小説本文



携帯電話を覗くなんて初めての事だった。
 まゆみが寝入ったのを確認した私は、枕元に手を伸ばしたのだ。
 それは驚くほど無防備だった。
 メールの過去の履歴を含め、ロックはどこにも掛かっていない。
 だからなのか・・・そこに怪しいやり取りを示すものは何一つ無かった。


 携帯電話を閉じ、枕元にそれを戻した私は、次にタンスを開けてみた。
 しかしそこにあった下着も、40過ぎの女性が身に着ける物としては極々普通のものではないか。
 携帯電話・・下着 ・・・ 私の疑心は、この時点ではまだまだ満足のいくものではない。


 全ては私の妄想の仕業なのか。
 私はまゆみの寝顔を見ながら、考え込んだ。
 そう言えばネットで読んだ“寝取られ小説”に、興信所を使う話があった。


 (尾行か・・・・・)
 ふと、その言葉が頭に付いた。
 週に1,2度なら、外回りに合わせてそれも可能かもしれない。
 私は思い出したように、妻の手提げ鞄を捜してみた。
 その中にある手帳に、パートのスケジュールが書いてあると思ったからだ。


 パートの予定の無い日にち、時間、それを狙って尾行する事が出来れば、ひょっとしたら何かを掴めるかも知れない。
 そんな事を考えながらバックを見つけ、手元に持ってきた。
 小さな黒い手帳の中には、今月末までのスケジュールが記されてあった。
 “パート”と言う可愛らしい文字が白いマスの中にあったのだ。
 私はそれを自分の携帯電話にメモすると、手帳を元に戻し、もう一度まゆみの寝顔を確認した。


 はたして何か分かるだろうか?
 いや、“何か”ではない。
 私の目的は綾を見つける事なのだ。
 まゆみの先に綾がいる可能性を考えているのだ。
 綾を見つけ、綾からまゆみとの関係の精算を確認するのだ。
 そしてまゆみとの仲を取り戻すのだ。
 そして・・・・・。
 綾との関係は・・・。




 次の日から仕事の調整をして、俄(にわ)か探偵が始まった。
 火曜日 ・・・ 午後の3時間ほど、会社の車で自宅の周りをうろつく事が出来た。
 しかし、1階のシャッターは全て上がっていた。
 まゆみは家の中に居るのだろう。


 金曜日 ・・・ 昼前後の3時間ほど、時間を取る事が出来た。
 私はまた車で自宅に向かってみた。
 しかし、この日もシャッターは上がっていた。
 やはり、まゆみは家に居るようだ。


 わずか2回の探偵ごっこで、私は早くも効率の悪さを実感した。
 この日の夜に又、あの漫画喫茶に行ってみた。
 今回の目的はネットだった。
 キーワードは妻の浮気調査。
 結局最後に響いたものは、やはり興信所だった。


 月曜日。
 絞り込んでいた興信所に足を向けた私は、とりあえず一週間の調査を依頼した。
 水曜日。
 いきなり電話が来た。


 『近藤さんの携帯でよろしいですか?』
 電話の向こうは落ち着いた男の声だった。


 『今、M駅の近くなのですが、この界隈に奥様のお知り合いとかはいますでしょうか?』
 (M駅?・・・・)


 頭の中にその駅のイメージを浮かべたが、そこから連想されるものは何もない。
 今までのまゆみの交友関係からも、その駅は何も縁の無いものだと思えた。


 『奥様は先程、○○○タワーと言うかなりオシャレなマンションに入っていかれました』
 (・・・・・・・・・・・・)


 『オートロックのマンションなので、私も部屋番号までは確認出来なかったのですが・・・』
 (○○○タワー・・・・・・)


 私は電話口の男の声を聞きながらも、そのマンションの名前を繰り返し呼んでいた。
 しかし私の記憶には出てこないマンションだ。


 『近藤さん ・・・・よろしいですか、私このままマンションの見える位置で奥様が出てくるのを待っています。近藤さんもここに来られますか?』
 一瞬考えた私だったが、仕事の都合、それとなぜかその場でまゆみとニアミスしたくない気持ちがあった。


 「いや・・・・そちらでお願いします・・・・・」
 私は電話を切り、もう一度その駅のイメージを思い浮かべた。
 まゆみは何をしに、M駅のそんなオシャレなマンションに行ったのだろうか?
 そのマンションに綾が居るのだろうか?
 まさか、そこから綾と腕を組んで出てくるとは思えないが・・・・。


 興信所に行ってわずか3日目でまゆみにアクションがあったのは、ラッキーと考えた方が良いだろう・・・・。
 一連の流れは確実に新たな展開を迎えようとしている。
 梅雨空を見上げた私に、武者震いが起こった。

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