小説本文



ひんやり冷え切ったタクシーの中で、会ったばかりの男たちが“妻”という言葉を切っ掛けに、何かに取りつかれた様に話し続け、そして聞き入っている。
 「小窓から覗くとすぐ右側にキッチンが見えて、ダイニングの扉が開いて続き間になってました。電気が明々と点いていて布団の上に素っ裸の男と女がいましたよ」


 「・・・・お客さんは、目の前で他人のSEXを見た事がありますか?」
 「い いえ、一度も・・・」


 「・・・・・・目の前の男は私より2回り位デカくて、その男のデカい尻(ケツ)が、仰向けの女房の股の間で凄い勢いでパンパンパーンって動いてましたよ。私は胃袋を得体のしれない物に握りつぶされた感じで息が出来きずに声も出せませんでした・・・・」


 「女房の顔なんかは初めて見る表情(かお)でしたよ。男が太い腕で女房をいろんな格好にするんです。私ら夫婦でやった事のない型(かたち)ですよ。男が腰を叩くと女房の奴が心得たように四つんばいで臀(しり)をグーッて上げるんですよ。男が肩を押すと、仰向けに寝転がって股を拡げるんですよ。男が太股(ふともも)を内側から叩くと上に乗っかるんですよ。・・・まさに“あ・うん” の呼吸ってやつですよ。・・・・・心の中で 『ああ、もう完全に馴染んでる』って思いました」
 (・・・・・・・・・・・・・・)


 「男はわざと私に見せつけるように色んな格好で犯(や)ったんだと思います・・・・。キスなんて、涎(よだれ)や唾(つば)を垂れ流しながら吸いあいながらですよ。女房なんて眉間に皺(しわ)を寄せて必死になって男の舌を吸ってましたよ」


 「男は自分の一物を入れて出してはしゃぶらせて、又 入れて出してはしゃぶらせて・・・・女房は自分の液でグショグショになった男の物を取りつかれた様にしゃぶるんですよ、鼻の穴をこーんなに拡げて・・・・。『ああ、女房の奴 フェラチオする時 こんな顔するんだ』なんて変に感心しましたよ」
 (・・・・・・・・・・・・)


 「そして最後に男が女房の腕を自分の首に巻きつけさせましてね、太股を拡げてグッと持ち上げました・・・・駅弁ファックっていうやつですね」
 (駅弁・・・・・)


 「聞いた事はありましたけど、その時初めて見ましたよ。それで男が女房を抱えたまま歩き回るんですよ、腰を揺すりながら。女房の足が蛙(カエル)みたいに開かれてね。女房のデカイ臀(しり)が揺れるたびに男の赤黒い一物が見えてね・・・」


 「そしてね・・・・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・そして?」


 「そして、女房の顔がこっちを向いて男の肩にアゴを乗せるようにねキスをねだったんですよ。・・・・その時 視線を感じたんですかね・・・女房の目がスーッと上がりましてね。スローモーションのようにその目が拡がっていくのがよく見えました」
 (うっっ・・・)


 「そして『ギャーーーー』って叫んだんですよ。暴れながら、片足が床に落ちると男を突き飛ばすようにして、床に落ちてるシーツなのかタオルなのか服なのかを拾い集めるようにして、胸を隠すようにして向こうの部屋へ飛び込んで行きましたよ・・・・」
 「そ それで・・・・・」


 「それで・・・・男がゆっくり私の方に向き直りましてね・・・。シーンと私の方を見てました・・・。威風堂々とでも言うんでしょうか・・・。そして目礼をするように頭をペコリと下げたんです」
 「・・・・・・・そ それで・・・・」


 「そして男は、女房が逃げ込んだ部屋へ入って行きました・・・・・」
 「そ それで、大山さんはその後どうされたんですか」


 「その時、私は魂を引き抜かれて抜け殻のようになってたんでしょうね。前の日と同じように、何処をどう通ったのか・・・フラフラ気が付いたら家の前で立ってましたよ。家の中に入って真っ暗な寝室に入ったら急に震えが来ましてね。その時初めて恐怖を感じましたよ、これからどうなるんだろうって。・・・・・・情けない男ですよね」
 「そんな・・・・・。それでその日は奥様は帰って来たのですか?」


 「ええ・・明け方」
 「明け方・・・・・・」


 「私は一睡も出来なかったんです。・・・・明け方、女房が帰ってきて・・・一目で憔悴(しょうすい)しきってるのが判りました。そして、私の前に来ると土下座して『御免なさい』って・・・・」
 「・・・・・・そ それで」


 「それでポツポツと自分から喋り始めました、男との“馴れ初め”を・・・・・。」
 (・・・・・・・・・・・)


 「男は職場の上司でした」
 「そうですか・・・・」


 「『御免なさい』って何度も言ってましたが、結局“許してくれ”って一度も言いませんでしたね。私もあんなSEXを見せつけられたら、もうやっていくのは無理だろうって、心の中で感じてましたから・・・・・」
 「じゃあ・・」


 「ええ、どっちからでもなく、別離(わかれ)ようって事になりました・・・・」
 「そうですか」


 「男からは、すぐに丁寧な“詫び”がありました。スーツを着て私の前でどうどうと土下座して・・・・」
 (・・・・・・・・・)


 「慰謝料の事も男の口から出ましたが、そんな物はもうどうでもいいって感じでしたね」
 「じゃあ慰謝料は取らなかったんですか?」


 「ええ。最後に少しでも意地みたいなものを見せたかったんでしょうかね、『俺が女房をお前にくれてやるんだ』みたいな・・・・」
 「その男と奥さんは一緒になったんですか?」


 「いいえ、今でも一緒に居るけど籍はいれてません」
 「そうですか・・・・」


 「さて、そろそろ着きますね」
 高志の目に大きな川と橋が見えてきた。


 「お客さん、長々とありがとうございました。・・・・ところで今の話は面白かったですか。本当の話だと思いました?」
 「ええっ!・・・・つ 作り話なんですか?」


 「・・・・いいえ。半分以上は本当ですよ」
 「・・・・・・」


 その時 車は丁度、神社の階段の下に到着した。
 高志は料金を支払い、開いたドアから降りようと片足を地面に下ろしながら。
 「大山さんは何故、私にあんな話を聞かせたんですか?」


 お釣りを渡しながら大山が答える。
 「う~ん・・・“男”はやっぱり強くなくちゃいけませんよね。・・・・上手く言えませんが・・・、女房が初めて男に抱かれた時・・そのSEXが“私の方が良かったら”・・・おそらく2度目は無かったと思うんですよ・・・」
 「・・・・・・・・・」


 「まあ、馬鹿な男の言草です」
 「・・・・・・・・・・」


 「さて、本日はありがとございました」
 大山は営業用のスマイルを残すと、その場を後にした。


 高志は神社の階段を見上げると一息つき、そして境内に向かって登り始めた・・・・・。