小説本文



私はどの位の時間、暗くなったパソコンの画面を眺めていたのだろうか。
 ビデオの中で綾が言った言葉の一つ一つを忘れないように思い出していた。


 綾は私の事を本気だった・・・・・。
 申し訳のない気持ちが湧き上がり、静かに目を閉じた。
 その綾が別れの挨拶と共に“贈り物”があると言った。
 まゆみ・・・・作り変えたまゆみだと・・・・・。
 でもそれは、厳密に言うと作り変えたのではなく、心の奥底に眠っていた真の姿を見せるという事なのだろう・・・。
 それを確かめるには、“招待状”を受け取り、その“宴(えん)”とやらを実際にこの目で見るしかないのだろうか。


 そして・・・・。
 そして何より驚いたのは“彼(かれ)”・・“あの人” ・・・・・武(たけし)の事だ。
 3年ほど前、面白半分に寝取られサイトの掲示板に書き込んだあの事 ・・・ 《私の妻を題材にして、どなたか小説を書いて頂けませんでしょうか?妻が見知らぬ男に陵辱されて喜ぶ姿が頭に浮かんで仕方ありません》
 私の書き込みに執筆を申し出てくれた“彼(かれ)” ・・・ ハンドルネームを“武(たけし)”と名乗っていた。


 綾がまさか武にメールを送っていたなんて・・・・。
 そして武(かれ)が綾に協力していたなんて・・・。


 そこまで考えた私は思い出したように携帯電話を開いた。
 武のメールアドレスを保存していた事を思い出したからだ。
 

 久し振りにそのアドレスを確認した私は、目の前のパソコンからメールを送る事にした。
 もちろん相手は武(かれ)だ。
 フリーメールにログインして画面を開いた。
 《N.T○○○○○○@Y○○○○※※※※》 ・・・ 私は丁寧にキーを叩いた。


 件名は “淫欲の闇”。
 《武さん ごぶさたしています。 3年ほど前、武さんに“淫欲の闇”と言う小説を頂いたゆうじです。  その節はありがとうございました。突然ですが、武さんは 佐々木 綾 さんと言う方からメールを頂いた事がありますでしょうか?  ひょっとしたら別のハンドルネームを名乗っている可能性もありますが、現実の世界で“私の愛人”だと言った女性です。 3年ぶりのメールでいきなり変な質問で申し訳ありません。一度ご連絡いただけませんでしょうか ・・・・・・・ゆうじ》
 私は打ち込んだその文章を2度ほど読み直し、送信をクリックした。


 はたして“武(かれ)”から返事が来るだろうか。
 私は一つ深呼吸すると、パソコンのスイッチを落とし帰り支度をした。


 家に着いたのは何時頃だったか。
 寝室には無邪気なまゆみの寝顔があった。
 本当にこの妻が私以外の男と交わったのか?
 乱交に若い男・・・・・・・。
 あれは綾の最後のジョークなのではないか? 思わずそんな言葉が浮んでしまうほど、今まで通りのまゆみの寝顔ではないか・・・。
 しかし・・・・確かにまゆみは、私とSEXは出来ないと言ったのだ・・・・。


 パジャマに着替えた私は、ベットに入る前に思い出したように寝室の隅に置いてあるパソコンのスイッチを入れてみた。
 もちろん武(たけし)からの返信が着てないかを確認する為だ。


 起動音が聞え、画面が現れると直ぐにログインした。
 一通の受信があった。
 ゴクリ ・・・ 思わずツバを呑み込んだ。
 そして・・・・それを開いてみた。


 件名は・・・“招待状”。
 アドレスは間違いなく、見覚えのある“武(かれ)”のものだ。


 《近藤ゆうじ様
  日時:○月○日 日曜日 AM11:00
  場所:東京都※※※・・・・  ○○○タワー 1903号室

  スペシャルゲストとして貴殿を私達の『宴』にご招待いたします。
  当日は11時丁度にマンションのエントランスのインタフォンで1903を押してください。
  尚、その際運転免許証をご提示下さい。
  心よりお待ちしております。               武》


 アーーーーーーーーーーーーーーーーーー ・・・・声こそ出なかったが、私は目と口を大きく開き呆然とした。
 間違いなく“武(たけし)”だったのだ。
 私はもう一度まゆみの寝顔を覗きこんだ。


 (ああ・・・ま・・・まゆみ・・・・)
 妻は、やはり・・・“男”と・・見知らぬ男達と交わっているのだ・・・・。


 私の手が無意識にまゆみに伸びていた。
 静まり返った寝室で今、私はどんな顔をしているのか?
 肩まで掛かった布団の端を掴むと、ググッと手の平に力が入る。
 震えが腕から身体全体へと走っていく。


 身体の震えはいつまで続くのか・・・。




 日曜日。
 武からの招待状を見たあの夜から、私の心はさ迷い続けた。
 普段と何一つ変わらない妻の様子を横目で見ながら、一日一日を過ごした私だった。
 そしてこの日がやって来たのだ。


 土曜日の夜、まゆみは言った『明日は朝から高校の同級生と~・・・・』
 言い終わったまゆみの瞳の奥に妖しい光が見えたのは、私の気のせいか?
 それと同時に唇の端が歪んで見えたのは、私の思い過ごしか?


 興信所の男からもらった写真と同じセミフォーマルで着飾ったまゆみが、家を出たのは8時過ぎだった。
 招待状には、11時にマンションエントランスのインタフォンを鳴らせと書いてあった。
 私は紺色のブレザーを着ると家を出た。
 今まで経験した事のない奇妙な武者震いを感じながら・・・・・。