小説本文



漫画喫茶の狭いブースの中で、私はパソコンの画面に見入っていた。
 カメラは時折他のカップルを映すが、やはりまゆみを中心に撮っているようだ。
 綾が前に言った“あの方” “その人” ・・・ その人物がカメラを操作しているのだろうか?
 絨毯(じゅうたん)の上で、それこそネコのようにじゃれあうカップルもいる。
 先程から女は、まゆみをバイブレーターで甚振(いたぶ)っている。
 この50近い細身の女には、Sの気があるようだ。


 まゆみは四つんばいで尻を高く上げ、後からバイブで突かれている。
 『はあ~ん』 ・・・ 不自由な格好からも呻き声が上がっている。
 チラッと見えた黒いグロテスクな物には、小さな突起が付いていた。
 膣とアナルを同時に攻める事の出来るやつだ。
 画面の音声は微かに聞える程度で、所々で笑い声、官能の声、そして悲鳴のようなものが届いて来る。
 まゆみは女に抜き差しをされながら、片手の手の甲を口に当てていた。


 (・・・まゆみの癖だ・・・)
 私達が、頻繁(ひんぱん)に夫婦の営みを行っている時だった・・・・・。
 家でSEXをする時、物心の付いてきた子供達に気付かれないように、“声”に気を使っていたのだ。
 あの頃のまゆみはどんな体位でも逝きそうになると、片手の手の甲を口に当て、自分の声が漏れないように押さえていたのだ。
 ビデオの中には子供は居ないが、取り囲む者達に自分の声が聞えないように、恥じないように口を押さえているのだ。


 (も もう・・いいだろ・・・)
 その場面を見ていると、妻がいじらしく思えてきた。


 それからもしばらくまゆみと女の絡みは続く。
 その女がまゆみを仰向けに寝かせ、ウンチングスタイルでまゆみの口元に自分の股間を押し付けていた。
 好色な女の表情とは反対に、まゆみはとても辛そうだ。
 又 ソファーで足をMの字に広げた女の前で、まゆみは跪(ひざまず)き、舌だけで女のソコを奉仕した。
 私の目には、それが奴隷の様に見えて悲しかった。


 ビデオの最後に、仰向けで足を広げたまゆみのソコを女が舐めていた。
 それまでの行為に“ご褒美”でもあげるつもりで、女は舐めていたのだろうか?
 まゆみがクライマックスを迎える声は、私にはなぜか空(むな)しい響だった。
 結局この夜、私の股間は熱い反応を示さなかった。


 店を出て駅へトボトボ歩く私には、一つの思いがあった。
 近いうちにまゆみを抱こう。
 今夜は遅いし、2人の子供も夜遅くまで起きているだろう。
 でも近いうちに必ずまゆみを抱こう。
 綾との約束? 命令? ・・・ それももう終わりだ。
 私は、一人頷きながら歩いていた。


 次の日 出社しても綾と落ち着いて顔を合わせる機会はなかった。
 時折 綾がチラチラ覗く素振りを感じる事はあったが、なぜか気持ちを返す事は出来なかった。
 綾との間にも風が吹き、そろそろ私達にも終わりが近づくのでは ・・・ なぜかそんな気がした。
 

 それから3日後。
 この夜は大学生の長男は、友人宅に泊まりだと言っていた。
 高校生の次男は昨日からキャンプだった。
 私はまゆみを誘おうと決めていた。


 まゆみと綾が関係を持ってからも、家でのまゆみの様子は何一つ変わらない。
 娼婦館のビデオの中で、悲しそうな顔を見せていたまゆみ・・・・・。
 しかし ・・・ その日の夜も、まゆみは何事も無かったかのように普段通り過ごしていたのだ。
 あの娼婦館に行った後も、今日まで綾との密会はあったのだろうか?
 綾はまゆみと戯(たわむ)れた次の日には必ず 《昨日はご馳走様でした》 ・・と書かれたメモを私に渡していた。
 しかし、それもこの数日間は全く無い。
 と言うことは、やはりこの数日まゆみは綾と会っていないのだろう。
 それともまゆみはあの娼婦館の嫌な想いで、綾との関係を切ったのだろうか?
 そんな事を考えながら歩いていた私に、家の灯りが見えてきた。


 私の“ただいま~”の声に、いつも通りの“おかえり”の声が聞えてきた。
 2人だけの食事を終えると、私が買ってきたチーズケーキ ・・・ 留守の子供たちの分まで買ってしまった4個のチーズケーキを、2人で2個ずつ食べあった。
 何年振りかに一緒に風呂に入ろう ・・・ と思ったが、さすがに気恥ずかしく ・・・ それは又今度 ・・・ 自分に言い聞かせ、一人風呂場に向った。
 この夜も、先に寝室に入ったのは私だった。


 まゆみが寝室に入って来たのは何時頃だったか。
 いつもの風呂上りのレモンの香りを漂わせていた。
 そしていつもの様に肌の手入れを始める。
 私はその様子を黙って眺めていた。


 「ま まゆみ・・・」
 「へっ!」
 私の声はいつもとは違う響きだったのか。


 「あ あのさ・・・久し振りだよね・・・・その・・2人きりの夜なんて」
 まゆみの瞳が大きくなる。
 (・・・・・・・・・・・)


 (・・・・・・・・・・・)
 僅(わず)かな沈黙の後、私はまゆみの頬に手を伸ばした。
 その手が肌に触れるその瞬間、それまでじっと私を見ていたまゆみが不意に首を振った。


 (えっ!)
 なんで ・・・ その言葉を何とか呑み込んだ私の前で、まゆみは首を振ったまま横を向いている。
 一瞬その横顔が引き攣(つ)って見えたのは、気のせいだろうか。
 私は下げた手を、もう一度伸ばそうとした。


 「ゴ ゴメンナサイ・・・・・」
 「な・・・ど どうしたの・・・・」


 「・・・・・・・・・」
 「お おい・・・・・」


 「・・・・ゴ ゴメンナサイ・・・・・・“アレ”なの・・・・」
 (・・・・・・・・・・・・・)


 (・・・・・・・・・・・)
 「あっ あ そうか・・・・・わ 悪い・・・・」


 なぜか気まずい空気が流れ、私はベットの中に入った。
 一度閉じた目を開けると、まゆみが背中を向け、まだ肌の手入れを続けている。 
 その後姿を見ていた私の中に、得体の知れない不安が沸き起こってきた。