小説本文



月曜日、朝一番で綾を捕まえた。
 朝のミーティングが終わると理由を付け、綾を資料室に呼び出したのだ。
 

 「あ 綾・・・ど どうだったんだよ、土曜日は・・・・・」
 「ふふ 課長・・・今夜は時間は取れますか?」
 私の震える声に対して、見事な位落ち着いた綾の声だ。


 「ああ 取るよ・・・うん 何とか調整して・・Y駅のあそこで・・・・それで どうだったんだよ」
 「話すと長くなるので、7時にあそこで・・」
 そう言って綾がニッと笑う。


 「わ わかったよ・・・・少し遅れるかも知れないけど必ず行くからな・・」


 妻の痴態? を想像、期待してその様子を愛人に報告させようとする何とも滑稽な男がここにいる。
 私は何とかこの日の仕事を終わらせると、急いでY駅に向った。


 まゆみの様子は、昨日からも普段と何一つ変わらなかった。
 そんなまゆみにメールを送る。
 《接待で遅くなる。夕飯はいらない。  ゆう》


 改札口を小走りに抜け、一気にホテルへ飛び込んだ。
 チェックインを手早く済ませた私の視線の先に、エレベーターホールに佇(たたず)む綾の姿が見えた。
 綾の背中を押すようにエレベーターに乗り込み、そのままの勢いで部屋に飛び込んだ。


 「綾、どうだったんだ! まゆみは脱いだのか? そ そうなんだろ?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・」


 「おい、・・綾 ・・ 何とか言えよ」
 「・・・・・・・・・・・・・・」


 立ちすくむ私の前で小悪魔のような・・・いや その歳で小悪魔はないだろう・・・ 魔女? 妖しいマダム? のようにニヤニヤ笑う綾がいる。
 しかし・・・・。


 「すいません」
 「え!?」
 綾の言葉に “まさか”の文字が浮かび上がる。

 
 「ど どう言う意味だい 『すいません』って?」
 「・・・・・・・・・・・ヌードモデルには・・・なっていません」


 「な! そ そうなのか・・・・」
 (・・・・・・・・・・・・・)
 短いやり取りをしながら、なぜだか心の中に “残念な気持ち” と “ホッとしたような複雑な気持ち” が湧いていた。


 「そ そうか・・・・いや・・俺もひょっとしたら・・・って気持ちもあったんだけど・・・・」
 『~アレなんです』 ・・・ 夕べまゆみが言った言葉が又思い出される。


 頬(ほお)がピクピク震え、自虐的な笑みが広がっていく。
 それに合わせる様に、綾も俯(うつむ)きながら堪(こら)えている。
 私の慌てぶりがよほど面白かったのか、綾が肩を震わせ続ける。


 「クッ クッ クククク・・・ふっ ふふふ」
 綾の笑いが大きくなっていく。


 「おいおい どうしたんだよ・・・・・綾、笑いすぎだぞ」
 「ふっ ふふ・・すいません・・・・」
 綾がようやく顔を上げた。


 「課長 いや ゆうじさん、 奥様・・・まゆみさんはヌードにはなりませんでした・・・・でも ・・・ ふふ・・アタシ まゆみさんを頂いちゃいました」
 「へっ?・・・・・・・」

 
 一瞬思考が停止した私だったが、直ぐにその答えにたどり着いた。
 「まさか・・・じゃ じゃあ・・綾・・・・」
 「・・・ふふ ゆうじさん、落ち着いて聞いて下さいね、今 話しますから」
 綾がそう言って部屋の冷蔵庫に向う。
 私はソファーの横で立ったまま大きく息を吐き出した。


 「綾・・・・」
 私の前に腰を降ろして、綾が缶ビールの蓋(ふた)を開ける。
 私を見るその目は、とても嬉しそうだ。


 「ふふ、ごめんなさいね・・・・じゃあ 今からその日の事を話しますね」
 (・・・・・・・・・・)


 「その日 私が一番先にマンションに着いたの。そしてしばらくしてまゆみさんが来たのよ。モデルは色々準備があるから生徒さんより1時間位早く行くの」
 (・・・・・・・・・・・)


 「先にまゆみさんにシャワーを浴びてもらって、しばらくして私も一緒にバスルームに入ったわ『下着の痕(あと)が付いてないか確認しあいましょう』って言って・・・・一緒にスパに入ってたから、まゆみさんも全然抵抗が無かったわ」
 (・・・・・・・・・・・)


 「そして私が、石鹸で身体をよ~く洗ってあげたの・・・もうエステでスキンシップをしてたから結構大胆に洗ってあげたのよ・・・まゆみさんもそれを受け入れてくれたわ」
 (・・・・・・・・・・・・・)


 「ふふ ・・・ 私には最初から二つの選択肢があってね、一つはそのまま生徒さんに来てもらって一緒にヌードモデルをするの・・・もう一つは、まゆみさんの様子を見て“いける” と思ったらそのまま“事”に運ぼうと思ってたの」
 「じゃあ・・・・・」
 私はそこで言葉を切り、もう一度自分を落ち着かせようとビールを一気に飲み干した。