度もしてないと思うわ」
「ふむ・・・あの大きな屋敷には3人で住んでるとか」
「あの御屋敷に女の人が居るんだけど、やっぱり東京から連れて来た女(ひと)みたいよ」
「学園で働いていた人じゃないかしら」 ・・・ もう一人の女が意味深に呟いた。
高志の頭には昨晩、屋敷の前で会った変に落ち着いた怪しげな女の容姿が浮かんでいた。
「あの・・もう一人男の人が居ますよね、ゴリラの様な・・」
「その人も東京から来た人じゃないかしら・・・まあ、運転手か小間使いなんでしょうけど」
(・・・・・・・・・)
その言葉を最後に高志は、残っていたコーヒーを飲みほし、時計を見た。
長居するつもりはなかったが、知らずの内に1時間近くも、この女たちと話し込んでしまっていた。
店を出た高志は、灼熱の太陽を浴びながら“よし!”と気を入れ、橋の方に向かって歩き出した。
川を渡ると大学の校舎、それに堂島泰三の屋敷が見えてきた。
昨日、あの屋敷で夏美の身に“何か”が起こったのは、もう間違いの無い事だろう。
しかし、それは夏美にとって止むを得ない事情があったからに違いない・・・・と、高志はそう信じている。
今朝、部屋で夏美のショーツを見た時は一気に頭に血が上ったが、冷静に考えてみれば夏美が自らの意思で夫を裏切るような行為をする事はありえない。
必ず“何か”事情があったのだ。
夏美は今も“その事情”に身も心も拘束されているのではないか・・・・・。
高志は流れ落ちる汗を拭いながら、堂島の屋敷の前にたどり着いた。
そして迷うことなく、ブザーに指を伸ばした・・・・・・。